20.塊

2020年 09月28日 20時10分 投稿


優しすぎる加害者の話。

p.s. 同タイトルでカクヨムの別の短編集に作品を掲載しておりますが、そちらとは一切関連ございません。

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 いつもの天井。女は瞼を開き、頭上に広がる光景を見て歓喜した。──再びチャンスを与えられた。今度こそ、今回こそはあの少女を傷つけたくない。

 彼女はある高貴な家の娘だった。そして誰も知らないことに、彼女は何度も何度も彼女自身の生をやり直していた。その何度も繰り返した全ての生において、彼女はいつも同じ過ちをした。必ず、ある少女を傷つけてしまうのだ。

 今度こそは少女を傷つけたくない。そう思って、彼女は善良な人となるべく自分磨きを始めた。容姿、学問、芸術、武術、そして健全で道徳的な心を自ら育み、周囲の人々も同時に育てた。素晴らしい能力を持ちながらも決して驕ることなく、第一級の淑女となり、第一級の婚約者を得ても彼女はただならぬ努力をやめず、どれだけ疲れて死にそうになっても努力を続けた。それでも彼女が満足することはなかった。何故なら、これまでの生でも同様に努力を重ね、心の底から善良な人になったつもりでも、やはり少女を傷つけたからだ。

 結婚し、すっかり大人になっても尚その努力は続き、ついにその日彼女はベッドに仰向けに寝転んでいた。夫が彼女の手を握り、大丈夫だから心配することはないと優しく宥める。その時の彼女は、今度こそはと声に出したかもしれない、夫の手を強く握り返し、強い痛みを堪えて持ちうる力を振り絞った。助産婦の手が塊を抱え、元気な女の子ですよと言って塊を持ち上げる。彼女は期待と恐怖で胸を高鳴らせ、ゆっくり視線を上げた。

 目が合うと、少女は金切声を上げた。

 彼女は自分の脚が、少女を蹴り殺そうとしたが先程まで身重だった身体、幸いにもピクリと震えただけで少女に触れることはなかった。代わりに全身に鳥肌が立ち、口からは数々の汚い言葉が次々と吐き出される。意志に反して舌は止まることなく言葉を吐き続けた。夫は生まれたばかりの娘を罵倒する妻に呆気に取られ、助産婦は少女を母親から守ろうといそいそと連れて行った。彼女は少女が部屋から完全にいなくなってもしばらく罵詈雑言を吐き続けていた。

 ようやく心が落ち着いた時、女は深い絶望の底にいた。

 また、失敗した。また愛せなかった。

 これから私は彼女を傷つける。

 女は光を失った瞳で天井を見、ごめんねと唇でつぶやいた。

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