14.魔王と勇者となぜか私。
2020年 03月10日 18時23分 投稿
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私が「クズがハマるゲーム」にハマったのは、勉強がうまくいかなくなって登校をサボりがちになり、不登校まっしぐらコースを歩いていた高校2年生の春のことだった。
春に学校を休んでるので友達などいるわけもなく、家でだらだらごろごろとゲームを貪り、食事を漁り、両親に当り、私は正真正銘クズだった。肥大した自尊心を満たすためだけに始めたSNSで、見栄を張った一人のフォロワーにおすすめされて、私は「しっかたねーなー」とニヒャっと呟いてゲームを始めた。始めたよと報告したら、そのフォロワーにはブロックされた。
「クズがハマるゲーム」は一見どこにでもある、なんの変哲もないゲームだった。というか、実際ほんとになんの変哲もなかった。よくある、「勇者サマー魔王をボコって世界を救って聖女と結婚してお幸せになってー」というタイプの、絵やボイスが特別綺麗なわけでもないゲームだった。でも私はクズだから、あっさりとつまらないそのゲームにもハマってしまった。そりゃあもう、足先から頭のてっぺんまでずぶずぶと。物理的に。
ゲームにハマった私が目が覚めると、なっていたのは主人公の勇者ではなく、魔王や王女や聖女でもなく、勇者を召喚した魔法使いの一人だった。私が「ココ……ドコ……」となっている時、同じく勇者も「ココ……ドコ……」と辺りを見回しており、偶然にも目があった私目掛けて飛びつき、「誘拐か!誘拐したんだな!この大悪党め!」と綺麗な卍固めをキメられた。声も出せなかった。
程なく記憶がないことを大魔法使いに伝えて勇者の世話係に任命された私は、勇者に「誘拐ジャアリマセン。召喚デス。元ノ世界ニハ帰レマセン。ゴメンナサイ」とやってもないのに土下座し、一生許さないとのお言葉をもらった。それから自分も初耳のこの世界のことをどうにかこうにか勇者に教え、訓練場に行くよう土下座してお願いし、あらゆる世話を一人でやった。勇者はいつまでも素直にならなかった。
勇者の世話をしている合間合間に、私は勇者に教えるためこの世界のことを学び、魔法使いなのに魔法が使えないことが判明して大泣きしたりしながら、精神的に成長を遂げていった。もう土下座するのに屈辱は感じなくなった。
勇者はメキメキと力をつけ、時々うまくいかないことがあった時は私を呼びつけ、一晩中愚痴って寝落ちしたりした。勇者はイケメンだが好みの顔つきではないので、寝落ちした顔が見れたところで私にとっては利益など一銭もなく、むしろ睡眠時間が削られて迷惑だった。こんな日常があとどれだけ続くのだろうかと不安を抱きつつ、私は眠りについた。
ゲームにハマってから、また勇者が召喚されてから、早いもので1年が経ったある日。勇者はそろそろ魔王討伐の旅に出ろと国のお偉い様方から急かされているようで、勇者は私に相談という名の愚痴こぼし大会を仕掛けてきた。
「お前はどう思うよ、へっぽこ魔法使い。俺にはこのまま旅などに出て、本当に魔王が倒せるかよくわからない。そもそも一年練習を積んだところで凡人は凡人だ。見習い兵士にも負けるような勇者に魔王が倒せるはずが無いと思うんだが」
「ごもっともですね」
「そうだろう。俺に聖なる力が備わっているなど言う奴は科学的根拠を示そうとしないし、魔王がどれくらい強いのかと聞いてもいつもはぐらかされる。本当は俺は体裁の良い生贄として召喚されたのだろうと聖女を問い詰めたら、しつこく訊けばあの女、泣き顔で首を縦に振った。俺が魔王に勝てないのは確定しているということだ」
「そのようですね」
「しかし俺も圧力には弱い。召喚と呼ばれる誘拐の被害に遭って、誘拐犯に衣食住を提供してもらい、感謝の行動と言ってはなんだが魔王討伐をしろと言われる。俺が被害者であることを理解して助けてくれる人間はどこにもおらず、理不尽な要求を呑まねばならない瀬戸際に立たされている。王にこれ以上言い訳を重ねるには無理があるし、かといって魔王に会えば殺される。どうしたもんかねぇ」
勇者は愚痴るだけ愚痴って、ボフンとふかふかのベッドに倒れ込んだ。これも誘拐犯から提供されたベッドだが、提供品を使うことに関しては特に躊躇しないらしい。
「どうしようもありませんねー」
と気の抜けた炭酸水のような返答をしても勇者が起こらないことは最近になって分かった。この勇者の基準はよくわからない。前に騎士が適当な返事をした時は怒ったので、もしかしたらひょっとしたら万が一にも私に微かばかり気を許してくれている可能性がないわけではないのではないかと自惚れている。
「お前、なんか解決策知らない?」
これは最近になって勇者が言うようになった言葉だ。前まではイエスノーの返答を求める質問しかしなかったが、5W1Hタイプの質問がされるようになった当初の私は「これは新手のイエスノー質問が?」と警戒して勇者の機嫌を取るように返事をしていたのだが、そうでも無いことがわかった。
「解決策と言えるほどのものではありませんが、旅に出ると嘘をついて失踪するとか、聖女か王女を誘拐して立て篭るとか、民衆の前で騎士団長あたりに死ぬほどボコられて『こんな奴が魔王に勝てるはずがない』と思わせるとか、いっそのこと王になるとかはできるかもですけど」
「んん……失踪は難しいな、あの王のことだからトイレにいても監視して俺のことを逃さない筈だ。誘拐は俺も考えたが、俺の誘拐と違って王女や聖女の誘拐は犯罪だし、一瞬成功したとしても長期間生き延びるのは難しいだろう。民衆の前では既に何度もボコられているが、何故か民衆は『勇者とはそういうものだ』と本気で思い込んでいる節がある。あと、あの王には何があっても勝てないだろうな」
適当に挙げた選択肢を一つ一つ吟味し、「やっぱ旅に出る一択かなぁ、でも出たら死ぬんだよなぁ」と散々ぼやき、ぼやき尽くして朝を迎え、私がうたた寝を始めたところで勇者に肩を叩かれて目が覚めた。
「へっぽこ魔法使い。俺は決めたぞ。一週間後に旅に出る。王とギリギリまで交渉して、なるべく少ない人数で出かけるつもりだ。お前も行く予定だから、準備しとけ」
「は、ええ?」
眠くてよく聞こえなかった私を置いて、勇者はさっさと王に会いに行った。残された私は眠い目を擦って何の話をされたかおぼろげながら思い出し、慌てて色々準備を始めた。王は意外とあっさり承諾したらしく、出発前日まで勇者は厳しい訓練を続け、前日の夜にはパーティーが開かれた。私は部屋の窓から宴の灯りを覗いていたが、暫くすると眠気に襲われ、そのまま倒れるように寝てしまった。
出発当日。勇者は大量の荷物が入った重要なバッグを私に持たせ、「ぜっっっったい落とすなよ。絶対だからな」と耳にクラーケンができるほど言い聞かせ、「わたしぃ、魔物こわいナァ、みんなぁ、たすけてねぇ?」と身体をクネクネさせながら兵士たちに媚びるクラーケンのような聖女と、クラ聖女に骨抜きにされて自分たちも軟体動物になったイカ男たちと共に旅立った。ちなみにイカ男たちの中には大魔法使いも含まれており、本当にうねうねと動くので生粋のイカ男とこっそり呼んでいた。
勇者とクラ女とイカ男とへっぽこ魔法使いのパーティーは、時々気まぐれに人助けをしつつも、意外と早いスピードで魔王城に向けて進んで行った。私よりも聖女の体力がなかったために歩けないほど疲れることはなかったが、まあまあしんどい道のりだった。
特に誰も死ぬことなく、無事魔王城に辿り着くと、綺麗に身なりを整えた魔族らしい人が私たちを奥へ案内してくれた。その時に聖女が「入りたくないわ!入ったら身ぐるみ全部溶かされてしまうわ!」などと叫んでいたが、勇者がそのまま進んだので、私も聞こえないフリをして進んだ。
案内されるがままに進んで辿り着いたのは、応接間らしいセンスの良い部屋だった。いつのまにか後ろをついて来ていたクラ女とイカ男たちの軟体動物チームは消え失せていて、聖女が嫌だと言ったから全員門前で待機しているんだろうな、と思った。
身なりのいい魔族が「暫く腰掛けてお待ち下さい」と言うので、勇者と私はふかふかのソファーに腰掛け、用意された紅茶をズズズっと飲んだ。正直王宮よりも待遇が良かった。
そのまま10分と待たずに魔王が現れたのも、客人を1時間も平気で待たせる王宮よりずっと好感の持てる対応だと思った。いかにも魔王っぽい容姿の魔族は綺麗な所作でソファーに座り、口を開いた。
「本日はお越しくださり、ありがとうございます。私はこの魔王城を管理している、魔王と申します」
「いえいえ、このような素晴らしい対応をしてもらえてこちらも嬉しいですから。あ、私は勇者です」
育ちはそこまで良くなさそうな勇者がそこまで上手くない返をしても、魔王が眉を寄せることはなかった。緊張していたが私も一応挨拶をする。
「お招きくださりありがとうございます。私は勇者の側仕えをしている者です」
「ほう、名は?」
「勇者には『へっぽこ魔法使い』と呼ばれています」
いつものノリで答えたところ、魔王は愉快そうに「ではへっぽこ魔法使い殿と呼ばせていただきましょう」と返した。顔だけでなく、あらゆる対応がイケメンだった。
魔王は勇者に問いかける。
「では、へっぽこ魔法使い殿が私宛に手紙を送られたのですね」
「そうです。監視されている身分の俺では不可能だったので、俺が書いた手紙をこいつに届けさせました。ちゃんと届いていたようで良かったです」
そう。一晩ぼやき考え続けた勇者が出した結論は、とりあえず魔王に賭けてみることだった。勇者として元の世界から誘拐され、あらゆる自由を奪われて生きている現状を手紙に連ね、自分の持つ聖なる力や労働力を差し出す代わりに民として保護してくれないかと願い出たのだ。そして私が調べた通り、全然悪人じゃなかった魔王様に無事手紙が届き、とりあえず話を聞くため応接間に通してくれたというわけだ。
「それで、魔王様は我々が送った手紙に対し、どのように思われましたか?」
率直に勇者が訊ねると、魔王は見る人を安心させる笑みを浮かべ、「要求は全部呑もうと思います」と女神のようなことを言った。
「私も他国の王を『魔王』呼ばわりして正義面で兵を送り込む王は好きではありませんし、それに貴方の手紙に書かれていた『我が国が勇者及びその側仕えを保護するメリットとデメリット』も大変良くできていて、勇者と側仕えという人材が欲しくなった。是非とも我が国の民になっていただきたいと思います」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
勇者はただペコリと頭を下げたが、私はこんなに簡単に願いが叶ってしまっていいのかと、半信半疑でお礼を言った。するとそれを感じ取ったらしい魔王は読みやすく分かりやすい契約書を用意し、私たちにそれをじっくり読んでサインできるだけの時間をくれた。私たちは契約書にサインし、晴れて魔王の治める国の民となることができた。
それから暫くは魔王城で、魔王様の治める国「魔王国」の仕組みや生きる術など教えてもらいながら過ごした。衣食住だけでなく自由も保障されている生活は勇者にとっては久しぶりらしく、今までよりずっと生き生きして見えた。一方私の生活は、そう大きくは変わらなかった。私がいないと勇者が駄々を捏ねるので、側仕えの役割をずっと続けているからだ。しかし自分が勇者に物事を教えなくてはならない、ということはなくなったので、自分で好きにできる時間はぐんと増えた。今では薬草学に興味を持ち、魔王城に隣接している植物園の毒草園を毎日訪れ、専門家に話を聞いて手伝いもしている。この間は「見習いにならないか?」との打診も受けたので、今の厄介生活にキリがつき次第、話を受けようと思う。
「では未だについていなかったちゃんとした名前も決めて、そろそろ戸籍を作ってはどうか?」
定期的に行われる魔王様と勇者とその側仕えの三者面談で、魔王様はさらりと提案した。
「そうですね。今も『へっぽこ魔法使い』か『勇者の側仕え』のどちらかのあだ名でしか呼ばれませんし、そろそろ名前も決めてしまおうと思います」
「見習いになったら生活はどうするんだ?アテはあるのか?」
「一応寮はあるそうですので、そちらで生活することになるかと」
お節介勇者がなんとなく寂しげに見えたので、「会いに行きますから大丈夫ですよ」と窘めると、魔王様が言いにくそうに口を開いた。
「そのことだが……勇者殿、保護期間内と言わず、これからも魔王城で暮らさないか?訓練場には近いし、衣食住も自由もこれまで通り保障する。これからどんな道を進んでも構わない。それに、ここに住めばこれからも側仕え殿と一緒に過ごせる」
勇者はパッと顔を輝かせて私を見、魔王を見て叫んだ。
「住みます!」
「早っ」
「そう言ってくれて嬉しいよ!早速手続きをするから、契約書を……」
そばに立っていた魔族が予め用意していたらしい書類を差し出したが、勇者は「いえ、結構です」と丁重にお断りした。
「今まで散々お世話になって、魔王が俺たちに不利なことはしないとよく分かりましたから。それに魔王が俺たちとの三者面談を楽しんでいることは、なんとなく気付いていましたし」
魔王様はさりげなくそっぽを向いているが、照れ隠しなのはバレバレである。それに身なりのいい魔族の方が「そうなんです。予定の日になるといつもそわそわされて、使用人の間でも噂になっているんですよ」と魔王様に聞こえる大きさの声で言ったので、魔王様はそっぽを向いたまま暫くこちらを見なかった。
「へっぽこ魔法使い。お前も魔王城に住んでくれるか?」
告白なのかなんなのかよくわからない台詞を勇者から頂戴したが、私としては願ってもないお話なので、勿論とばかりに大きく首を振る。
「私も住みます!魔王様、勇者様、ありがとうございます」
そっぽを向いたままの魔王は軽く頷き、勇者はへらりと笑った。
以来、私はゲームにハマったまま抜け出さずに過ごしている。調べるうちに元の世界に帰る術も見つけたが、そんなものはもうどうでもいいくらい今の生活が気にいってしまったのだ。それは勇者も同じようで、帰ることなく魔王城で暮らし、日に日に強さを増している。いつかあの国の王が今の勇者のことを知ったらどれほど驚くだろうか、と楽しみに思う。
魔王と、勇者と、なぜか「勇者の側仕え」兼「へっぽこ魔法使い」の私。アンバランスな三者面談を楽しみに、今日も今日とてゲームにハマっている。
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