9.罪

2018年 03月10日 15時13分 投稿

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君の右手には金色の鍵。それは私の罪を赦すためのものなのに。


分かりにくいですが、物語です。いたるところに伏線があり、細かいヒントがたくさんあります。ゆっくり理解して読めば、誰が何で、何が起きていたのか、何が起きているのかに気付けるはず。

(傍観者の視点として、社会批判的なメッセージを隠しています。是非見つけてください)

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雨水が伝う、赤黒く染まった鉄格子。その隙間には、白い世界しか見えない。


壁のない、鉄格子の反対側から、赤信号の人工的な赤光が飛び込んでくる。赤黒い棒の向こう側に下がった金色の錠前に、王冠マークが薄っすらと浮かび上がった。


「寒い」


灰色コンクリートに寝そべった私は、雨が打ち付ける体を震わせる。

コンクリートの上に広がるワンピースは、元が純白だと私でさえ思えないほどに赤黒色と泥色に染まり、青い襟も柔らかく広がっていた裾も、裂けて破れて可愛くない。腰のリボンは蝶々結びを忘れたようで、視線の先でうねうねと雨に揺られている。


「クゥン」


甘く鳴いて擦り寄ってきた親友は、抱きしめると柔らかく、また、温かい。薄茶色い毛に顔を埋めて、君は優しいね、と呟いた。


東京の中央、交差点のど真ん中。寄り添う私と親友を、人々の足音と目線が通り過ぎる。忙しなく歩く会社員、塾へと向かう受験生、街頭演説の片付けをしている政治家、ティッシュ配りのお兄さんお姉さん。誰一人として、私に大丈夫かと声をかけることも、そんなところで何をと揺さぶることも、迷惑そうな視線を送ることもしない。彼らには、私の存在が認められないから。


親友の耳元で、私の薄い唇から、悲しい旋律が溢れ出る。


『一人の愚かな町娘。彼女は名をマリアといった』






ごめんね、と小さく鳴いて、だんだん薄くなり、ついに消えた親友の影。

温かい感触が、左手から無くなって、冷風が、ここぞとばかりに吹きつける。

立ち竦む私に、雨は降り注ぐ。嘲笑う声が、聞こえてくるかのようだ。


「また、独り……」


見てもらえない。誰にも触れられない。周りにたくさん人はいるのに。

この世界には、私独り。いつからか、ずっと独り。時々現れる親友たちすらも、私を置いて行ってしまう。

罪を償ったはずなのに、どうして……?


どうしてまだ、灰を被らなければならないの?


『ガラスの靴は、その手から落ちて砕け散った。それを見た者はいなかった」






「見て。今夜も君が来たわ」


誰にも向かないその言葉は、広がって、宙に溶け消えた。


視線の先にあるのは、ただの、君。

いつも耳に飛び込んでくる足音。微かに笑ったその面。もしも鏡があるのなら、そこに映った私は、醜い。


君の幸せを、憎んでしまう。

君の喜びを、恨んでしまう。

君の辛さを、嗤ってしまう。


羨ましいだなんて言って、鉄格子に石をぶつけたって、それは跳ね返ることしかしなくて。

コンクリートには傷一つつかなくて、発した声は誰の耳にも届かないのに。


ああ、なんて憎い。


君の目の前にわらわらとある憧れの存在たちは、話しかければ軽蔑の目を向けるくらいはしてくれる。世界は君の存在を認めていて、何処にだって行ける。


君ばかり、ずるい。私には、何も。


君の右手を、車のライトが眩しく照らす。光を反射した金色の鍵は、私には触れられない。

それを、私にくれればいいものを。

君の目に映れないことが、何よりも憎くなる。


それにしても、どうして?

どうして私は、君の姿を追ってしまうのだろう。


行先を気にし、隣に立つ人物との関係を知りたいと思う。私との違いを探し、触れた時の感触を想像する。そんなこと、する必要などないのに。


恋、というものだと、かつての親友は吠えた。でもそれは優しく、幸せで、甘ったるいもののはずなんだ。私の感情は、恋なんて綺麗なものじゃない。殻からはみ出た黄身のように、ドロリと体に纏わりついて、気持ち悪くて吐きそうなくらいに、ベタベタネバネバと後ろ足を引っ張る。

こんな感情、どこかに捨ててしまいたい。


私を通り抜けた視線の先から、二つの傘が歩いてくる。

憎いビニール傘に並んだ青い折り畳み傘。彼女はにこりと笑う。


「今日もお見舞い、一緒に行こうね」


ああ、嫌いだ。


君のお母さんがどうして病院にいるか、彼女、知らないでしょう?

君の罪な行いに悲しんで、自殺しようとして、それに失敗して、今に。

君は罪を背負っているのに。罪を償うようにお母さんに会っているのに。

彼女はあまりに無神経すぎる。君に対しても、私にとっても。


あれ。なんだっけ。

君の罪って、なんだっけ。

どうして君のお母さんは、落ちたのだろう。

どうして私は、知っているんだろう。


まただ。頭が痛い。つんざくようで、頭が割れそう。大切な記憶を、隠そうとしている。いつだって思い出そうとすれば、こんな痛みが襲いかかる。


薄目で、君の姿を追う。それを遮るように、彼女の恋人が歩いて来る。私を通り抜けて、後ろまで行ってしまう。四つの目は、その後ろ姿を追っている。


目があったなどと、錯覚はしない。合うはずがないと、分かっている。

なのにわざわざ、どうしてだろう。どうしてまた、君を見つめているのだろう。目を開けることすら、辛くて堪らないのに。


振り向いたらしい、彼女の恋人に向けられた、二つの笑顔。一つは咲き誇る大きな向日葵のようで、一つはそれに添えられたかすみ草。少し枯れかけていて、力なく、隣の花とちっとも合ってない。本当に、綺麗でもなんでもない。けれど……。


継母も、お義姉さまたちも、幸せそうにしているの。私も幸せになりたいのに。どうして私は幸せになれないの。


『残されたガラスの破片。人々はざわめいた。姫はダイアモンドの涙を流した』





隣には、付き合ってもいない、彼女の姿。何故と聞けば、帰ってくるのはいつも同じ答え。


「君が、毎日大変そうだと思ったから。クラスメイトだもん。それに、お見舞いに来る人は多いと嬉しいでしょう?」


底抜けに明るい性格、茶色の波がかった髪。笑った時に右頬にだけできる笑くぼ。ただ、ほんの少しだけ、頬が引きつる。これは昔からだと言っていた。


必要ない、とは言いづらかった。ズルズルと引きずって、今にまで。


彼女の彼氏とは、交差点で別れた。


「俺は先に帰るよ」


笑って手を振っていた彼。彼女も手を振り返した。二人の空間は、幸せそうだと思った。そんな感想、部外者の戯言でしかないけれど。


ザーザーと雨は叩きつける。カーテンの引かれていないガラス窓には、反射した母の横顔。ちらりと目が合ったが、ふと逸らしてしまう。僕も母も、まだまだ遠い。

またガラス窓を見る。寂しげな表情は、ずっと変わらない。編物をしていても、好物の桃を食べていても、誰が訪ねて来たとしても。僕は知っている。そんな顔をさせているのは、自分だということを。僕の罪は、それほどまでに重い。


もう十年ほど前の出来事が、脳裏に浮かぶ。

シンデレラの涙で濡れた、ピンクのドレス。その子はその日から、不器用にしか笑えなくなった。

その子を宥める、王子様。優しい手が、肩に触れる。

怒りのあまり、叫ぶ大男。周りはみんな、うさぎの目を向ける。

僕は、地面に散らばった、二種類のダイアモンドをじっと見つめていた。あの時抱いていた感情は、たしかに罪悪感だったはずだ。


毛糸と編み棒を手に、赤いマフラーを編む母を眺めて、僕は思う。

こうしてここに毎日訪れ、罪滅ぼしを続けていれば、いつかはきっと。


ふと、右手にまた何かが光った気がして、視線を向ける。

でも何も見えなくて、不思議そうに見つめる彼女に、何でもないと首を振った。





初めて見たとき、君の何かが気になった。

でも何か分からなくて、モヤモヤが募った。

そして君を追いかけて、右手にある金色の鍵に気がついた。そこに記された王冠マークは、牢の錠前と全く同じ。これが偶然なわけがない。

私の重い罪を。薄ぼんやりとした、得体の知れない罪を、君が解き、私を放ってくれる。


君は私の救世主で、私を牢から出す看守さん。ほら早く、それをここに挿してちょうだい。もう刑期は終えたでしょう。罪は十分償ったでしょう。


そうだ。彼は王子様。意地悪に閉じ込められた私の手を取り、王城までエスコートしてくれる。

御屋敷に私を探しに訪れて、その金色の鍵ガラスの靴で、解き放ってくれる。


私は期待を込めて、君の姿をいつも追いかけた。晴れの日も、雨の日も。大雪でも、雷が轟いていても。台風があっても、君は必ずここを通った。その度、私の期待は高まった。


でも、十年経っても、金色の鍵は、錠前に刺さることがなかった。

その金色の鍵ガラスの靴を持って、私を探しに来てくれるはずの王子様は、それを放棄して金色の鍵ガラスの靴を握りしめるだけだった。


鉄格子に頭を押し付けて私は虚ろな目を上げる。


ねえ、意地悪な継母は、お義姉さまたちは何処にいるの?

私の辛く悲しい日々は、彼女たちに問えばわかるはずよ。


『偽者は舞台に立った。姫の真似事に、拍手は贈られた』





ガチャリ


鍵が開いて、手で押す。

鉄格子のように重い扉は、体を乗せるとゆっくり開いた。


「ただいま」


先ほどまで無人だった家は、返事を返さない。いつだってそうだ。もう十年以上前から、変わっていない。

なのについ、声にしてしまう。視線を上げればそこに、母がいるような錯覚を起こす。あの頃の屈託のない、優しい微笑みが。

でもそれは一瞬のこと。微笑みを向けようとすれば、瞬間、溶けて消えてしまう。目を見開いて手を伸ばして。

待って。

そしてやっと、幻でしかないことに気づく。手は力なくダラリと垂れ下がり、視線は再び下を向きかける。その途中で、なんらかの力で横に向けられ、手も再び持ち上がってスイッチを押す。


玄関の灯りが、写真立ての中の僕を映す。視線はそこに、吸い寄せられる。

フランス色のワンピースが、ピンクのフワフワなドレスに変わり、スポットライトが僕を照らした。その一瞬は、確かに僕がお姫様だった。けれどそれも、ほんの一瞬。


馬鹿馬鹿しい。何故今も、そんなことに縛られているのだろう。


そんな感情が湧き上がる。でもそれは今の自己を、根本から否定する感情。やがて押し込められて、どこかで消えてしまう。それを僕は、見て見ぬ振りしてそっぽ向く。


そっぽ向いたついでに、足を進める。

玄関の灯りを消して、今度はリビングの灯りを灯す。

そしてそれは、テーブルの上の、淡い紅色の果実を照らす。ひとつポツンと置かれた、寂しく美しい、自然の芸術品。


あ。持って行き忘れていたんだ。


母の好物。足が早いから、明日では腐りそう。何よりこれは、ちょうど良くなるまでわざと置いていたもの。今持って行かなくて、どうするんだ。


ひとつ溜息を吐き、硬い手で球体を掴む。柔らかくて、力を入れれば崩れてしまいそう。

足を反対方向に向けて、再度玄関へと向かった。





いつだったか、年老いた親友が言ったことを思い出した。


「愚か者とは、罪を償うものとしか見られない者のことだ」


私にはわけのわからない言葉。罪を償わなくてはいけないのは、当たり前のことのはず。そして罪はそれ以上でも、それ以外でもない。償う以外に、どうするの?


そして他の親友は、こう嘲る。


「お前、外に出たいとか言うくせに、自分を直視できないんだな」


どういうこと?私は私の何を見ていないの?

鉄格子にぶつけて流れた血で、真っ赤に汚れたこの腕も、雨に溶かされた土が跳ね、ザブリとかかったこの脚も、私の目には映っているのに。これ以上何を見ようというの?


「眼に映るのは真実だけではない。嘘も真も引っくるめて、現実世界は回ってる」


作家の飼っていた猫か何かが、気まぐれにそんなことを言った。

真実って何だろうと、その答えはまだ出ていなくて。

嘘があるなら現実なんて、見たくもないと言えば笑われた。そんな覚悟もないくせに、と。


「茶色い髪に茶色い目、どこにでもいる平凡な顔立ち。君はただの町娘だ。シンデレラとは似ても似つかない」


聞きたくないよ、そんな言葉。

なのに、なのにどうしてだろう。

塞いだ指の隙間から、地を這うミミズのように潜り込んで、耳の中まで入ってくる。

頭の奥に居場所を見つけて、こびりついて剥がれない。


『罪を知った愚か者。鉄の棒に、石の床』





大男は、舞台から降りたお姫様の頬を打った。

痛みはあったが、涙は出なかった。

目の端に、母が頭を下げているのが映った。

重い罪を、小さな肩に感じていた。


母は、再び訪れた僕を、無機質に見つめ、手の中に視線を移した。紅い果実は、蛍光灯の灯りを柔らかく跳ね返した。


母の声を、久々に聞いた。


「償いは、もういい」


僕は、そこから飛び出した。桃を、投げるように置いて。

迷惑そうな視線も、今は何も気にならなかった。ただただ心が晴れていて、光が差すのを感じていた。

口の端が、無意識に上がっているのがガラスに映った。


ようやく、罪から解放された。





病院の方向から帰ってくる、君を見つけた。姿は見えなくて、金色の鍵が、眩しく光っていた。私に向かって、歩いている。珍しく急いていて、薄く期待が芽生えそうになる。


駄目駄目。そんなこと、あるはずがない。

今までだって、そんなことは何度かあった。

またきっと君は、いつも通りに私を素通りして、そのままお家へ帰るのだ。

期待なんて抱けば、自分が悲しい思いをするだけ。


それでも目は、君を追う。若干の期待が、まだ残っているらしい。

人々の流れを掻き分けて、奥から君が姿を見せる。

隠れた顔が、ようやく見えた。


見たことのない、屈託のない笑み。


そのまま私を素通りして、向こうへと行ってしまったけれど、私は顔を動かせそうにない。

苛立ちが、マグマのようにせり上がる。沸々と湧き上がり、噴火口が見つからずグラグラと揺れる。


君の罪は、赦された。


君は鍵を挿していないのに、重い罪は赦されてしまった。

私を助けにも来ないくせに、自分だけが……


衝動的に、君を追いかけた。怒りを原動力に、私の足は早く進んだ。


どうして君だけに、幸せが訪れるの?

私も舞踏会に行きたいのに。

ドレスも馬車もないけれど、家から出ることもできないの。

ねえ、魔法使いは何処にいるの?


『本物を迎えに行った王子は、偽物に手を差し伸べない』





罪が込められた、古い箱。

あの時から、ずっとそこにあった箱。

部屋に入るたびに目に飛び込んできて、罪悪感に吐き気がした箱。

母を見ては、思い出した箱。


こっそりと、散らばったそれを集めて入れた。

指が切れて、少しだけ血が流れた。

けれど罪の証として、一欠片も溢さず全てを入れた。


でも、もう罪は無い。

もう、中身は必要ないかな。


手をかければ、重いはずだった蓋は、いとも簡単に開いてしまった。





割れた、ガラスの、靴?


『君は女装して町娘役がいいよ。フランス国旗みたいなワンピース、可愛いでしょう?』

『シンデレラのドレスって、すごく綺麗ね。ねえ、君もそう思わない?』

『うわぁ、本物のお姫様みたい!すごく嬉しい!』

『本当にガラスで出来ているの?私の足にぴったりよ!』

『王子様が王冠を頭に乗せているの。お姫様の私とお揃いよ』


『私、もうすぐお姫様に……』

『せ、先生。ガラスの靴が……』


『誰がこんなことしたの?どうしてこんなことしたの?』

『うわぁん。私、もう嫌だよ。ガラスの靴がなかったら、お姫様じゃないんだもん』


そうだ。私は。


私は、町娘マリアだ。

ガラスの靴を割って、シンデレラに成り代わって、舞台に躍り出た、シンデレラの偽者。

君が演じた役柄で、君と同じ罪を負った存在。


なら、君の罪が赦されたなら、私の罪も、赦されるよね。

君と私が同じなら、私も同じものを、持っているよね。


視線をゆっくり、右下に落とす。私の見落としたものが、いつのまにかそこに。


右掌に、金色の鍵。


これで、外に出られる。

これで、罪から解放される。

これを十年も待っていた。王子様なんて必要ないんだ。


金色の錠前に差し込んだ鍵は、音を立てて、あまりに容易く回転した。


私は罪を、償えるんだ。





刺々しいガラスの破片の横に、長方形の紙を見つけた。


なんだろう?


表返すと、それは、当時の写真だった。

継母、義姉たち、魔法使い、王子、町娘マリア、そしてシンデレラ。


にっこり笑った彼女には、右頬にだけ、笑くぼが。





押された鉄格子の向こうは、靄がなく、晴れている。


目の前に広がるのは、東京の街。

私の方を見た男性が、目を見開いている。その目は私を、見ているよう。


もしかして、彼の目には。

私の姿が、映っているのでは。


ほんの少し、口角が上がったその時、後ろからの風があった。

目の前に現れた女性の後ろ姿が、男性に向かって走って行って抱きつく。

男性は女性を受け止めて、幸せそうに微笑んだ。

私はそれを、眺めていた。


ああ、何も。変わってなどいない。


視線は、私を通り抜ける。体も、私をすり抜けた。まるで、私が空気であるかのように。そこに何もないかのように。

いや、ないんだ。そこには何も、ないんだ。私はここに、いないんだ。


私はずっと、独りなんだ。


夜の光が、交差点を照らす。私の周りだけが、照らされず、暗い。

雑踏が、遠くに聞こえる。空虚を、感じる。

いつもよりも、孤独に思える。


なのに、何故だろう。

湧き上がるはずの悲しみが、どうしてちっともないのだろう。

肩にまだある重みに、安堵のような、疲労のような。どちらともつかない溜息がこぼれる。


そして今更、気づいてしまう。私は本当は、分かっていたのだろう。自分の正体を、この結果を。そして本当は、罪は……


私はひとつ、覚悟を決めた。





左耳にスマホを押し付け、プルルルル、プルルルル、という音を聞きながら歩く。

画面に表示された、発信先は彼女。

真夜中でも東京の巨大な交差点は、人がとても多かった。


リン


右手に一瞬見えた金色の光。同じ色の光と共鳴したような気がして、後ろを向く。

しかしそこには、金色の光はない。ただゴミのように人が交差するだけだった。

耳の奥に、明るい声が飛び込んできた。


「もしもし?」





声を出し、再び前を向き、歩く君の後ろ姿。鉄格子の隙間から、私は見つめる。鍵のかかった錠前が手に触れて、揺れてぶつかり音を立てた。鈍いこの音は、先ほど鳴った鈴のような音に比べれば、あまり綺麗ではない。でも、これまでもこれからも、ずっと鳴り続ける、大切な音。


投げた瞬間に鳴り渡った、鍵と鍵のぶつかる金属音。君に届いていたらしいことが、今は無性に嬉しく思える。もうあの鍵を手にすることは、永遠にない。罪人はずっと、罪を負うのだから。


道路に落ちた、人の足がすり抜ける金色の鍵。金色の王冠は、雨上がりの夜空から落ちる月光で、光り輝いていた。


『愚か者は、ずっと檻の中。罪を捨てることは、赦されない』

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