12.少女の夢
2018年 08月22日 17時45分 投稿
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少女は自分が嫌いだった。
それはもう、世界で一番嫌いだった。私以上に醜いものはないと、何度も自分を罵り何度も自分を責めた。「お前はなんの能力も持っていない」「お前は誰にも愛されていない」「そんなお前は誰を愛することもできない。愛する『心』がないからだ」「お前は他人に優しくしているようで、実際は全て自分のためだ。そうして優越感に浸っているのだ」「なんと汚らわしい」「なんと醜い」
少女は自分が嫌になって、自分が嫌な自分も嫌になった。自分が嫌な自分が嫌な自分も。そして果てはなかった。考え付く限りの自己否定をし、嫌悪感を募らせ、一人で全て抱え込んだ。
「救われたい」
口に出すのもおこがましかった、胸の奥底でうずいていた思いをようやく口にできたとき、少女は自分で掛けた呪いから開放された。少女は自分の苦しみを知った。本当は傷つきたくなかった。助かりたかった。救われたかった。少女はようやく、ほんの僅かであったが、自分のために行動することに対する嫌悪感を拭うことができた。そして救いを求めて医者を訪ねた。
「私に肉体的、もしくは精神的な障害がないか、隅々まで調べてくださいませんか。親には内緒でお願いします」
医者は何も言わなかった。ただ黙って頷き、その願いを聞き届けた。
少女は検査にかけられた。身体に異常はないか、さまざまな機械を用いて調べつくされた。全身くまなく調べられて、ようやく終わったかと思えば、今度は質問まみれになるほど問いかけられた。しかし少女はめげなかった。全ての質問に真剣に答えた。一瞬たりとも気を抜くことはなかった。
ようやく全ての検査が終わり、疲れ果てた少女に医者はツカツカと歩み寄った。そして読めない無表情で、簡潔に告げた。
「あなたには沢山の障害があります」
少女はあっけにとられた。動きを止め、口はまあるく開いたままだった。しかしじわりじわりと、目は光を放った。光るものは恐る恐る頬を伝い、しまいには声を発して喜びを露にした。いつのまにやら少女のほかには誰もいない真っ白な部屋は、少女のいつまでも止まらない涙を拒まなかった。
それからは楽なものだった。少女は全てを自分の障害の所為にした。劣った容姿、不器用な手先、舌足らずな喋り方、その全てに至るまで。少女は自身に障害があることを誰にも言わなかった。だから誰も、少女が変わったことには気付いてもそれが障害があると知った所為だとは思いもよらなかった。ましてや少女が障害を持っていると思う者すら誰もいなかった。少女は心の中で密かに笑った。「全ては障害のせい、みんなはそれを知らないから私をぞんざいに扱うのよ」少女は救われた。紛れもなく救われた。そして一人、誰も知らないことを知っている優越感に溺れ、身を委ねた。
そして私は気づいた。この少女がいかに滑稽であるか。
自己満足のために障害に縋り、医者に縋り、平凡ゆえに非凡を求め、他者を見下し優越感に浸り。少女は自分が嫌った自分となんら変わっていないのに、その自分を強引に正当化し、否定を恐れて他者に障害を明かさなかった。むしろ前より傲慢に、怠惰に、醜い人間となっているのに、そんな自分に気付くこともない。
私は少女に嫌悪感を抱いた。そして少女のようにはならないように努めた。少女を見下し、自分の辛さを封じ込め、全て自分の努力不足の所為にした。劣った容姿、不器用な手先、舌足らずな喋り方、その全てに至るまで。そしてそれらを直すために、日々努力を積み重ねた。馬鹿にされながらも裁縫や細かな作業を行い続け、アナウンサーでも志しているのかとからかわれながらも発声練習を欠かさず、整形手術のために高額を稼いだ。毎日が地獄のようだった。しかし全ては必要なことだと自分に言い聞かせた。つらいことでも自分を磨くためなら何でもやった。危険なこともあった。くじけそうになったときには少女のことを思い出した。嫌悪感が私の原動力だった。
そして、その結果。私は滑稽な少女より認められた。他人に、社会に、自分自身に。努力は一つも無駄にはならなかった。努力している姿を見て、心配してくれる人もいた。応援してくれる人もいた。共に頑張ろう、と言い合える仲間もできた。私は一人ではなかった。人に愛されることができた。心を持っていた。人を愛することができた。
そうだったらどれだけよかったことか。彼女は小さくつぶやいた。
自己を否定し、自己に嫌悪感を抱き、他者を否定し、他者に嫌悪感を抱き。自分を変えたいと心から思い、理想の自分を掲げ、それに向かうための道は既に有る。しかしそこから道を歩むために、必要な勇気がどれだけちっぽけなことか。そのちっぽけな勇気を振り絞ることが、どうしてできやしないのか。
成功者の声は参考にならない。なぜなら彼らにとって、それは過去のことだからだ。今踏み出せないものにとって、壁がどれだけ高いことか。成功者の語る小さな壁も乗り越えられない自分の、どれだけ小さなことか。自分に向かう負の感情の、どれだけ鋭いことか。痛みを、悔しさを、情けなさを、背負う今の辛さを、当人の他に知る者はいない。乗り越える者も多くあるが、乗り越えられないものはいつまでも自分が不甲斐無い。時に狂い、少女のようになったとしても、誰も責任は取ってくれない。その身を痛めつけても、殺めたとしても同じことだ。
なりたい自分になるために、一歩踏み出す勇気も無い。そんな者の戯言は、誰かの一言で容易く吹き飛ぶ。
吹き飛ばせる人になりたかった。彼女は戯言を吐いて、風に散った。
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