7.黒百合と断罪

2018年 01月22日 18時52分 投稿

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「ユイ、君との婚約を破棄させてもらう」


ああ、ようやくなのね。

ようやくあなたは私を捨てて、その女と結ばれるのね。









私は西条ユイ。西条家の由緒正しき令嬢であり、ただ今絶賛断罪中。


声高らかに全校生徒の前で宣言した彼は、「元」婚約者の東郷レン。公爵家の長男であるがため、同じく公爵家の長女である私と随分前に婚約したのだが、はじめて会ったのは婚約して2年が経過し、私が学園に入学した時だというのは学園の生徒なら誰もが知る有名な話である。しかもその時「お前が西条ユイ?ハッ笑わせる。お前みたいなブスが婚約者であるわけがないだろう」と早速罵倒されたのだからもはや笑うしかない。

しかしこの男、女に厳しいわけではない。実はその時、恋人がいたのだ。

婚約者がいるのに恋人がいるというのは、何もおかしなことではない。既婚者に愛人がいるのが合法であるように、婚約者に恋人くらいいても良いじゃないかという考えが一般的だ。

そしてその恋人は名を「北川エリカ」と言った。男爵家の令嬢であり身分は大したことないが、可愛らしい顔つきと猫なで声で学校中の男子生徒を骨抜きにしているともっぱらの噂。もっともそれは半分だけ本当なのだが。

そして「元」婚約者の愛しの恋人さんは現在、彼の背後で私に小動物的な眼差しを向けている。しかし勘違いしてはいけない。小動物とは天然で悪意も善意もないから可愛いのであって、悪意しか窺えないその目は小動物的ではあるが小動物と違って可愛くもなんともない。気持ち悪いと声を大にして叫びたいのだが、そんなことをすれば西条家の名が廃れる。我慢我慢と心を鎮め、とりあえすは彼に話を聞く。


「はて、どうして婚約破棄されるのでしょうか?」

「どうして、だと?分かっているのだろう?自分がエリカに仕出かしたことがどれだけ醜悪なことか」


鼻を鳴らした彼に、後ろの女がニタリと笑う。…ああ、これ写真をとってホーム画面にしておきたいわ。


「具体的に私が何をしたと言うのです?」


今度は後ろの女が叫んだ。


「私の髪飾りを壊したじゃない!それに、いつも私に『レン様に近づくな』と冷たい言葉を投げかけるでしょう!」


それは婚約者を奪われた女なら|普通の(・・・)反応であろう。

女のヒステリックな態度に、呆れを多く含むため息をつくと、何故か男に怒られた。


「何がおかしい!」と。


私、笑ってなかったよね?


「壊された髪飾りとやらを見せていただけますでしょうか?」


女は待ってましたとばかりにそれを出した。黒色で百合の形のそれは、花びらが一枚取れていた。


「これを私がしたと?いつどこでどのようにしたのでしょうか?生憎私にはその記憶が無くて」

「1週間前の日の午後に、裏庭でこれを奪われて壊されたのよ!覚えていないなんて酷いわ!」

「エリカ…私の大切なエリカになんと卑劣な!お前のような人間が貴族として生まれてきたなど、決して許されることではない!」

「貴族に生まれたくて生まれてきたわけではないのですけれど?」

「ええい!うるさいッ!」


子供のように喚き散らす彼に、観衆の冷たい視線がグサグサ突き刺さっているるのだが、どうやら彼にはその女しか見えていないらしい。ただ大声で喚き散らすだなんて、相手にしているこちらが馬鹿馬鹿しく思える。


「とにかく、お前がこれを壊したのだろう!」

「違うと申しているではありませんか。証拠もないのに犯人呼ばわりとはいいご身分ですのね」

「バカにするな!証拠ならある!」


そしてスマホを突き出す彼。そこに映ったのは女が撮ったらしい、黒百合に触れている私の姿で、思わず顔が平たくなるのだが…

私は安堵のため息をついた。


「やはりバカではありませんか。ここに映っている黒百合、その黒百合ではありませんよ」


そう。この映像に映っている黒百合は私のものだ。それを私が触れていて何が悪いのだろうか?

それにこの映像には、壊した瞬間が映っていない。証拠などとよく言えたものである。

彼はその動画を今初めて見たらしい。うっと詰まって苦々しい表情のまま、後ろを振り返る。女は涙目で見上げ、許しを請うているらしい。

それを見ている時間が惜しい。


「他に証拠は?」

「それは・・・彼女自身だ!彼女が証人だ!」


どうやら「元」婚約者は思った以上に愚かだったらしい。



「言いたいことはそれだけかしら?なら、婚約破棄は受けるわよ。すでに平民である貴方と結婚しても、私に利点は何一つないもの」

「なッ!?」


息を飲む彼に今度は私のスマホを突きつける。スマホから音声が流れ出した。


『レン、あなたを勘当します。あなたのバカっぷりにはほとほと呆れました。今後一切東郷の名を騙ることを禁止します。さようなら』


簡素なメッセージは一直線に男の心臓を貫いたようで、男は糸が切れたように座り込んだ。私はいつぞや見た「もう止めて、彼のライフはゼロよ!」なんて台詞を思い出し、この場にぴったりだと微笑した。

ライフゼロで座り込んだ男の後ろから、意外なことに女は出てきて男に向かい合った。出てきた女に彼は弱々しい目線を向けるのだが、思わず顔が固まった。なんせその女は、彼の知っている女ではなかったのだから。


「あら残念。せっかく公爵家の坊ちゃんと結婚して贅沢三昧できると思ったのに、まさか勘当されるだなんて。平民レン、これからは私に近づかないで頂戴」


彼を思いっきり見下し、手のひら返して言いたい放題なその女に、私は音量マックスにして続きを聞かせる。


『エリカ、あなたを勘当します。前世がどうのこうの言って男爵家の財産を食いつぶすあなたを、これ以上我が家に置いておくことはできません。これからは北川家の名を出すことを禁止します。平民エリカ、我が家に関わらないで頂戴』


「…どうして?ゲームと違うじゃない。おかしいわ!こんなの現実じゃない!」


突如真っ青に顔入りを染めて、狂ったように叫ぶ彼女。でも私は、優しさのない絶対零度の目線を向けるだけ。


「現実に決まっているじゃない。ゲームが何かは知らないけれど、あなたはもう貴族じゃないの。婚約者を取られたことは気にしてないから罪は問わないけれど、ただの平民がこんなところにいるなんて場違いにも程があるわよね?兵士さんたち、そこな二人を連れて行って。目障りだもの」

「やめて!離して!…」

「そんな…父上…」


片方は最後まで抵抗し、片方はがっくりうなだれて抵抗する気力もなく引っ張られて行ったが、やがてそんな大っ嫌いな声が聞こえなくなると、場は拍手に包まれた。それに対し私は気取ってお辞儀する。余計に観客は湧いた。


「とてもよかったわ、ユイ。目障りだったあの二人を学園から消してくれて、スッキリした。けれどあなた、これから忙しくなるわね」

「そうね…」


友人のそんな声に、私は神妙な面持ちで頷く。

婚約者のいない公爵家の令嬢。それは目の前に置かれた黄金の果実。手に取りたい人間は山ほどいる。つまり一種のモテ期到来だ。忙しくなって当然だろう。

でも私はにこりと笑う。


「けど大丈夫。相手はすでに決まっているわ」


そうよ。きっと彼が私の前に現れて・・・




「ユイ、随分派手にやったんだね」


ほらね?


「ご覧になっていたのですか、トオル様」


大衆の間を縫って出てきた若き公爵家領主、南原トオル様。

偶然知り合い、婚約者が私に酷いことを言ってくると相談すると、親身になって対応してくれた。地位も名誉もあり、顔も性格も申し分なしの素晴らしいお方だ。

そんな彼は微笑む私に柔らかな笑みを向けた。


「そうだね。最初から最後まで見ていたよ。けれど人前でしたのは感心しないな。あの愚民どもを断罪するなんて、人目のつかない場所でもできただろう?」

「人前だからこそ自らの行いの悪さがわかると思ったのですけれど、よろしくなかったでしょうか?」

「悪いと一概には言えないけれど、今回ばかりは良くなかったね」


そしてどこからか、四角い箱を出して私に熱い眼差しを・・・


しかし彼が手にしたのは書状だった。


「ユイ、君を勘当すると、君の両親が書いた書状だ。そしてそれには既に国王直筆サインがされている。すでに君は彼らと同じ、平民だ」


・・・何を言っているの?そんなはずがないわ。


「信じられようが信じられまいが、僕には関係ない。君が平民であるということは、もう決定したことだ」


目の前でヒラヒラと揺れる書状をひったくり、目を走らせる。


『ユイ、あなたを勘当します。今後一切、西条家の名を騙ってはなりません』


目が捉えたその言葉に、思わず指が、脚が、体全体が震える。


「…何故?私が何をしたって言うの⁉︎」

「分かっていないわけではないだろう?君は幼少期にレンと婚約したが、その後僕と出会って、ターゲットを僕に切り替え、レンに婚約破棄してもらい悲劇のヒロインとなるためにレンの性格を遠隔操作して捻じ曲げた。それに『前世が…』などと少しおかしなことを言うエリカを利用し、レンと一緒に真っ当な貴族の道から突き落としたじゃないか」

「違うわ!私はそんなことしてない!言いがかりよ!」


叫ぶ私に彼は大きくため息をついた。


「そうだね。これに関しては証拠がないから、間違っている可能性もある」

「なら私を勘当するのは筋違いじゃない!」


すると彼は目線を、私へと向け・・・背筋に悪寒が走った。


でもそれは一瞬のことだった。


「この黒百合は君のものだよね?兵士さん、レンから押収していたスマホ、僕にくれない?」

「仰せのままに」


恭しく差し出されたそれを受け取り、勝手に開いて勝手にいじくり回す彼。あったあったと呟き、片手に花びら4枚の黒百合の押し花、もう片方にスマホを持って私に見せる。私は顔を寄せてそれを見る。彼の顔が少し歪められた気がするが、きっと気のせいだ。


「これだよ。さっき見た動画。ここに映る黒百合、そもそも髪飾りじゃないけど、君のだったよね?」

「ええ、そうよ!」


イライラしてついキツい口調になってしまう。でも直す気なんてさらさらない。むしろ直してはいけないのだ。


「そしてこの黒百合。あれれ?君のとそっくりじゃないか?」

「同じ種類の花だもの。似て当然でしょう?」


少しだけ気持ちが落ち着き、冷笑を浮かべられるまでになった。

しかしトオル様は首を振る。


「いいや、黒百合というのはひとつひとつに特徴があるものなんだ。画面に映った黒百合にも、この黒百合にも、同じ場所に白い斑点がついているね?つまり同じものなのは確実なんだよ」


チッと内心舌打ちする。ここは公衆の場。そして黒百合はひとつひとつ違い、さらに数が少ないので模様で同じものかどうか判断できるというのは常識だ。これは私も流石に認めるしかない。


「…ええ、そうね。それは私の黒百合よ。それで?何なのよ?」


回りくどすぎて進まない話に、苛立つ素振りを見せる。

彼は声のトーンを落とした。


「……アザミ、という女性を知っているよね」

「ええ。あなたの元恋人でしょう?原因不明の死を遂げた…」

「まあ、そんなところだね。でもひとつ間違っている。アザミの死因は分かっているんだ。毒殺だったよ」


サラリと、公で晒すべきではないような情報を口にされた。場に戸惑いが広がる。

私も同様に、戸惑うような素振りを見せる。


「まあ!そうでしたの。…それで?」

「君は、『黒百合の毒』という話を知っているかな?」


唐突にそんなことを聞かれ、少したじろいだが表には出さない。


『黒百合の毒』というのはとても有名なお話だ。

一年に世界中で1000しか花の咲かない黒百合の内、どれか一つは無味無臭の猛毒を含んでいる。それを知らずに黒百合をプレゼントした男が、冷たくなった女に涙を落とし続け、2人の亡骸の上に黒百合の花が咲いたという切ない話。

あまりに有名すぎる話なので、美しく珍しい黒百合は、一部では不吉な花だと恐れられているらしい。


「知っているわ」


すると再び、彼はあの冷気を纏った。

今度は驚かなかった。












「この黒百合はね、現場に落ちていたんだよ」


この言葉を聞くまでは。






「違うわ!私は人殺しなんてしてない!」

「罪のないアザミを殺しておいて、何故君は平気でそんなことが言えるのかな?」


無表情でありながら氷のように冷たい眼差し。誰もが震え上がる凄みのある声。こんなのトオル様じゃない!


「ある日突然恋人が死んだと言われた僕の気持ち、君には分からないだろう?憎しみに心を支配され、復讐を誓ったあの日のことを、君は考えもしなかっただろう?」


一年も前の話だ。アザミという名の女が死んだのは。

庭園に一人倒れていたところを、侍女が発見したらしい。しかしその時にはもう手遅れだった。『もう少し早ければ…』と多くの人が侍女や護衛を責めた。それに対し『アザミ様が近くにいないでほしいと仰っていたので…』と侍女や護衛の全員が答えた。しかしその侍女たちは主人を守らなかった罪として処罰された。それで終わりだったはずだ。


「違う!私じゃない!きっと誰かが私を嵌めたのよ!」

「彼女は黒百合の毒を含んで死んでいた。そして黒百合の毒は花そのものに含まれていて、花を1秒水に浸けるだけでそこに無味無臭の猛毒が移る。でもその毒は液体に移った場合1日で消えてしまい、花もすぐに枯れてしまう。つまり彼女は一年前に、世界に一つしかない猛毒の黒百合を持つ人物に殺されたというわけだ。そしてその黒百合は…これだ」

「違うわ!お願い!信じてよ!ねえ、みんな!」


何故?どうしてそんな目を向けるの?


「なら君は、これに毒がないというのか?それならこれを口にするといい。さあ!」


彼は乱暴に、私の胸に押し花の黒百合を突きつける。

私は恐る恐る、震える手でそれに触れる。パリリとした花は少し欠けてヒラヒラと落ちる。コツンと、誰も動きもしない空間に、小さな音がこだまする。

震える手が壊してしまいそうなそれを、ゆっくりと、口に……











「はぁ」




その黒百合を、地面に落とした・・・・・・・



私の雰囲気がガラリと変わったのを感じた観衆どもは、ザワリザワリと騒ぎ立てる。


「なんだ、つまらない」


ポツリと呟いた言葉は意外にも多くの人の耳に入ったらしく、トオル様は、何だ?と。


「何って、全部に決まっているじゃない。幸せを求めて多くのことをしてきたのに、その結果が『これ』だなんて」


周囲の騒ぎ声が大きくなる。罪を認めたか!と誰かが叫ぶ。

その方向に冷ややかな目線を向けると、ヒイッとそいつが息を詰まらせた。でもそんなのはどうでもいいことだ。


「はい?私のしたことが、罪?あの女を殺したことの何がいけないのよ?幸せになるために他人を陥れるのは、あなた達だってしていることでしょう?」


私があの女を殺したのは事実だ。

だってトオル様の隣でその汚い面を歪めて笑っていたのよ?邪魔なんだもの。仕方ないじゃない。

だから殺した。彼があの女のことを忘れて、心に傷を負えばいいと思った。その傷を私が癒してあげれば、それで全て上手くいくと。

最も適した毒は黒百合だった。無味無臭で、すぐ消えるから。黒百合が世界に1000しか咲かないのなら、それをたくさん育て、またなるべく掻き集めれば、猛毒の黒百合が手に入ると踏んだ。実際それは正解だった。

当日は、彼女が好んで通っていたという庭園で、書類と睨めっこしていた彼女が席を外す瞬間を狙って黒百合を紅茶に少しつけた。そしてそのまま逃げようとしたのだが……なぜだか、分からない。机上に置かれた、その書類が、気になった。見たい、触れたいという、強い衝動に駆られ、恐る恐る、それに手を伸ばすと……急に「あっ!」と誰かの声が聞こえた。それが唐突すぎて何も考えられなくなり、私は急いで逃げてしまった。黒百合をそこに落として。今思えば間抜けな話だ。


「大嫌いな女を殺すことの、何が悪いのよ?」


はっきりとそう言えば、誰もが私を見て一歩退いた。……トオル様ただひとりを除いて。


「アザミは君より美しく、優しく、良いひとだったよ。君は彼女に醜く嫉妬しただけだ」

「何を言うの!私はあんな女に嫉妬なんて・・・」


そこまで言ってようやく気付いた。私のあの感情は、嫉妬だったのだと。

私が、嫉妬した…?あの女に?


そうだ。あの女は私が何より欲したものを持っていた。いつもいつも、トオル様の隣に…


「何であれ、君は平民に堕ちた罪人だ。兵士さん、コレも連れて行って」


そして考えることが苦になり、大人しく連行される私の耳に顔を寄せ、私にしか聞こえないようボソリと呟く。


「当然死刑だよ。それも、僕と彼と・・君が断罪した二人の平民の前で。憐れだねぇ」


ただの言葉。なのに、それにある場違いな感情がこもっている気がして、私はハッと彼を見る。

彼はそんな私に、ただ意味深な目を向けるだけだった。











***








ガチャリとドアノブが音を立てると、ひとりの男が慌てて手を引っ込めるのが彼の目に映った。


「もう来てたのか。早いなぁ」

「まあな」


その男はなんでもないように振る舞い、ポンと何かをクズカゴに捨てる。

彼はそれが何か聞こうかと思ったが、その前に部屋に漂う穏やかな香りと甘い匂いに気が付いた。


「…これは、紅茶?」

「そうだ。紅茶を淹れるのが趣味でな。君の分も淹れておいたから」

「ありがたくいただくよ。それとこの百合は君が?」

「そうだ。花瓶があるのに花がないなんて勿体無いと思ってな」


細かい細工の施されたガラスの瓶には、白、黒、赤、青、黄、緑などの色とりどりな百合が咲き誇っていた。


「青の百合なんて滅多に売っていなかっただろうに。わざわざありがとう」


そして二人は向かい合って座り、話をはじめた。


「素晴らしいエンドを迎えることができたよ。それもこれも、彼女のおかげだ」


頬を赤らめ興奮したように話す姿は、彼女を断罪した時とは似ても似つかない。


「あの女は妙にベタベタする嫌な奴だったけど、恋人ということにしておいてよかった。おかげで彼女が動いてくれたのだからね」


それに対し、彼と向かい合って座る男は


「俺と、君と彼女に繋がりがあることを、彼女が知っていたとは思えないがな」


と、ただ彼女について述べる。どうやら男は彼女を殺さなくても良かったのではないかと言いたいらしい。


「君は彼女を随分と欲しがっていたね。実力主義国家だからかい?」


前の男は肯定とも否定とも取れる笑みを浮かべる。

それに彼は、ただため息をつく。


そう。男は

しかしが、お忍びでこんなところに来ているのだ。


「そうだね。たしかに彼女は賢くて素晴らしい才能の持ち主だったよ」


その通り。彼女は良い身分のご令嬢でありながらも様々なことに自ら手を出す行動力に加え、人間を思い通りに変えてしまうという才を持っていた。そしてそんな彼女を男だけでなく彼も買っていたのだが…


「でもあの女が馬鹿やって晒した書類を見たのだから、念のため殺しておいた方がいいでしょう?」

「……ああ、そうだな。それでいい」


ドライな彼の発言に妙に間を空けて呟き、男は菓子に手を伸ばす。それにつられて、彼も上機嫌で紅茶のカップに口をつける。

そんな一国の公爵家領主と他国の王との密会優雅なティータイムを見ていたのは、ガラスの花瓶に突き刺さった、花びらの一枚足りない黒百合だけだった。

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