3.タイムマシンはありえない
2017年 12月31日 10時23分 投稿
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ある有名科学者は、物が散乱した狭い部屋で、一人感傷に浸っていた。
「ついに、ついに完成したのだ!永年の人類の夢!誰もが夢見て、誰もが願ったあの物が!あの理論が!」
散らかされた書類の数々。きれかけてチカチカと鬱陶しく瞬く蛍光灯。散り散りになった髪の毛は、行き詰まって何度も掻きむしった証拠。
辛うじて動いていた電波時計は、2014年11月18日午前4時35分を指していた。
「これでようやく、我ら人類に幸せが訪れる!あの日の出来事を!全てやり直せるのだ!」
狂ったように叫ぶ男。無理もないことだ。これはそれほどに、大きくて大変なことなのだから。
「奴に連絡しよう!今すぐに作ってもらおう!一刻も早く、息子を、妻を…!」
ピー
ガガガ
ガ
ガ
あるエンジニアは、代々発明してきた物の設計図の完成を喜んだ。
「聞いてくれ!兄貴!ようやく設計図が完成したんだ!」
「…どうせ今度も嘘だろう?それで何度起こされたことか。もう騙されないぞ」
「違うんだよ!今度は本当なんだ!見てくれよ、これ!これ!」
強く強く紙を叩く弟。そこに描かれた設計図を隅から隅まで眺める兄。見るほどに目が見開いていき、嘘だろ、嘘だろというつぶやきが思わず溢れる。
「本当、なのか?」
「本当のことだよ、兄貴!だから言ったろ?俺たちならできるって!」
「ああ、弟よ。俺は本当に、お前を誇らしく思うよ」
「兄貴こそ、俺の自慢の兄貴だよ」
幸せそうに抱き合う二人。
2019年7月14日午後6時57分のこと。
ピー
ガガガ
ガ
ガ
「もしもし…なんだ、君か。…それで、例のものは?」
『完璧だ。あともう少しで完成する』
「ようやくか。何年待っただろうか?」
『34年と10ヶ月だ』
「もうそんなになるのか。それで、できるのはいつ頃に…」
『明日には完成する。これで今後、我が国の政治は怖いもの無しだ』
「その通りだよ。全ての過去をやり直せるのだからね」
『ああ。今まで俺たちの支援、ありがとな』
「気持ち悪いぞ、君。しかし、こちらもありがとうと言わせてもらおう。お陰で私も、国も将来が安泰だ。礼を言う。して、例の物はどこに?」
『場所は教えねえ。当日のお楽しみだ。だが、一番はじめに乗せてやろう。人類で初めて、時を旅した人間になれるぞ』
「それは有難い。では、完成次第連絡を…」
『あ、待ってくれ。言い忘れたことが…なんだお前ら。おい、だれがこんな奴らを入れ…パンッパンッ…ピピ…ズズズ…ピーーーー…』
「おいどうした?おい!」
一国の政治家と男の会話
2027年2月5日午前10時42分
ピー
ガガガ
ガ
ガ
「おい、君」
「何ですか?博士」
「いや、あれが完成したから、テストに立ち会ってもらおうと思ってね」
「え⁉︎いいんでしょうか?私のような下っ端の者が、世紀の瞬間に立ち会っても」
「何を言っているんだ?君たちは今まで、この研究所でよく働いてくれた。それを見る権利は、十分にあるよ」
「ありがとうございます!ああ!夢のようです!では、皆を呼んできますね」
「よろしく頼むよ」
・・・
「連れてきました」
「ありがとうね。…みんな、これまで私の我儘な研究に付き合ってくれて、本当にありがとう。そのお礼と言ってはなんだけど、これから、例のもののテストをみんなに見届けてもらおうと思う。…なに、遠慮することはないよ。では、今から1時間ほど前に行ってくる。君、それ見て。君は最終チェック終わらせて。他のみんなは危ないから離れて」
「カウントダウン、スタート」
『10、9、8…』
「博士、いよいよですね」
「ああ。今のところ問題は一切見られない。順調に進んでいるよ」
『7、6、5…』
「博士、侵入者が!」
「なんと!しかし、時間がもう…」
『4、3、2…』
ダダダ
「なんだ?あいつら」
「持っているのは…銃だ!拳銃だぞ!早く逃げろ!」
バンバン
「怪我人はいるか⁉︎」
「いえ、博士!狙われたのは例の…」
「まさか!…そんな!永年の夢が…!」
2029年4月30日午後3時02分
ピー
ガガガ
ガ
ガ
パラレルワールド、というのが存在する。厳密には違うのだが。
「それ」の完成により、世界は「やり直し」が合法化された。間違えたらやり直し。気に食わなければやり直し。たった一人の都合で、世界は何度もやり直された。
私は生まれつきの特殊体質により、やり直し前の世界を全て覚えていた。つまりはパラレルワールドのように、何度も似て非なる世界を生きてきたのだ。しかしそれは、ちっとも嬉しいことではない。「それ」の所為で、私は・・・。
幸せになれるはずだった恋人たちが、やり直し後の世界で出会えなくて不幸になった。死なないはずだった人が、やり直しで医者が10秒遅れて到着したために手術に失敗して死んだ。そんな光景を何度も見てきた。何度も何度も。嫌だと叫んだって、それは繰り返された。
過去を変えた本人は、小さなことを変えるつもりでやり直したのかもしれない。けれど、それは世界の全てを変えてしまう。
人は共鳴し合うものだ。一つの行いが、波紋のように広がって、少しずつ周りに影響を及ぼす。だからその波に少しでも違いがあれば、それが変えたものがさらに周りを変え、世界全体が違うものになる。
「それ」は確かに便利なものだ。なんでもやり直せる。何度だってやり直せる。でもみんな、「それ」によって犠牲になった人のことを知らない。不幸になった人のことを、知ろうともしない。いい結果しか、その目には映らない。私しか、全てを知らない。
だから私は「それ」を壊す。「それ」が生まれた頃に戻って未来を変える。誰であろうと、どういう理由があろうと関係ない。
「それ」は次々生まれる。壊しても、また誰かが創り上げる。けどどれも許さない。私が全部壊してあげる。
最後に一つ。「それ」は、過去だけでなく、現在も未来を変える危険な代物だ。だから私は「それ」を壊す。私が死んでも、きっと誰かが、私と同じ体質を持って生まれた誰かが同じことをするだろう。だからいつまでも変わらない。いつまでも、いつまでも、人類が滅亡したって変わらない。
「それ」は許されない。「それ」が使われることも、「それ」が創られることも。
だからありえない。それが使われることは。それが存在することは。
タイムマシンはありえない。
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