第3話 雨の日
――現在
今日の天気は雨だった。
「雨だねー」
メイはヨツバにそう話しかけた。
「そう……だな……」
ヨツバは相変わらず、今にも死にそうなほど弱っているように見える。
「雨だと、ここから何も見えないでしょ。いっつも、外で遊んでるの見てるでしょ?」
「いつも見てるっていうのは、そうだけど……別に、だからどうっていうのはない」
「ふーん」
ヨツバは、積み上げられた本を手に取りながら、メイの質問に答えた。
「このまま、雨に紛れて消えてしまいたい……そう思うことはあるけどね」
「前にあったね、そんなこと」
「ああ」
◇ ◇ ◇
――約五年前
「ねえ、まだ、黙ってる気……? そろそろ、話してよ。話、しよ?」
メイはいつものように、ヨツバの部屋の前でヨツバに話しかけていた。
一方的に話しているだけで、もう一年近くになる。
あのあと全員に、死んだことを話した。
そして、森には入らないように言った。
その後、ヨツバは部屋に籠って、絶対に出てこなくなった。
しかも、扉が開けなくなっていた。
カギがかけられているようだったが、この部屋にカギはない。
メイは、扉のドアノブに手を掛けた。
いつもなら絶対に動かないドアノブが、今日は何故か動いた。
「えっ……」
すると、扉がゆっくり開き、中の様子を見ることができた。
中には、埃を被った床や、乱暴に放置された本などが置かれていた。
くしゃくしゃになったベッドには、埃は無かった。
そして、窓が大きく開いていて、降っている雨が中に入り込んで来ていた。
その部屋では、風に吹かれたカーテンだけが動いていた。
「ヨツバ……?」
その部屋に、ヨツバの姿は無かった。
「ヨツバ……!」
メイは部屋の中に入り、窓から外に向かってそう叫んだ。でも、返答は全くない。
「っ……」
メイは一瞬考えたあと、窓から外に出て、雨の庭を進み、森の中に入った。
メイは、ヨツバが森の中に入って死のうとしてるのではないかと考えたのだった。
そしてその予想は当たっていた。
ちょうど、あの時ヨシトやシキが死んだ場所のあたりで、ヨツバは森の奥を向いてへたり込んでいた。
森なんてどこも同じような風景なのに、何でそんな場所がわかるのかという理由は、死んだ場所の少し手前の木に、リボンを結び付けておいたからだった。忘れないために、メイとヨツバだけで付けたものだ。
「ヨツバ……!」
メイはヨツバに駆け寄り後ろからヨツバを抱きしめた。
「メイ……」
ヨツバは、か細い声でメイの名前を呼んだ。
「何で……」
メイは、ヨツバのことを怒るような言葉を発しようとしたが、それは違うと躊躇った。
「ごめん、メイ」
ヨツバが同じように、か細い声で短く謝った。
すると、メイは立ち上がり、ヨツバの前に向かって行った。
だが、ちょうどヨツバの隣を通るところで、ヨツバがメイの服の裾を掴み、メイは立ち止まった。
メイは、これ以上は服の伸縮性の問題で動けないと判断し、そのまま横にいるヨツバの方を向いた。
そして、メイの服を掴んでいるヨツバの手を掴み、両手で優しく握った。
すると、今まで俯いていたヨツバが、顔を上げてメイのことを見た。
「ヨツバ……悲しいのはわかるよ? でも……もう、立ち直らないといけない時だと思う。それは、ヨツバもわかるでしょ?」
メイはヨツバのことを真っ直ぐに見つめ、そう言った。
「わかってる。わかってるよ。でも……何もできなかった。そんな自分に……何が起こるかわかってたはずなのに、何もできなかった自分に、もう、うんざりなんだよ……!」
ヨツバはそう真情を吐露した。
「それは……私も同じ。いや、私は、何もできなかった。全部ヨツバに任せて、ヨツバの、苦しさも背負ってあげられなくて……」
メイはヨツバを擁護するようにそう言った。
「一人で、思いつめないで。一人で背負う必要なんてない。誰も、恨んだりしてない……ね?」
メイはしゃがんでヨツバと同じ目線になって、そう言った。
さらに、メイはヨツバのもう片方の手も掴んだ。
「……ね?」
メイはにこっと笑って、ヨツバにそう言った。
「ありがとう……メイ」
ヨツバはメイを同じように真っ直ぐに見つめ、そう言った。
メイは、再度ヨツバを抱きしめた。
「もう……大丈夫だから……さ」
◇ ◇ ◇
――現在
ヨツバには、その時の、メイの手の、身体の温度が、ぬくもりが、忘れられなかった。
あれから、部屋が閉ざされることは無くなったが、ヨツバに近寄る人は誰もいなかった。その結果、ヨツバと話す人は、メイだけになってしまった。
他の人たちも、忘れたわけではないが、何だか近寄りがたいような感じがあった。
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