第7話 それいけ!百合読書会メンバー!

「今日の読書会、シグムント殿はいらっしゃらないのですか?」

 のんびりとした銀鷲卿の言葉に青薔薇卿……クラウス・ハインツはうなずいた。

「なんでも、急に王宮から呼び出しがあったとかで……あ、銀鷲卿はご存じでしたか? ローゼンブルク侯と婚約したシグムント殿って、彼のことだったんですよ」

 青薔薇卿の言葉に、銀鷲卿は目をぱちくりさせた。

「侯爵家の婚約パーティーでお会いして驚きました。あのパーティー、ローゼンブルク領の者はあまねく招待されていたみたいですが、銀鷲卿はどうされていたのです?」

「……私はローゼンブルク侯から招待を受けるような身分ではありませんから」 

 静かに微笑む銀鷲卿を、クラウスはじっと見つめた。

百合読書会は、年齢や身分を問わず、百合を愛する紳士たちが集まってできた同好の会だ。だが、クラウスは、シグムントの身分を知ってしまった今、もう一人の常連仲間である銀鷲卿の正体が気になって仕方がない。

 銀鷲卿は老人といっていい年齢に見えるが、背筋はしゃんとしているし、着ている服は地味だがよく見れば上質のもので、言葉遣いも穏やかで上品だ。そして最近の読書会では毎週何かしらの新作を書いてくるガッツがある。名のある名家を隠居した身なのではないか、とクラウスは思っているのだが。

「……青薔薇卿、ちょっと用事を思い出しました。私も今日はこれで失礼を」

「えっ!? お待ちください、銀鷲卿! 御用とは!?」

 おもむろに立ち上がろうとする銀鷲卿に、クラウスは慌てた。

「んー……言うほどでもない野暮用ですよ」

「でも我らの読書会よりは大事な用事なのでしょう?土壇場で抜け出すなんて、貴方らしくもない」

「青薔薇卿、何をそんなにムキになっておられるのです?」

 銀鷲卿の青い目に見つめられ、クラウスは少し戸惑った。

 これまでこの読書会は、メンバーの入れ替わりや、先日のようなトラブルを乗り越えながらも、身分や年齢を気にせず仲良くやってきた尊い場だ。ここで銀鷲卿の正体を問い詰めては、これまでの関係を壊してしまうことになるかもしれない。

「……いえ、すみませんでした。シグムント殿のご身分が明らかになって、少し動揺してしまったようです」

……やめよう、お互い詮索しないのが一番だ。これまでそれでうまくやってきたのだから。

「では、今日は解散と致しましょう。銀鷲卿、お気を付けて……」

 その時、コンコンコンとせわしないノック音が鳴った。クラウスが入れと言うと、入り口で待たせていたはずのハインツ家の執事が部屋に飛び込んできた。

「た、大変です坊ちゃま!」

「どうしたんだ?」

「教会の審問官が、この会が反社会的なものであると通報があっただとかで立ち入り検査にやってきました!」

「なんだと!?」

 繰り返しになるがこの会は百合を愛する会であり、反社会的なことは何も行われていない。しかし、最近は同性愛が描かれた作品というだけで目くじらを立てる輩もいると聞くし、教会の審問官はどんないちゃもんをつけてくるかわかったものではない。王室に並ぶ権力を持つ教会に睨まれれば、家の者に多大な迷惑がかかる。下手をすればハインツ家の廃嫡もあり得るかもしれない……。

 クラウスは銀鷲卿を振り返った。この老人は、慌てる様子を見せない。しかし、この老人は足が速くはないことをクラウスは知っていた。

「銀鷲卿、裏口から出ましょう。お先に逃げてください」

「なぜ逃げるのです?」

 銀鷲卿はのんびりと言う。

「聞こえてましたでしょう?教会の審問官が……」

「我々はやましいことなど何一つしておりませんよ」

 落ち着き払った老爺の様子にクラウスは焦る。

「それはそうですが、しかし……!」

「審問官はすぐそこまで来ているのでしょう?私が話をして来ましょうか」

 クラウスは目の前の老人の正気を疑った。それとも隠居の身で世間のことがよくわかっていないのだろうか?

「お待ちください!話してわかるような連中じゃありません!」

「……はあ、審問官の評判はこんなにも悪いのか……。」 

「……えっ?」

「とにかく大丈夫です。暫しお待ちを」

「ああっ、銀鷲卿……!!」

 クラウスの静止も構わず、背筋を伸ばした老齢の友人は扉を閉めて行ってしまった。

 彼を見捨てて逃げる気にはなれず、しかし飛び出していく勇気もないクラウスは、ドアに耳をあて、外の動きを音で探ろうとする。

……複数の慌ただしく乱暴な足音がこちらに向かってくる、と思ったところでそれらの足音はぴたりと止んだ。

そう時間もかからぬうちに、今度は足並み揃えて引き返していく足音。

「まさか、本当に話を聞いて帰ったのか……?」

 クラウスがいぶかしんでいると、いきなり音もなく扉が開いて銀鷲卿が現れたので、クラウスはバランスを崩して倒れそうになった。

「銀鷲卿、審問官は……」

「外で待たせています」

「外で待たせています!?!?!?」

「……青薔薇卿。いい機会ですから、我々も王宮に向かいましょうか。彼らも付いてきてくれるそうです」

「は……???」

 観光地でもあるまいし、呼び出しもなしに王宮に赴くなど、普通の貴族ではあり得ない事態だ。

「銀鷲卿、あなたは一体……」

「何、ただの百合を愛する爺ですよ。さあ、青薔薇卿、こちらへ」

 銀鷲卿に言われるがまま外に出ると、いつも市民や弱小貴族相手にふんぞり返っている審問官が、地面に平伏している。

銀鷲卿はそんな光景を気にもせずに、審問官の一人に話しかけた。

「急ぐので君達の馬車に我々も乗せてもらえるかな?」

「めめめめめ滅相もございません!すぐに馬車を呼ばせますので今暫く……!」

「じゃあ君達が後からその馬車で来なさい。我々はこちらに乗って先に行く。それで良いかね?」

 審問官らはブンブン頷き、馬車に乗り込む銀鷲卿とクラウスを丁重に手伝い、深々と頭をさげて見送ったのだった。

「……あの、銀鷲卿、ところで王宮に何をしに……?」

 クラウスが恐る恐る訊ねると、銀鷲卿はいつもの穏やかな様子で応える。

「それは勿論、王宮が何故シグムント殿を呼び出したのかを尋ねに参るのですよ」



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