第6話 百合に挟まりたがる男たちの逆襲

話は少し前に遡る――。

ローゼンブルク侯爵の婚約パーティーから逃げ出してきたカミルは、一杯の水を求めて小さな酒場に駆け込んだ。

「はあ……はあ……クソッ、シグムントめ許さん……!!」 

 水を一気に飲み干して、グラスを乱暴に叩きつけるカミル。酒場の客や店員はそんな彼を見て見ぬふりをしていた。そんな中、のこのこと彼に近付く人物が一人……。

「失礼ですが、ヴァルター宰相のご令息のカミル様ではございませんか?」

「……何者だ」 

「私はクレーマン伯爵が第三子、ヨーゼフでございます」

このヨーゼフこそ、読書会で「紅玉卿」と名乗り、シグムントたちにボコボコにされた青年なのだが、カミルはそんなことを知るよしもない。

「クレーマン伯爵の三男坊が私に何の用だ」

「失礼ですが、先ほど「シグムント」と聞こえましたもので……お耳に入れたきことがあるのですが、人の多いところでは……」

「……店主、個室を用意しろ」

 店主はヴァルター宰相の名を聞いて恐れをなし、既に使われていた個室の客に謝ってすぐさま個室を用意した。

 二人きりになったところで、カミルは酒場で一番高い酒を注文した。ヨーゼフは、酒をカミルの杯に注いで、口を開く。

「シグムント・アイゼンシュタイン。彼は、毎週仲間たちと共に不埒な読書会を開いているようです」

「……ほほう?」

「私は身分を隠し、集会に参加して密かに内情を探っていたのですが、神の教えに反するおぞましく不埒な小説や戯曲を賞賛していました。あれはいけません。王太子様の元婚約者が、反社会的な会合に参加しているとなると、穏やかではありませんねぇ。王家に恨みをもつローゼンブルク侯が反乱を起こすなどと、考えたくはありませんが……」

「……ふうむ、なるほどな」

 カミルは口元を歪めてにやりと笑う。

 ヨーゼフとしては、格下の子爵階級のシグムントがいきなり侯爵の夫の地位を手に入れたことと、読書会でボコボコにされたことが気にくわない。ほんのちょっとした嫌がらせのつもりだった。

「その読書会の他の参加者は?」

「常連はハインツ伯爵の第一子クラウス、それに銀鷲卿と名乗る爺さんがおりました。この爺さんの正体は掴めておりませんが……」

「ふむふむ……ところでシグムントが使う魔法については貴殿は何か知っているか」

「魔法?ああ、私はあれで嫌がらせを受けました!妙な技を使うものですね!」

「……ふうん」

 ヨーゼフは魔法の重要性には気がついていないらしい。王都から離れた町ともなると、一般貴族には魔法の重要性はわかっていないのかもしれない……それならそれで良いと思った。

「情報提供感謝する。……まずっ、とても飲めた酒ではないな。ああ、ここの代金は貴殿が払っておけよ」

「……は!?えっ、カミル様、ちょっ」

 慌てるヨーゼフを無視して、カミルは足取り軽やかに酒場を出ていってしまったのだった。


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