第5話「私、故郷へ戻ってお見合いしないかって言われてるんです」

「私、故郷へ戻ってお見合いしないかって言われてるんです」

「あばーーーーーっ!?!?!?」

 マルグリットの告白にシグムントは口から血を吐きながらのけ反った。

婚約パーティーの夜、エリザにヒアリングし、『マルグリットの気持ちを第一に考えたいが、 もし想いが通じるならあわよくばイチャイチャしたい』という希望を確認した数日後の昼間のことであった。

今日はローゼンブルクの屋敷でお茶を飲んでいたのだが、侯爵が急用が入り、マルグリットに家を任せて出掛けてしまったのだ。もちろんシグムントとしてはその間にマルグリットの気持ちを確認する作戦だったのだが……

「シグムント様!?大丈夫ですか!?口から血が!!」

「だだだだだ大丈夫です……そそそそそそそれっていつの話ですか」

「いえ、今すぐにというわけには……しかし両親も歳ですし、エリザ様も素晴らしい伴侶を見つけられましたから……」

「困ります困ります僕は貧乏貴族で世間知らずでホントにどうしようもないヤツなんです、もう少し屋敷に居てもらえないと……!」

「ええ、もちろん、旦那様がお屋敷に慣れて、次の侍女頭への引き継ぎが無事に終わるまでは、誠心誠意お仕えさせていただきます」

 マルグリットは笑顔で言った。

シグムントはマルグリットが淹れた極上の紅茶を一口のんで尋ねる。

「あのー、ちなみに、このことは侯爵様には……」 

「まだお伝えしていません」

「えっ、どうして?」

「情けないお話ですが、エリザ様のお顔を見ると、なんだか言い出せなくなってしまって……」

 困ったように笑うマルグリットに、シグムントは、おや、と思った。これは気持ちを確認するチャンスなのでは?

「マルグリットにとって、エリザ様はどのような存在なのですか?乳母子だとは聞きましたが」

「その通りでございます。私の母がエリザ様の乳母だったので、エリザ様とは幼い頃より親しくさせていただいていました。5歳の時に王子との婚約が決まってからは、大きな重責を負うようになって……しかし一言も弱音を吐かずに、いつも努力されておいででございました。エリザ様は天才と言われていますが、あの方が歯をくいしばって努力を重ねておられたことを、私はお傍で見てきて知っています」

 幼馴染み主従百合めっちゃ良いな……という感想を飲み込んでシグムントは真面目な顔で話を聞いている。

「でも、私、エリザ様の伴侶がシグムント様に決まって良かったと思っています。王子と一緒にいらっしゃる時のエリザ様は、いつも気を張っていらっしゃいました。貴方様と一緒にいらっしゃるエリザ様は、お心安く、穏やかな心持ちでいらっしゃるように見えます」

「それは僕が格下の男だから遠慮がいらないせいだと思いますが……マルグリットと二人の時のエリザ様は、どんなご様子なのでしょう?」

 シグムントが尋ねると、マルグリットはふと目を伏せた。

「……子供の頃は親しくさせていただいたのですが、王都を追われた後のエリザ様は、以前のように笑っていただくことが少なくなったように思うのです。」

「……と、言うと?」

「目が合ってもすぐにそらされてしまったり、指が触れるとびくりと体を震わせて拒むように身を縮められたり……きっと嫌われてしまったのでしょう。王子様との婚約破棄を回避できるよう立ち回れなかった私が至らなかったのが悪いのです……」

(侯爵ーーーーゥ!!)

 シグムントがテーブルに突っ伏して握りこぶしで机をダンダン叩くので、マルグリットはびくりとした。

「どうなさいました? 何かお嫌いなものがございましたか!?」

「いえ、どれもめっちゃおいしいです(ある意味この状況もおいしいっちゃおいしいけど恋愛にヘタレすぎるでしょ侯爵様!)」

「エリザ様が私をお嫌いなら……頃合いを見て出ていくべきだったのです。それを、今日まで先伸ばしにしてきてしまいました。」

「でも、侯爵が一度でもあなたに出ていけとおっしゃったことがありましたか?」

「いいえ……エリザ様はお優しいですから」

「あの方、嫌いな人間をわざと傍に置くような嫌味な人じゃないでしょ。マルグリットのこと、エリザ様は好きだと思いますよ」

 シグムントの言葉をきくと、マルグリットは目をぱちくりさせ、ありがとうございます、と微笑んだ。

「マルグリットはエリザ様のことは好きですか」

「はい!尊敬できる主さまとして、お慕いしております!」

「その、あわよくばイチャイチャしたいとか思ったりしませんか!?」

「えっ?イヤですわ、旦那様。私は女ですよ? 第一、これからエリザ様とご結婚しようとなさる方が何をおっしゃるのですか」

「それはまあ……そうなんですが……でもエリザ様もご自分の恋愛に口を出すなと、僕におっしゃいましたし」

「あんなのただの照れ隠しに決まってますわ!」

「そうかなあ……」

「侯爵様のお帰りでございます!」

 シグムントが言いかけたところで、使用人の男が告げに来た。マルグリットはさっと屋敷の入り口へと急ぐ。シグムントもエリザを迎えに、マルグリットの後を追った。

 帰ってきたエリザは深刻な顔をしていた。

「……王宮から呼び出しがあった」

「なんですって……!」

 マルグリットの顔がこわばる。それはそうだろう、エリザを捨てた王家が一体なんの用だというのか。

 蚊帳の外だと思って黙って突っ立っていたシグムントの方をくるりと向いて、エリザが言った。

「シグムント、貴方も来るようにとの命令が出ている」

「なっ………なんで!?!?」

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