第4話 えっ片想いなんですか?って訊いたら急に回想が始まったでござる

「えっ、恋人じゃなくて片想いだったんですか?」

「……先ほどの男のことだな。仕方がない、話してやろう」

「えっ、そこは別にどうでも良」

「あれは私が王都のアカデミーの学生だった頃……」

 ――7年前。エリザ・ローゼンブルク侯爵令嬢は、王都アカデミーの一生徒であった。

 多くの貴族の子女が通う、国で一番の名門校で、エリザは未来の夫である第一王子や、その友人らと共に学生時代を過ごす。先ほどの男、カミルも同級生の一人だった。

 エリザは未来の王妃にふさわしくなろうと努力した。成績は座学実技ともに学園で一番の成績で、立ち振舞いも国の上に立つものとして完璧だった……第一王子以上に、できすぎてしまった。故に、婚約者に疎まれていたことに、エリザは気がつかなかった。

 突如現れた平民出身の少女に、王子は心を奪われた。成績はそこそこ、顔立ちはどちらかといえば素朴な方で、エリザが大輪の花のような美しさなのにたいし、彼女は野に咲く花のような少女だった。何もないところで転ぶような鈍くさい娘だった。

 それが現王太子妃、セレスティアである。

 純朴なセレスの笑顔に王子は心惹かれ、エリザが気がついた頃には二人は恋仲になってしまっていた。更に、セレスティアは、育ての親は平民であるが、かつて滅んだと思われていた旧王家の末裔であることがわかり、血筋としても王太子の妻となるのに相応しいことが判明してしまった。

 これでは自分の立場が危うい。何とかしなければと思っていたところ、月に一度の夜会が開かれることになった。王子はエリザをエスコートしたが、彼の目はセレスを追っていることは明らかだった。

……その会場で、飲み物を飲んだセレスが急に口を押さえて倒れた。会場は騒然とし、王子はエリザを置いて真っ先にセレスのもとに駆け寄った。

 幸いセレスは気分が悪くなっただけで、命に別条はなかったが、このときにセレスに毒を盛ったのがエリザだと、濡れ衣を着せられたのである。……それが王子の友人カミルの差し金だとわかったのは、ずっと後になってからのことだった。

 結局証拠不十分でエリザは逮捕を免れたものの、完璧だった彼女の評判には大きな傷がついた。王家はエリザと王子の婚約を破棄し、王都追放を命じたのだった。

 不幸は続くもので、エリザが王都から故郷へ帰るまでの道中に、父のローゼンブルク侯と、跡継ぎの兄が、落馬の傷が元で急死してしまった。

 エリザは帰郷するや否や、父と兄の葬儀を執り行い、また、侯爵の跡をついで領地の運営をせねばならなくなったのである。

……その時に、エリザを励まし、支えたのが、乳母子のマルグリットだった。

 いや、幼い頃からマルグリットは自分に仕えてくれていたのだが、王都での悪評が元で多くの使用人が彼女の元から逃げ出してしまった中で、ただ一人エリザへの変わらぬ忠誠を貫き、傍にいてくれたのはマルグリットだけだった。

 ……ああ、そうか。と、エリザはようやく気がついた。王子との婚約破棄は、侯爵家の名誉を傷つけたことがショックだっただけで、彼への恋慕の情は無かった。エリザが心から、傍にいてほしいと願う人は、マルグリットだけだったのだ……………。

 帰郷直後には、世間からの非難轟々の嵐を共に乗り切ってくれた。エリザが手腕を発揮し、領地を豊かにするようになると、やがて悪評も下火になり、現在に至るまで、マルグリットはずっとエリザの傍を離れずにいてくれている…………。


※ ※ ※

「急に回想始まってめちゃくちゃびっくりしたんですが!? で、結局マルグリットとは両想いじゃなくて片想いなんですか???」

「ウン」

「なんで恋人だなんて嘘ついたんですか!? 見栄???見栄っ張りなの??? っていうかそんな嘘ついたせいでマルグリットは侯爵様に他に恋人がいると思ってますよね???

だいぶ話と心構えが変わってくるんですけど!!」

「事情を聞いて嫌になったか? 今ならまだ婚約破棄は間に合うぞ。7年前も、婚約パーティーが盛大に行われた半年後に棄てられることになったからな」

 自嘲的に笑うエリザに対し、シグムントはブンブンと首を横に振った。

「まさか!! こうなりゃ成就させてやりますよ!! いやちょっと待ってまずはヒアリングからですね。侯爵はマルグリットとどうなりたいんです!?」

「……うん?私が王室との婚約を破棄された傷物だとか殺人の容疑がかけられた女だとかそういう話ではなく……?」

「は?それ何か僕に関係ありますか???」

「関係あるだろう!?……な、無いのか……?」

 社交界にほとんど出入りしてこなかったシグムントはエリザの過去など知らなかったし、また興味もなかった。

 それよりも、百合をただ見守るだけ、というわけには行かなくなってきた……基本的には本人たちに任せたいが、侯爵がマルグリットへの想いを実らせたいなら、できる限り力を貸さねばなるまい。

 そう、たとえばマルグリットが故郷に帰って地元の男と結婚するとかいう悲劇を回避するためにも……!!

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