第3話 婚約パーティー~うちの婚約者と侍女に近づくんじゃねえ!~
その後、ローゼンブルク侯爵から持ちかけた縁談を子爵家が断ることなどできるはずもなく、シグムントは侯爵と婚約することになった。
その際、シグムントの方から何か望みはあるかと尋ねられたので、彼は図書館への出入りと、友人同士の集まりを自由にさせてもらえることを願い出た。読書会の内容までは言う必要も無いので敢えて口にしなかった。
また、もしこの先離縁することになった場合は相応の金銭的援助をしていただけるように……というのは父の入れ知恵だった。
侯爵はこれを了承し、更に持参金1億ガルドをアイゼンシュタイン家に納めることを約束した。ちなみにアイゼンシュタイン子爵の年間収入がおよそ800万ガルドである。
そして、話は順調に進み、ローゼンブルク邸にて、エリザ・ローゼンブルクとシグムント・アイゼンシュタインの婚約パーティーが開かれることになったのだが……
「あれ!?青薔薇卿ではないですか!!なんでこんなところに!?」
「えっ!? 侯爵と婚約したシグムント・アイゼンシュタイン殿って緑葉卿のことだったんですか!?!?」
なんと、侯爵の屋敷で、百合同好の仲間である青薔薇卿と偶然出会ったのである。
青薔薇卿は慌てたように周囲を見回すと、シグムントを手招きしてひそひそ話を始めた。
「緑葉卿、じゃなかった、シグムント殿。この会場ではどうか、クラウス・ハインツとおよびください」
「えっ、なんでハインツ伯の御令息の名前がここで出てくるんですか?」
「それが私の本名なんです!!」
「えっ、待ってくださいハインツってもしかしてうちがお仕えしてるハインツ伯……!?なんかすみません読書会で気安くして!!」
「いえいえ滅相もない!今後はシグムント殿の方が位が上なのですから、むしろこちらこそ今までの無礼をお許し願いたく……!!」
ローゼンブルク侯の婚約者とハインツ伯の跡取り息子が頭を下げ合う光景に一部の貴族がざわついたが、二人は気がついていなかった。
「ということは銀鷲卿もこの会場のどこかに?」
「私が見た限りではいらっしゃいませんでしたね。それより、私なんかと喋っていてよろしいのですか?ローゼンブルク侯は……」
そういえば、とシグムントが婚約者の姿を探すと、ちょうど一通り挨拶を終えたところなのか、侍女……名前はマルグリットというのだそうだ……を連れて、バルコニーに出るところであった。その様子を見て、シグムントは青薔薇卿……いや、クラウス・ハインツに向き直る。
「……侯爵様はお疲れなのでしょう。邪魔をしないようにそっとしておいて差し上げましょう!」
「? なんでそんなに嬉しそうなんですシグムント殿……あっ、男がバルコニーに向かっていますよ」
「何ーーーーッ!?!?!?」
シグムントが勢いよくバルコニーを振り返ると、確かに一人の見知らぬ男がバルコニーに入ろうとしていた。
「青薔薇卿、すみません! ちょっと行ってきます!」
シグムントは言うと、慌てて百合に挟まろうとする男をシメあげるべくバルコニーに向かった。それを見た青薔薇卿……クラウスは、(契約結婚と噂に聞いていたが、けっこう妬いたりするんだな)と思っていた。
「ご機嫌麗しゅう、エリザ様。私のことは覚えておいでですか?」
バルコニーにやってきた銀髪の美青年が、エリザ……ローゼンブルク侯ににこりと微笑む。
エリザは険しい表情で答えた。
「お前は……。何故こんなところにいる。」
「ひどいですねえ、共に同じ学舎で過ごした級友ではないですか」
「級友だと……私に無実の罪を着せて、王都から追い出した張本人が何を言う」
「……王子との婚約が破棄されれば、貴女が俺のものになると思ったからですよ。……ああ、それなのに、あんな冴えない格下の男と婚約だなんて!気でも触れたのですか?」
侍女のマルグリットは、エリザに近づこうとする青年から主を守るように立ちふさがった。
「……カミル様、それ以上エリザ様を侮辱するのでしたら許しません」
気丈な言葉だが、マルグリットの体が恐怖で小刻みに震えているのが、エリザにはわかった。
「マルグリット、下がって……」
「生意気なんだよ、この田舎娘が!」
カミルが乱暴にマルグリットの手を掴んだ。
「きゃあ!?」
ローゼンブルク侯が衛兵を呼ぼうとしたその時。急に氷の矢が飛んできて、マルグリットを掴んでいたカミルの手首に命中した。
「痛………!!」
手首を押さえて悶絶するカミルが、氷の矢が飛んできた方向を見ると、そこにはエリザの婚約者、シグムントが立っていたのだった。彼の手の甲には魔術の刻印が光っている。
(今の、まさかこいつが……!?)
「……そこまでにしていただけますかな、見知らぬ方」
シグムントは怒りのこもった表情でカミルを見下ろした。カミルは内心、話と違う、と感じていた。この格下の男は、金につられて好きでもないエリザと婚約したつまらない男だと聞いていたのに。狙いが正確な氷魔法が撃てて、婚約者に近づいた男を威圧できるだなんて。シグムントの怒りの理由が、エリザとマルグリットの二人の時間を青年が邪魔したからだ、などとはつゆほども思い至らない。
「エリザ様とマルグリットに近づくんじゃねえです。……エリザ様、衛兵ってどうやって呼んだら良いんでしたっけ」
その言葉を聞いて、カミルはさっとバルコニーから飛び降りた。エリザは衛兵を呼び、カミルを追うように命令した。
「あ、ありがとうございます旦那様……!」
マルグリットがきらきらした目でシグムントを見る。
「はー、まったく(百合に挟まろうなんて)無粋な奴ですね。お怪我は?」
「無事です、ありがとうございます……旦那様、魔法が使えるんですね……!」
「え……? うん、そうですね……?」
どうして魔法が使えてこんなに感心されるのかわからないシグムントは首を傾げた。
「旦那様が頼りになるお方でよかったです!」
「そ、そうですか……?」
「エリザ様が貴方を夫に望まれた理由がわかりました! 旦那様以外に恋人がいるだなんてエリザ様が悪い冗談をおっしゃるので、幸せな結婚じゃないのかしらって心配だったんですけど……不肖マルグリット、旦那様にも誠心誠意お仕えいたします!」
「………ん? ンンンンンンン???」
シグムントはマルグリットの後半の話に首を傾げた。エリザを見ると、なんだか彼女も気まずそうにしている。
「……マルグリット、すみませんが席を外していただけますか?」
「はい!それはもう!」
マルグリットは頭を下げて、どこかうきうきしたような表情で席を外す。
シグムントはエリザをじっと見つめた。
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