ちょっとした賭け






 迷宮メイズに於いて発見される宝箱ギフトには、幾つかの等級が存在する。


 下から順、木、石、鉄、銀、金、黒の六種。

 上の等級へと移るほど、中身のグレードも上がり易くなるのだ。


 ただし、セキュリティの高さもまた等級に比例する。


 基本的に鉄以上の宝箱ギフトは、全て錠が掛かっていると考えて構わない。

 開けるには相応の技術か、専用の鍵が必要。


 銀箱ともなると、一流の錠前師で漸く手を出せるレベル。

 ミリ単位の誤差も無く作業をこなさなければ、百年かけても錠は外れない。


 また、箱ごと持ち帰ることも不可能。

 宝箱ギフトはその空間に固定され、如何な怪力自慢の大男でもピクリとさえ動かせない。


 故、銀以上の宝箱ギフトは、時に皮肉を篭めてこう呼ばれる。

 幾ら手を伸ばせども触れられぬ、水月の財宝、と。






「成程。それでこうも落ち込んでいるんですか」


 夜の酒場にて、慣れた手つきでグラスを磨くシャクティ。

 そんな彼女の対面では、影を背負いカウンターに突っ伏したヨルハの姿。

 傍らでポテトを齧るクララが、同情たっぷりにかぶりを振った。


「折角見付けたお宝を前に諦めなきゃだもん。落ち込みもするよ」

「でしょうね。遅かれ早かれ、探索者シーカーなら誰もが通る道です」


 頷きつつ、店主と他のウエイトレスがあくせくと働く中、暇そうにグラスを積む。

 シャクティは立っているだけで客を増やせるため、あまり働かずとも許されるのだ。

 看板娘の特権である。


「ちっくしょお……なんでこんな上手く行かねぇんだ……」

「うー、元気出してよヨルハー。キミがそんなだと、ボクまで……ひっく、うぅ」


 落胆極まる雰囲気に当てられてか、べそべそと涙ぐむクララ。

 感受性の強い種族である妖精は、周りに居る者の影響を受け易い。

 それが自身のべったりな相手ともなれば、殊更に。


「ふえぇ、ううぅぅ……ぐす、ぐすっ」

「どうしたものでしょう、この状況」


 まるで葬式のような有様の二人に、流石のシャクティも些か当惑する。

 かと言って、愛想というものをへその緒共々母親の腹に置き去った彼女に、気の利いた慰めを望むなど酷。


 顎に指先を添え、悩むこと幾許。

 カウンターへと顔を埋めていたヨルハが、緩慢に面を上げた。


「……泣くなよオイ。おちおちヘコんでもいられねーじゃんか」

「ヨルハぁっ」


 泣きじゃくりながら胸に飛び込む妖精。

 ヨルハは盛大に溜息を吐いた後、胡乱な目でシャクティを見遣った。


「酒くれ。マジで飲まねーとやってられん」

「分かりました」


 ショットグラスにテキーラを注ぎ、レモンを絞って差し出す。

 同時、底が天井を向く勢いで傾けられ、一気に乾してしまう。

 度数は優に五十を上回ると言うのに、全く以て信じ難い飲み方である。


「おかわり」

「いつか死にますよ、貴方。ほどほどにして下さい」


 とは言うものの、彼が酔い潰れた光景などは俄かに想像し辛い。

 どれだけ飲もうと泥酔せず、一夜明ければ元通り。

 凄まじく強靭な肝臓を持っているに違いなかった。


 そうしてかぱかぱグラスを空けるうち、ほろ酔いで気分も良くなって来る。

 ボトル半分飲み干した頃には、いつもの調子に戻っていた。


「どーにか手に入れてやっかんな、あんちくしょー!」

「あんちくしょー! そうだそうだ、ボクだって悔しい思いしたんだもん!」


 単純思考は立ち直りが早い。嫌なこともすぐ忘れる。

 きっとこの二人、人生楽しいことばかりだろう。

 ある意味、羨ましい限りである。






「あー、酒ばっかでちっと腹減ったな……シャクティ、何か作ってくれよ」

「ボクもボクもー!」


 既に宝箱ギフトの一件などすっかり忘れた様子で、空きっ腹を擦る二人。

 どうせ暇なので、シャクティも素直に快諾した。


「構いませんよ。ではついでに、面白いものを見せましょう」


 意味ありげな視線と言葉を受け、揃って小首を傾げるヨルハ達。

 シャクティは後ろの竈を振り返ると、小気味良く指を鳴らした。


 その瞬間、薪を舐めるようだった小さな火が、一気に燃え上がった。


「なんと!?」

「すごーい!」


 突然の光景に目を見開く二人。

 周りの客も、突然の出来事にざわめいた。


「ふむ。細かいコントロールの練習に手間取りましたが、そろそろ使えそうですね」

「え、ちょ、シャクティ? お前、いつの間にそんなこと出来るようになったワケ?」

「いつの間にも何も、これの力ですよ」


 驚きで酔いが醒めたヨルハの眼前に突き出された、細くたおやかな左手。

 小指に嵌められた指輪の赤い宝石が、不可思議な輝きを帯びている。


「『火の指揮者』……身に着けた者の一定範囲内に存在する火を自在に操る魔具です」

「魔具!? それ魔具だったん!?」


 蛇、鳥、犬、猫。

 目まぐるしく形を変え、宙を踊る赤い炎。

 一頻りの座興を終えると、元の無形として竈に戻し、フライパンを被せた。


「範囲は五メートルから十メートル。充填型の魔具ですので、私の体調次第ですね」


 魔具は、自立型と充填型の二種類に大別される。

 自らの周囲に霧散する魔力を吸い上げ、動力源とする自立型。

 所有者のエネルギーを魔力に変換する充填型。


 自立型は安定した性能を発揮する反面、出力は弱い。

 充填型は所有者に性能を左右される反面、出力は高い。


 ちなみにヨルハの首飾り『アンチバベル』は自立型である。


「はー、すっげー。松明もランタンも要らねーじゃんか」

「……買い求めるなら、一万ガイルからが相場の品です」

「いちまっ!?」


 想像もしなかった高額に、息が詰まる。


 されど、当然と言えば当然。魔具は総じて高級品なのだ。

 どんなに安いものでも、五千ガイルを下回ることは絶対に無い。


 目を点にさせて固まるヨルハの一方、手早く料理を仕上げにかかるシャクティ。

 ボリューミーなハンバーグが、大盛りのマッシュポテトと共に出される。


「やはり此方はお返しします。売るにせよ残すにせよ、貴方にこそ必要な品でしょう」


 軽く目を伏せ、シャクティが指輪を外そうとする。

 しかしヨルハはそれを手で制し、ゆっくりと首を横に振った。


「やるっつったもんを返して貰うなんて出来るかよ。ポリシーに反する」

「プライドだのポリシーだので飯が食えるかと、前に酔った時、言ってませんでした?」

「言ってない」


 本当は勢いで思い切り口走ってるも、堂々と否定する。

 現代日本のようにレコーダーなど無いため、そう言われてしまっては追求も難しい。


 ともあれ、シャクティは指輪を返すと譲らず、ヨルハも頑と受け取らない。

 やがて面倒になったのか、彼は見得を切るように立ち上がった。


「分かった分かった。じゃあ十日だ」

「はい?」


 突然の意味不明な宣言。

 訝しむシャクティを他所に、大仰な所作を添えて続ける。


「今日見付けた銀箱、十日で開けてやる。そうすりゃ纏まった金が手に入る」


 銀箱の中身ともなれば、魔具である指輪と同等以上の価値が見込める筈。

 そんな大金が手に入ったなら、当座シャクティが彼の金銭面を気遣う理由も無くなる。


「開けられなかったら素直に返して貰う。でも結果が逆なら指輪はお前の物だ」

「……強引ですね」


 呆れた風にシャクティが零す。

 とは言え、これがヨルハにとって最大限の譲歩なのだろう。

 突っぱねたところで、話が余計に話が拗れるだけ。

 何より、別に自分が損をする内容でもない以上、断る理由も無かった。


「分かりました。このまま突き返しても、受け取ってもらえそうにありませんし」

「よーし決まりだ。じゃ、話が纏まったところで飯にするか!」


 笑って席に掛け直し、フォークを取る。

 そうしてシャクティお手製のハンバーグを大きく切り分け、口に放り込んだ。


「――うんま!? やべぇコレ死ぬほど美味ぇ!」

「ヨルハ、ボクにも! ボクにもちょーだい!」


 微細な火加減に至るまで完璧に調整されたそれは、いつもの倍美味かった。

 早速、負けられない理由が増えた瞬間である。





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