隠し部屋






「嫌だー!」


 暗い迷宮メイズ内に、悲痛な叫びが反響して鳴り渡る。


「もー! だってしょうがないじゃん、ワガママ言ってないで今日は帰ろうよ!」

「絶対に嫌だ! 俺はコイツを開けるまで天変地異が起ころうともここを動かない!」


 服の裾を引っ張る妖精に対し、床に爪を立てることで抵抗の意志を示すヨルハ。

 砂と埃塗れな彼の眼前には、銀色の輝きを放つ箱が、王の如く鎮座していた。






 事の起こりは、およそ二日を遡る。


 土方仕事と探索者シーカー稼業を掛け持ちする、変わり映えの無い日々。

 今日も今日とて労働三昧だったなーとぼやきつつ、自室で寛ぐヨルハ。


 いつもなら酒場で飲み始めている時間だが、この日は珍しく気分が乗らなかった。

 故、クララだけ行かせ、自分は一足先に部屋で休むことにしたのだ。


 とは言え、寝るには流石にまだ早い。

 探索用の荷物でも整理しようと、バッグをベッドの上で引っ繰り返す。


 転がり出る必須アイテム、所謂七つ道具。

 それ等に紛れた紙束を、ふとヨルハは目に留めた。


「こいつは……あー、なんだっけ」


 おぼろげな記憶を掘り返しつつ、紙束を広げる。

 折り目が残る紙面に記されていたのは、簡単な地図。

 先日、小鬼の遊び場を探索した際、ヨルハが自らの手で書いたものだった。


 検めたことで、そう言えばこんなの作ったな、と思い出すヨルハ。

 そのままなんとはなし、地図を確かめる。


 第一階層と第二階層の大まかな構成、道筋。

 やはりそれなりに複雑で、方向感覚に疎い者であればうっかり迷ってしまいかねない。


 重ねて、第三階層以降は広さも難度も倍近く変わると聞く。

 暫くは浅めの場所で宝箱ギフト探しに励むのが賢明だろう。


 と。


「……ん?」


 地図を眺めるヨルハの脳裏を、ふと小さな違和感が突く。


 第一階層の奥まった部分。

 一本道の通路でぐるりと囲まれた奇妙な空白が、そこにはあった。


 階層全体を見ても、そんなスペースは他に見当たらない。

 にも拘らず、何故ここだけ。


「ふーむ」


 ぼそぼそと耳元で何事か囁かれているかのような感覚。

 理屈を度外視した勘が、ヨルハの意識を引き止める。


「よし。いっちょ、次の休みにでも確かめに行ってみるか」






「くたばりやがれキック」


 鈍い音を立て、ゴブリンの小柄な痩躯がもんどりうって転がる。

 首の折れた身体、その心臓に追い討ちのスティレットを突き立てた。


「説明しよう。くたばりやがれキックとは適当な前蹴りである」

「相手は死ぬー!」


 剣身を濡らす血を払い飛ばし、乾いた布で残りを拭う。

 都合三度の襲撃を受け、十一のゴブリンを刺し貫いた愛剣は、少し滑っていた。


「しかし弱いな。頭も悪い。最初に出くわした奴等が特別だったのかね」


 聞いた話によると、ゴブリン達は主に第三階層以降を根城としているらしい。

 つまり第一階層や第二階層で現れる個体は、殆どが二種類に分けられる。

 即ち、外へ狩りに出る道中の戦士か、はたまた下っ端の落伍者か。

 恐らく以前出くわしたのが前者、今し方に倒したのが後者だろうとヨルハは思う。

 明らかに動きの質が違った。


「ゴブリンにも色々居るのな」

「うわー、見て見てヨルハ。コイツ超不細工!」

「言ってやるなよ可哀想に」


 けらけら笑う相方を諌つつ、邪魔な亡骸を隅に蹴飛ばす。

 間も無く、彼等は目的の地点に辿り着いた。


「よし、ここだ」


 進んだ道筋と地図の内容とを照らし合わせ、頷く。

 あとは歩きながら、つぶさに確かめれば良い。


「本当に何かあるの? ボクにはただの通路にしか見えないけど」

「あくまで『かも知れない』だ。無いなら無いで構わんさ」


 一周百メートル前後の短い道行き。

 左側の壁を注視し、一歩毎に軽くノックして耳を澄ませ、進む。


 ヨルハが異変を感じたのは、二度目の角を曲がってすぐのことだった。


「む」


 叩いた際、音と手応えが微妙に変化した一点。

 その地点を中心に調べると、石壁に浮かぶ薄い切れ目を探し当てる。


 ごくりと唾を飲み、押し込む。

 どんでん返しの要領で、壁の向こうに隠し部屋が現れた。


「ビンゴ!」

「わわっ」


 堆く砂と埃が積もった床。

 人は元より、ゴブリンが立ち入った形跡すら窺えない。


「おっどろいたー。こんな仕掛けがあるなんて、シャクティ言ってなかったよね?」

「こんな場末の迷宮メイズを隅々まで探そうなんて酔狂者、そうそう居るかよ」


 収入は見込めず、苦労ばかりが付いて回るハズレ迷宮メイズ

 物好きが本腰を入れて探索するにしても、ここの本番は第三階層以降。

 第一階層の調査など、おざなりに片付けられた筈。


「で、だ。こういうとこにはレア物が眠ってるのがお約束なワケ、だが……」


 砂埃を巻き上げぬよう、静かに踏み入ったヨルハの動きが固まる。

 言い終えるより早く見付けたのだ。見付けてしまったのだ。


 燦然と輝く、銀色の宝箱ギフトを。






 そして、三時間後。

 固く施錠された蓋をどうやっても開けられず、場面は冒頭に戻るのであった。





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