相性良好






「ヨールーハ! おーきーて!」


 酒場のバックヤードに設けられた殺風景な一室。

 カーテンの締め切られた薄暗い中、明るい声が元気良く響き渡る。


 ヨルハがクララと暮らし始めて早数日。

 その間、欠かさず繰り返されたモーニングコール。


「む、あさかぁ……」


 寝起きがいい方ではないヨルハは、半ば目を閉じたまま半身起こす。

 晩の内、桶に汲んでおいた水で緩慢に顔を洗い、漸く覚醒する。


「ふあ……おはよ」

「おはよー!」


 今日も憂鬱な外壁修理の仕事だと溜息を吐きつつ、着替えるヨルハ。

 一方でカーテンを開けたりベッドを整えたり、狭い部屋の中を元気に飛び回るクララ。


 そんな姿に欠伸混じり、朝も早くから元気なものだと感心するのだった。






 肉体労働者にとって、仕事前の朝食は重要である。

 ヨルハの場合、酒場で出した料理の余りを格安で賄って貰っている。


「しっかし相変わらず美味くねぇ飯だ、全く」

「まずーい」


 山盛りのマッシュポテト、ほうれん草とベーコンの炒め物、コーンスープ。

 微妙な味付けの大雑把な料理を、栄養摂取のためだけに掻き込む。


「仮にも飲食店としてどうかと思うクオリティだよね」

「あぁ。つっても俺はロクに料理できねぇし、値段は安いから、我慢して食わねぇとな」


 シャクティを頼るという手もあるにはあるが、流石に憚られる。

 ただでさえ彼女には昼食の弁当をはじめ、色々と世話になりっぱなしなのだ。


「あんまり甘えてると駄目人間になっちまう。自分でやれることはこなすべきだ、うん」

「でもやっぱり不味いよ、ここの料理」

「なーに、不味いもん食って死んだ奴は居ない。薬だと思って流し込め」

「分かったよ、ボク頑張る!」


 ヨルハに倣い、小皿へと取り分けられた料理を無心で食べるクララ。

 店仕舞いの掃除をしていた店主が、二人を見ながら引き攣った顔で苦笑う。


「君達、作った相手の前でよく堂々と言えるよね……」






「今日は東側で作業かよ。こっち日差しがキツいから嫌なんだよ、なっ!」

「よいしょ、よいしょ」


 ぼやきながらツルハシを振り上げ、老朽化した壁を叩き壊すヨルハ。

 その傍では、クララが砕けたレンガの欠片を瓦礫置き場まで運んで行く。


 尚、彼女の日当は二十ガイル。ヨルハの約二割。

 大した労働力にならないため妥当だが、妖精からすれば十分な大金である。

 何せ彼女達のサイズなら、五ガイルもあれば食料も酒も山の如く手に入るのだから。


「クソかったりぃ。大体、壁を作っちゃ壊して何の意味があるってんだ」

「るっせーぞヨルハ! いつもいつも文句ばっかり言いやがって!」

「あぁん!? てめーの方がうっせーわ!」


 耳聡く聞き付けたらしい現場監督が、今日も今日とて怒鳴り散らす。

 元々口うるさかったけれど、最近は輪をかけてヨルハを目の敵としている様子。


 まあ、理由は明らかなのだが。


「シャクティに相手されねーからって俺に当たるんじゃねーよボケ!」


 眦を吊り上げた一言。

 周りの人夫達が「とうとう言っちゃったよこの人」と揃って思う。


 まさに図星を突かれた現場監督は、息を詰まらせたように口をパクパク動かした。

 首元まで真っ赤に染め上げた、今にも殴りかからんばかりの形相。

 すわ乱闘かと、被害を避けるべくそそくさと離れる面々。


 だがしかし、現場監督に残ったなけなしの理性が待ったをかける。

 相手は一人で森の魔獣を狩れる武闘派の探索者シーカー。実力行使で勝ち目は無い、と。


 結局、いつものように仕事の手は止めぬまま、激しい罵り合いが始まる。

 すっかり馴染みとなった光景。最早、他の者は気にも留めない。


 やがて口角泡を飛ばす現場監督の前に、頬を膨らませたクララが飛び出した。


「こらー! ヨルハを悪く言うなー!」

「む、むぐ……いやその、でもなぁ……」


 汗臭い仕事場を飾る一輪の花の登場。

 クララ相手では攻勢に出辛く、尻込みする現場監督。


 いつの時代、どんな世界だろうと、男は可愛らしいものに弱いのである。






 夕刻、仕事が終わればひとっ風呂。

 町の中心部に建つ天然温泉が湧いた公衆浴場で、一日の汗を流す。

 ちなみに入浴料は三ガイル。


「あーたまんね……温泉だけは最高だよな、エルシンキ」

「ぽかぽかー」


 リンゴを材料に作られた石鹸で身体を洗い、露天風呂に浸かる。

 クララは普通の湯船では足がつかず溺れてしまうため、湯を張った桶で寛ぐ。


「つか女湯行けよお前。今ならシャクティ居るだろ」

「シャクティの身体を見ると敗北感に苛まれるからヤダ!」


 人間換算では既に成人女性と呼んでいいクララだが、羞恥心はあまり無い様子。

 妖精の生態は特殊ゆえ、貞操観念も人間のそれとは異なるのやも知れない。


「ヨルハの身体って細いのにゴツゴツー。面白ーい」

「ええい裸で引っ付くな。妖精ってのは体温が高いから暑いんだよ」






「んじゃま、今日も一日お疲れさんってことで」

「かんぱーい!」


 それなりの客で賑わう夜半の酒場、いつもの特等席。

 ジョッキとショットグラスをそれぞれ掲げるヨルハとクララ。

 ちなみに飲み物は、互いにハイボールと蜂蜜酒である。


「っぷはぁ! 労働と風呂の後に飲む酒は美味い! ヌルいのはアレだが!」

「うん! ここの料理は下の中だけど、お酒なら中の下くらいはあるよね!」

「それな!」


 声を合わせてけらけら笑う二人。

 そのすぐ前でグラスを拭いていた店主は、そろそろ怒ってもいい頃だろう。


「でもま、シャクティが作ってくれりゃあ一気にレベル上がるけど!」

「ごーはーん! ごーはーん!」

「はいはい、少し待ってて下さい」


 厨房で半円状のフライパンを軽々振り回していたシャクティが、料理を皿に盛る。

 山盛りで二人の前に出されたのは、米に似た穀物で作ったチャーハンもどき。

 正しい名称は変に長ったらしいため、ヨルハもクララも覚えていない。


「コイツがまた美味いんだよ全く」

「しかもこんなたっぷりなのに四ガイルだもんね!」

「森で簡単に採れる食材を使ってますから。元手がかからない分、安いんです」


 具材は細かく切り刻んだ山鳥の肉、山ネギ、そして鶏卵。

 味付けは果汁が胡椒に似た風味を持つ果物、ペッパーフルーツ。

 シンプルだが食欲をそそり、スパイシーな香りが空きっ腹に響く。


 ヨルハは小皿にクララの分を取り分け、残りを食べ始める。

 そして相当な量にも拘らず五分足らずで完食し、両手を合わせた。


「ごちそーさん。今日も美味かったよ、シャクティ」

「ですか」


 笑顔で礼を述べるヨルハに対し、素っ気無く頷いて皿を下げるシャクティ。

 愛想の無さというのも、ここまで来ると立派な個性だろう。


「ボクもごちそーさまー!」


 さほど間を置かず、クララも食事を終える。

 あとはちょっとしたスナックや軽食をつまみに、暫く飲むのがいつもの流れだった。






「しかし貴方達、この数日で随分仲良くなりましたね」


 何杯目かの酒を注ぎながら、ふとシャクティが呟く。

 彼女の言う通り、二人は出会って数日とは思えぬほどに打ち解けていた。


 加えて、明るい性分のクララと行動を共にしているからだろうか。

 毎夜毎夜酒場で盛大に繰り広げられていたヨルハの愚痴が、めっきりと減ったのだ。


 それを良かったと捉える反面、少し寂しくも感じるシャクティ。

 妬きっぽいと思われるのは心外なので、口に出すつもりは無いけれど。


「ま、俺達かなり馬が合うからな!」

「ついでに鹿も合っちゃったりするよね!」

「ですか」


 一番合っているのは、お互い低空飛行気味な知能指数じゃないだろうか。

 声を上げて笑う二人の姿に、そんなことを胸中にて呟くシャクティであった。





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