小さな同居人






「で、連れて帰って来たんですか?」

「おう」


 今日はギルドの仕事が休みだったらしく、家で寛いでいたシャクティ。

 ヨルハから事情を聞いた彼女は、しゃらっと髪を揺らした。


「やけに早く戻ったかと思えば、リアクションに困る体験をしたものですね」

「だよね」


 揃って曖昧な表情を浮かばせながら、テーブルに視線を落とす二人。

 そこには、山盛りのフライドポテトを興味津々に眺める妖精の姿があった。


「わー! ねぇねぇ、これなーに? ぽてとってゆーの?」


 妖精。

 フェアリーローズの花が咲く時に蕾から生まれる、人間とも魔獣とも異なる種族。

 雌だけで構成され、雄に該当する植物と性交し、種を産むという珍しい生態を持つ。


 生物の中で最も自然に近い存在ゆえかエルフと仲が良く、多くは大陸北部に住まう。

 人工物、取り分け金属が苦手であり、都市部で見ることは殆ど無い。

 ヨルハは勿論のこと、シャクティも本物を目にするのは初めてだった。


「と言うか、何故フライドポテトを?」

「腹減ったって言うから。穀物とか花の蜜が好物なんだろ、妖精って」

「ジャガイモは穀物じゃありませんし、ケチャップにも蜜など含まれていませんが」

「え、うっそ!?」


 至極当たり前の指摘に、けれど身を乗り出す勢いで驚くヨルハ。

 その傍らで、妖精がケチャップ塗れのポテトを貪っていた。


「こんな美味そうに食ってるのに? 違うの?」

「違います」


 マジかー、と放心気味に頬を掻く。

 果たして如何な経緯でそんな勘違いに至ったのか、地味に気になるシャクティだった。






「ごちそうさまでした! とっても美味しかった、ありがとね!」


 食事を終えた妖精が、笑顔で告げる。

 天真爛漫を絵に描いたような、朗らかで愛らしい表情。

 対するヨルハは気にするなとばかり、軽く手を振った。


「たまたま見付けただけだし。タイミングが良くて助かったな」

「うん! 本当にありがとう!」


 彼がシルバーラビットに遭遇し、追いかけていなければ起こり得なかった出会い。

 運命と呼ぶには些か強引だが、偶然で片付けるには少々出来すぎた邂逅。

 何かの縁を感じさせる、そんなファーストコンタクトであった。


「ふらふら飛んでたら蜘蛛の巣に引っかかっちゃって、あの時はもう駄目って思ったよ」

「あんなデカい巣を見逃すか普通」

「でも、そんな窮地を颯爽と助けてくれたキミ! キミはボクのナイト様さ!」

「蜘蛛一匹でそう持ち上げられると、こそばゆいんだが」


 キラキラと輝く眼差しで以てヨルハを見上げる妖精。

 悪い気はしないが、ちょっと落ち着かなかった。


「つーか、お前なんであんなとこに居たんだ? 妖精ってもっと北に住んでるんだろ」

「色々なところを旅したくってね。つい半月前、故郷を飛び出したんだ!」

「半月で命の危機に直面ですか。さぞ刺激的な旅路となりそうですね」

「言ってやるなよシャクティ」


 異世界へ来た初日に死にかけたため、あまり妖精を笑えないヨルハ。

 まあ、彼の場合は不可抗力によるところが大きいのだが。


「でもやっぱり一人は危ないねー。そうだナイト様、ボクと一緒に旅しない?」

「魅力的な提案ではあるが、俺はのっぴきならない事情で町を離れられんから無理だな」

「そっかー」


 翅を揺らして宙で逆さとなりながら、残念そうに肩を竦める妖精。

 が、何か思い付いたようにパッと表情を華やがせ、ヨルハの指先へ止まった。


「じゃあボクも暫くここに居るよ! キミに恩返しもしたいしね!」

「あぁ? 俺ぁ別に大したことしてねーぞ。第一、妖精って人工物苦手なんだろ?」

「この町は自然が多いから平気! 金属も少ないし!」


 懐っこい仔猫を思わせる仕草で、彼女は掌に頬擦りする。

 どうしたものかと眉根を寄せるヨルハに、シャクティが淡々と告げた。


「いいじゃないですか。見た通りのサイズですから、少なくとも邪魔にはなりませんよ」


 彼の仕事場は男所帯で、兎にも角にも華に欠ける。

 ただ居てくれるだけでも、きっと清涼剤になってくれる筈。


 何より、妖精は幸運を招くという。

 日々金策に苦労するヨルハのお供には、ある意味ピッタリだろう。


「あー、うん。ま、いっか」

「わーい! よろしくねナイト様ー!」

「ヨルハだ。ナイト様は勘弁してくれ、現場の連中に聞かれたら一週間はいじられる」


 何がそんなに嬉しいのか、ヨルハの周りを飛んではしゃぐ妖精。

 そう言えば、そもそも彼女の名をまだ聞いていなかったと思い出す。


「ボクはククルゥララ=リャナンシィ! ククって呼んでね!」

「……悪いがククは無理だ。いやマジで」

「何故です?」


 苦々しく顔を歪めて拒否するヨルハに、シャクティが問う。

 右から左へと視線を泳がせながら、彼は言い辛そうに声を抑え、続けた。


「高校の時、フラれた子と同じ名前だから……何故かスゲー嫌われてた」

「それは確かにキツいですね」


 協議の結果、クララと呼ぶことになった。

 しかし、相変わらずどうでもいいことだけはよく覚えている男である。


 ともあれ、こうして彼に奇妙な同居人ができたのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る