パーティ人数+1






「なぁクララ。ちょいと相談があんだけどよ」

「んー?」


 ヨルハがクララを町まで連れ帰り、ちょうど一週間。

 外壁修理の仕事も休みの週末。朝食を済ませた二人は、自室で向かい合っていた。


「どしたの、改まって。お金でも貸して欲しいの?」

「お前から借りるなんて情けない真似だけはしねぇから安心しろ」


 ちなみにクララの稼いだ金は、麻袋に詰めてベッド裏に隠してある。

 当然だろう。彼女のサイズでは銅貨一枚を持ち歩くのも難儀するのだから。


「いや、今日出掛けっからさ。どっかで適当に時間潰しててくれねーか?」

「ふーん。どこ行くの? 綺麗なお姉さんが下着姿でお酒注いでくれるとこ?」

「んな金あるか。迷宮メイズだよ迷宮メイズ


 先週は諸々の事情で、結局取り止めとなった迷宮メイズ探索。

 故、今回こそはデビューを飾るのだと、昨晩寝る前から準備していたのだ。


 目指せ一攫千金。駆け抜けろリッチ街道。

 拳を握り締め、静かに気炎を上げるヨルハ。


 そんな姿に何を思ったのか、おもむろにテーブルから飛び立ったクララ。

 彼女はヨルハの肩に止まると、太陽のように笑って言った。


「面白そう! ボクも行くー!」

「へ?」






「というワケなんだが」


 困った時の知恵袋。

 ヨルハがシャクティに抱く印象のひとつとして、これは間違い無いと言えよう。


「俺としちゃ別に構わんけど、規則的にどうなんだその辺」

「取り立てて問題はありませんよ」


 書類に視線を落としたまま、ペンを滑らせる手も止めずにシャクティが返す。

 肩透かしを食らったような顔で、ヨルハは目を瞬かせた。


 ザ=ナ王国では原則、探索者シーカー以外が迷宮へ立ち入ることは禁じられている。

 また、迷宮メイズから持ち出したものは、石ころひとつに至るまで報告しなければならない。


 何故なら、迷宮メイズでは時に人智を超越したアーティファクトが出土する。

 現代技術では再現不可能な性能を持った魔具。

 扱いを誤れば財政破綻すら招きかねない超希少金属。

 そうした理外の代物を、国による管理の目が届かぬ闇へと持ち込ませぬための方策。

 もし破ろうものなら、場合によっては国家反逆罪の烙印を捺され、重く裁かれる。


 にも拘らず、あっさり大丈夫と答えられては戸惑いもしよう。

 切りのいいところまで済んだのか、シャクティは漸く面を上げた。


探索者シーカーの中には、魔獣を手懐けて使役する者が稀に居ます」


 俗に魔獣使いと呼ばれる人種である。

 彼等彼女等は、魔獣を引き連れての迷宮探索が許される。

 クララの場合も、其方のルールが適用されるのだと。


「……妖精って魔獣だっけ?」

「いいえ。ですが九十年前のギルド発足まで遡って、二件の前例があります」


 規則の文面も当時から変わっていない。

 ならば問題無いというのが、シャクティの弁であった。


「エルフなら兎も角、人間が妖精を従えるのは非情に稀なため、未だ曖昧なんでしょう」

「おいおい、俺はクララを飼ってるワケじゃねぇぞ」

「そうだそうだー! ボク達仲良し、上も下も無いのだ!」


 それはすみませんでした、と無表情に頭を下げるシャクティ。


 何にせよ、問題が無いと発覚したのであれば、堂々とクララを連れて行ける。


 ただし今更言うまでもないが、迷宮メイズとは危険な場所。

 探索者シーカー以外の侵入禁止は、半分は安全を考慮しての規則でもあるのだ。


 特に。


「ゴブリンは妖精が大好物と聞きますので、捕まらないよう注意を」

「ぎゃぽー!?」






 ギルドハウスを出た二人は、そのまま雑貨屋へと向かった。

 目的は消耗品の買い足し、及びクララでも使えそうな武器の調達。


 なのだが。


「あるワケねーだろ身長十六センチが」

「十七センチですー! 探しもしないうちから諦めちゃ駄目ー!」


 人間ならポケットに放り込めるナイフでさえ、妖精にとっては身の丈ほどの大剣。

 加えて、あくまでも人間用の規格であるため、使い勝手も最悪だろう。


 手広く探せば、酔狂者の拵えた妖精専用の武器に出会えるやも知れない。

 けれど少なくとも、小さな町の雑貨屋にそう都合の良い品があるとは思えなかった。


「うん、無いねー」

「ほらな。トクさんもこう言ってる」

「欲しい欲しい武器欲しいー!」


 聞き分け悪くカウンターの上で駄々をこねるクララ。

 一応こんな有様でも、人間換算では成人女性なのである。


 ともあれ、武器を見付けるまでテコでも動きそうにない彼女。

 どうしたものかと頭を悩ませた末、ヨルハは苦し紛れの案を出す。


「なぁトクさん。なんかこう、剣っぽい針とか無いのか?」

「時計用の針ならあるけどー」


 棚の隅から引っ張り出された、洒落た感じの飾り針。

 取り敢えずこれを一寸法師よろしく持たせればいいと、見せてみる。


「裁縫針よりは頑丈だからー、多少振り回すくらいなら平気だよー」

「わーかっこいー! 買う買うー!」


 ヨルハが想像した数倍は気に入った様子での即断。

 器用なもので、腰に佩けるようすぐさま己の服を加工し始める。


 そして数分後。

 誇らしげに時計の長針をぶら下げる、恐らく世界初の妖精剣士が爆誕した。





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