めーきゅー






 迷宮メイズ探索。


 探索者シーカーにとっての醍醐味であり花形。一攫千金を狙える最も大きな機会。

 何度か小耳に挟んではいたものの、実のところ詳しいことをヨルハは知らない。


「そも、メイズってなんぞや」


 酒場での提案から一夜明けた朝方。

 シャクティの家で軽い朝食を共にしながら、ヨルハはそう問うた。


「待って待って、ちょっとまだ頭痛い……貴方なんで元気なの? 私より飲んでたのに」

「酒なんぞ寝れば抜ける。宿屋で休んだらバステ解消は基本中の基本じゃねぇか」

「その理屈おかしいぃ……」


 二日酔いで思考が定まらないのか、常とする慇懃な口調の崩れたシャクティ。

 固形物は辛いと言うので、ヨルハが目分量で適当に作ったパン粥をちびちび口に運ぶ。

 決して酒に弱いワケではないにも拘らず、結構なグロッキーだった。


「あぁ無理、ごめんなさい。頭ぐるぐるして駄目、もう少し寝てくる……」

「そうか、分かった。じゃあ後でギルドハウスの方に行くわ」

「ぅん……」


 ふらふらと覚束無い動きで、シャクティは寝室へ向かおうと椅子を立ち上がる。

 が、一歩目でバランスを崩し、転ぶ間際ヨルハに抱き止められた。


「大丈夫かよオイ」

「あるけない……ベッドまでつれてってぇ……」






 そんなこんなで時間は飛び、正午。


「てなワケでリテイクだ」

「まだ喉に少し違和感が……」


 場所をギルドハウスへと移し、カウンター越しに向かい合う二人。

 シャクティはまだ少し顔色が優れないけれど、ひとまずの振舞いは元に戻っていた。


「あー、あー。声、ちょっと酒焼けっぽくなってないですか……?」

「確かにざらついてるな。ったく、家で飲み直そうって誘ったのはそっちだろうが」

「あなたのペースに合わせるべきではなかったと、今は反省しています」

「ヨルハさんはー、普通に飲んでただーけーでーすー」


 いつもより幾らかトーンダウンした声音。

 眉を顰めつつ、カウンターの奥にある事務所からファイルを数冊持ち出すシャクティ。

 ついでとばかり、栄養剤のアンプルを流し込んだ。


「てかよ、あんまキツいようなら他の職員に代わって貰えば?」

「生憎と今日の出勤は私だけですので」


 エルシンキ支部には三人しかスタッフが居ない。

 何せ両手の指で足りる数の探索者しか擁さないギルドとなると、事務仕事の量も相応。

 一人か、精々二人で、滞りなく片付いてしまうのだ。


 と言うか、改めて思い返せばヨルハは未だこの場所で鉢合わせたことがなかった。

 シャクティ以外の職員にも、自分以外の探索者にも。


「なぁ、あとの二人ってどんな奴等なんだ? 俺、ギルマスの顔すら知らんけども」

「エルシンキ支部のギルドマスターは、元は探索者ギルドの本部に勤めていた方です」


 要は都落ちか。若しくは左遷。相当なポカやらかしたんだろうな、きっと。

 流石に気兼ねしてか口には出さなかったが、身も蓋も無いことを胸の内で呟くヨルハ。


 尚、そのものズバリである。


「ちなみに、零す愚痴の量は一日あたり貴方の約三倍です」

「俺も割かし大概だって自覚してるけど、うーむ。上には上が居るもんだぜ」

「貴方と違って聞いてくれる相手も居ない分、ストレスは募る一方でしょうね」


 シャクティも残り一人の職員も、ほぼ聞き流して相手にしないらしい。


「聞いてやれよ。さては不細工だなそいつ、すだれを編んだセクハラ中年と見た」

「はい、まさしく。三日に一度は私の蹴りを受けてノックダウンしてます」


 愛想がほぼゼロな代わり、顔もスタイルも非の打ち所が見当たらない美女。

 魅力値で言えば、間違い無くCランクはあろう。

 斯様な田舎町にはおよそ似つかわしくない、他と比べてもレベル違いの上玉。

 ちょっかいをかけたくなる気持ちは、ヨルハも十分理解できた。


 ただし、綺麗な薔薇には棘があるもの。

 シャクティは、自分が気に入らぬ相手には肩や手すら触れさせない。

 酒場で酔っ払いが制裁される場面をヨルハが目にしたのは、一度や二度ではなかった。


 美しいだけでなく、恐ろしく強い女。

 敵と見做した相手への暴力に対する躊躇が感じられない、些かネジの外れたタイプ。


 まあ、基本的には穏やかな気質の持ち主なのだが。

 無愛想、且つ不細工に辛辣なだけで。


「私はまだマシな方ですよ。ロザリーなら場合によっては椅子で殴りますから」

「ロザリー?」


 知らぬ名に、ヨルハが小首を傾げる。

 曰くシャクティの同僚で、エルシンキ支部の三人目の職員とのこと。


「ただ……貴方は会わない方がよろしいかと」

「なして」


 些か歯切れの悪さが窺えた言い分。

 けれど理由を問えば、成程、実に得心の行く態度だった。


 何せ。


「貴方がエルシンキへ来て最初に会った女の子がロザリーですよ」

「……確かに会い辛いわー、うん」






「さて、本題に戻りましょうか」


 実の無い雑談も、そこそこのところでひと区切り。

 淹れたてのコーヒーと幾つかの資料を並べて、シャクティは椅子に腰掛けた。


迷宮メイズとは何か。そう聞きましたね、ヨルハ」

「おうともさ。精々持てる力の全てを使って教えてくれたまえよ、はっはっは」

「どんなキャラクターですか……」


 金属製のコーヒーカップ片手に踏ん反り返るヨルハ。

 けれども、残念ながら彼の要望に沿うことは難しいだろう。


「正直、迷宮メイズがどういう存在であるのか、ハッキリとは分かっていません」

「はぁ?」


 大陸各地に述べ四十九が点在する迷宮メイズ

 天をも衝かん摩天楼、地下深く広がる洞窟、内部の空間が捩れた古城。

 外観や実態は様々だが、例外無くひとつだけ共通する部分があった。


 いずれもある日突然、何の前触れも無く現れたということ。

 この摩訶不思議な現象を、迷宮現出メイズポップと呼ぶ。


迷宮現出メイズポップは百年前に初めて観測され、以降、数年にひとつのペースで増加しています」

「はー」


 そして奇しくも同時期より、もうひとつ似た出来事が起こるようにもなった。

 そう、ワタリビトである。


「ワタリビトと迷宮現出メイズポップの繋がりは不明ですが、決して無関係ではないでしょう」

「ふーん」


 学会に於いても、日々様々な議論が飛び交っている。

 とは言え、ヨルハがそのような謎に興味を持つとはシャクティも思わない。

 実際反応を見る限り、どうでも良さそうだった。


 彼にとっての迷宮メイズに対する疑念は、恐らくたったひとつ。

 即ち、稼げるか否かだろう。


「……迷宮メイズの多くには、宝箱ギフトと呼ばれる面白いギミックが存在します」

「ギフト?」


 言葉の響きに金の臭いを嗅ぎつけたのか、あからさまに食い付くヨルハ。


「何も無かった筈の場所に気付けば在る、一度開ければ消えてしまう奇妙な箱」


 その中には、実に雑多な品々が収められている。

 取るに足らないガラクタ、石ころや雑草、擦り切れた古書。

 魔力を帯びた強力な武器防具、希少な宝石類を散りばめた装飾品。

 或いは直球で、山のような金貨銀貨が詰まっていることもあるという。


迷宮メイズは国の所有物ですので、希少な魔具などは献上しなければなりませんが」


 けれど勿論のこと、発見者には多額の報奨金が贈られる。


「成程成程……ち、ちなみに報奨金っておいくらほど……?」

「国への献上品ともなれば、最低でも十万ガイルは下らないでしょうね」


 一瞬、ヨルハの気が遠くなりかける。


「際立った珍品なら、女王陛下と直に拝謁する機会を頂けることもあるとか」


 シャクティが何か説明を続けているけれど、耳にも届いていない。

 最低でも十万ガイルという言葉だけが、ヨルハの頭を繰り返し巡っていた。


「ヨルハ?」


 俯くヨルハに、シャクティの訝しげな眼差しが向く。

 やがて彼は風の如く立ち上がると、硬く握り締めた拳を突き上げ、吼え立てた。


「時代はやっぱり探索者シーカー、そんでもって迷宮メイズ探索だ!」

「きゃっ……」

「稼いで稼いで稼ぎまくって、そうすりゃ借金返済どころか左団扇も夢じゃない!」


 瞳の中に金貨の像を浮かばせながら、踵を返すヨルハ。

 覇気を滾らせる背中にシャクティが言葉をかける暇も無く、飛び出して行った。






 ――二時間後。


「ごめんシャクティ、迷宮メイズってどこにあんの?」

「言いたいことは色々ありますけど、勢いだけで行動するのはやめて下さい」





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