だいたい三ヶ月目にはこういう関係だった






 ザ=ナ王国の領土内には、十二の迷宮メイズが確認されている。


 そんな迷宮メイズの管理と調査を王室より直々に委任された組織こそ、探索者シーカーギルド。

 そのギルドが、十二ヶ所それぞれの最寄の町に設けた活動拠点を支部と呼ぶ。


 そうした中のひとつであるエルシンキ支部。

 管轄とする迷宮メイズの名は『小鬼の遊び場』。


 地下五階層で構成された洞窟タイプ。

 名が示す通り、低位魔獣ゴブリンが無数に屯する巣窟。

 悪辣なトラップは少ないけれど、だからこそ魔獣が棲みつき易い小規模迷宮メイズ


 また、薄暗く道幅も狭いこの迷宮は、小柄ですばしこいゴブリンの独壇場。

 平地や森で相手取るよりも、数段は厳しい難敵となるだろう。


 エルシンキ支部の寂れ具合からも察せようが、この迷宮メイズ探索者シーカーの間でも評判が悪い。

 閉所のゴブリンは下手な魔獣より手強いにも拘らず、狩ったところで旨みは殆ど無い。

 迷宮メイズ自体も、苦労の挙句に探索を進めねばならない割には稼ぎが伴い難い。

 大原則として、迷宮メイズの規模は大きい方が良質な宝箱ギフトが多く見付かるのだ。


「ですので、あまり過度な期待はしない方がよろしいかと」

「散々テンション持ち上げといてそれかよ。どうしよう行くのやめよーかな」


 迷宮メイズ探索となると、森を歩くのとは必要な装備が異なってくる。

 仕事合間の細かい支度で三日を費やした後、いざ出発当日の朝に今し方の補足。

 勢いが削がれるのも、無理からぬ話であった。


「それはそれで結構かと。やはりまだ時期尚早だったかとも思っていますので」

「つっても行くしかねーだろ。採取依頼が来ないんじゃ、外壁修理しか仕事無いし」

「ですか」


 ベッドの上で裸身にシーツを巻き付け、うつぶせに寝そべったシャクティが短く返す。

 対し、ヨルハはひとつ盛大に欠伸しながら、のそのそと着替え始めた。


「鎖帷子ってのは持つと重いが、着るとそうでもないのな」

「負担が分散されますからね。分厚い鎧よりは貴方向きでしょう?」

「おう」


 デニムに似た質感の防刃布で仕立てられたボトムス。

 目の細かい鎖帷子を素肌の上から直接身に着け、いつもの服を着込む。

 高いフィット感も手伝い、見た目には普段とほぼ変わりなかった。


「ん、邪魔にならん。こんなピッタリ調整してくれるとか、やっぱ器用だなトクさん」

「彼の腕は確かですので。近隣の町からも時折仕事を頼まれるくらいですし」


 軽く髪を整え、下着だけ身に着けてからシャクティもベッドを出る。

 手早く朝食を用意し、テーブルに並べた。


「体力仕事には十分な栄養が要。よく噛んで食べて下さい」

「さーんきゅ! や、助かりますわー」


 言葉すら通じぬ異世界。

 記憶を失くし、身ひとつで放り込まれ、果ては借金苦にまで追い込まれたヨルハ。


 絵に描いたような不運の連鎖。

 けれど、そんな彼にとって間違い無く幸運であったのは、やはりシャクティの存在。


 シャクティに気に入られたお陰で、ヨルハは様々な便宜を図って貰えた。

 彼女が居なければ最悪、翻訳の魔具が手に入ったかさえ分からない。

 誰とも言葉が通じないという問題は、人間社会を生きる上で致命的な欠損。

 やもすれば仕事も宿も得られず、路頭に迷う未来が待ち受けていただろう。


 貧しいながらも人間らしく生きられている今の暮らし。

 これをワタリビトであるヨルハが容易く得られたことは、寧ろ相当ラッキーと言える。


 そして、その象徴こそシャクティ。

 謂わば、ヨルハにとっての幸運の女神だった。


「なむなむ……」

「……何故、急に私を拝むんです?」

「いやなんとなく」






「荷物オッケー準備良し。天気は快晴、まさに探索日和だな!」


 朝の静謐な空気を二度三度と深く吸い込み、玄関先に仁王立ちするヨルハ。

 一方でシャクティは、やや怪訝そうに空を見上げた。


「快晴と呼ぶには少し雲が多いですけど」

「細かいこたぁいいんだよ。取り敢えず快晴って言っとけば勝ちなのさ」


 果たして、何に対する価値なのか。

 感覚派のヨルハが掲げる理屈は、よく分からないものが多い。


 本当に大丈夫だろうかと、シャクティの胸襟に再燃する幾許かの不安。

 とは言え、ペースこそ一足飛びなれど、ステータスも実績も水準は満たしている。

 何より、折角のやる気にこれ以上余計なケチを入れるのも憚られた。


 どうしたものか。

 シャクティは静かに頭を悩ませた末、小さく肩を落とし、そっと吐息する。

 今ひとつ気は進まない様子だが、それでも見送ることにしたらしい。


「ヨルハ。出る前にちょっと此方へ」

「ん?」


 一足一刀の間合いを越えた、手を少しだけ伸ばせば届く距離。

 ヨルハが左耳に付けたピアスを、そっと外した。


 次いで、自分の右耳から同じようにピアスを取り、それぞれ入れ替えて付け直す。

 そんな行為の意図が掴めないのか、ヨルハは不思議そうに首を傾げていた。


「古い験担ぎですよ。互いの持ち物を取り替えたら、無事に帰って来れるそうです」

「へぇ。ま、縁起が良くて困るってのは無いわな」


 澄んだ青い石の嵌まったピアスを軽く弄りつつ、満足気に笑う。

 験担ぎなど所詮は気休めだが、こういう趣向も悪くない。


「小鬼の遊び場は案外入り組んでますので、慣れるまで深入りは控えて下さい」

「了解ナリ。宝石のひとつも見付けたら分けてやるよ。じゃ、いってまー」


 町から迷宮メイズまでの距離は、道なりに進んで十キロほど。

 日が照って暑くなり始める前に辿り着くべく、足早に歩き始める。


 最低限に抑えたとは言え、決して少なくない荷物と装備。

 そんな錘を加えた足取りは、けれど意外なほどに軽快であった。





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