ネクストステップ






 芦沢ヨルハが探索者シーカーとなって、早くも半月。

 その間、彼の生活ぶりが大きく変わったかと言えば……そうでもなかった。


「相変わらず、週六で土木作業の日々っつぅなぁ……」


 エルシンキは住民千人を回るかどうかの小さな田舎町。

 必然、探索者ギルドに飛び込む依頼もさほど多くはない。


 比較的安全なものを三つもこなした頃には、既に手持ち無沙汰。

 かと言って、自分から進んで魔獣退治など御免被る。


 結果、仕方なく外壁修理と補強に励むここ数日だった。


「あー暑さで干乾びる。俺がやってるのって仕事? それとも拷問?」

「なにグチグチ言ってやがんだヨルハァ! しっかり働けや!」

「あぁん!? んだこら働いてんだろうがぁ! ガミガミうっせーんだよハゲ!」

「ハゲてねぇわボケが!」


 どちらも暑さで苛立ってるのか、牙を剥かん勢いで怒鳴り合うヨルハと現場監督。

 尚、そうする最中でも手足は動き続けている辺り、割と真面目な二人である。






「苦労した挙句の小銭稼ぎはもうたくさんだ!」


 中身を飲み干したグラスの底で天板を叩く。

 すっかり特等席となったカウンターの中央で、ヨルハは今夜も騒いでいた。


「つーかヌルい! 氷入れろや氷!」

「こんな季節にどこを探せば見付かるんでしょうね。この辺、氷室もありませんし」

「不便過ぎる! ド畜生が異世界め!」


 世には低温を保つ冷蔵庫のような魔具もあると聞くが、希少ゆえ相応に高価な代物。

 当然の如く、斯様な場末の酒場に置いていよう筈もない。


 なんて使えねー奴だと、うだつの上がらぬ風貌に満ちた店主を睨んだ。


「ヨルハ君、なんで僕を睨むのかな」

「頭頂部に白髪がごっそり群れてるからっす」

「マジで!?」


 一応、タダで宿を貸してくれている相手ゆえ気を遣う。

 機嫌を損ねて追い出されでもしたらコトである。


 まあ追い出されたら追い出されたで、彼の場合シャクティのところに行くだけだが。

 とは言え、女の家に転がり込むなど風聞が悪いため、あくまで最後の手段。

 ヒモだなんだとあらぬ誤解で町民から後ろ指を受けては、流石に些か暮らしにくい。

 ヨルハは割と世間体を気にするタイプなのだ。


「……クソッタレめ! しかも極めつけはアレだ!」


 椅子ごと身体を反り返らせ、心底忌々しげに首筋を掻き毟る。

 数日前に請けた採取依頼。ポピュラーな調味料の原料となる果実を集めるというもの。

 その最中、ヨルハはまたしても魔獣とエンカウントしたのだ。


 巨大な目玉と細長い手足が特徴的な猿、低位魔獣ボミットエイプ。

 獲物に向けて強酸性の胃液を吐きかけ、弱らせてから攻撃する、陰湿な獣。

 また、猿だけに木から木へ飛び移ったりと、その機動は軽快且つ三次元的。

 体重が軽いため移動の際の物音も小さく、実に厄介な手合いだった。


 ブラックドーベルを相手取った時と違い、荷物を下ろす暇さえ無かった。

 鬱陶しいやり口に大きく苦戦しつつ、それでもどうにか倒すには倒したヨルハだが。


「あんのゲロ猿! よくも俺の篭手にブッかけてくれやがって!」


 死に際のひと噛み、イタチの最後っ屁。

 お陰で酷く腐食させられ、修理代は随分と高くついた。


「しかもあいつ、一銭にもなんねーときた! ざけんな!」


 ボミットエイプに金銭的な取引が見込める要素は一切無い。時たま悪趣味なグルメ気取りが脳味噌を食べることもあるけれど、基本は肉屋も素材屋も買い取ってくれない。

 故、多くの探索者シーカーや狩人からは嫌われに嫌われている害獣なのだ。


 自分へのご褒美に服を新調したばかりであったことも重なり、またしても財政難。

 頼みの綱のブラックドーベルの毛皮も、解体費やら運び賃やらで結局は二束三文。

 まさしく三歩進んで二歩下がる、という具合であった。


 新しく注いだ酒を一滴残らず呷り、カウンターに突っ伏すヨルハ。

 そんな彼の鼻腔を、芳しい香りが優しく包み込んだ。


「食事が出来ましたよ」


 シャクティがそっと差し出したのは、ピザとパスタに似た料理。

 立ち上る湯気が食欲をそそる、ここ数ヶ月でヨルハの大好物となったそれ。

 店主が作ると量ばかりで美味くないが、シャクティならば話は別の代物。


 ただし、ありつけるのは彼女好みの美形に限られる。


「そう腐らないで下さい、ヨルハ。貴方の頑張りは私も認めるところです」

「ひゃっほう飯だ飯だー!」

「立ち直りが早いのは大変結構ですけど、少しは慰め甲斐を見せたらどうですか」


 真摯に優しい言葉をかけた手前、少々ばつが悪い。

 意外と行儀良く食べ始めるヨルハを見下ろし、シャクティは軽く肩を竦めさせた。






「まーまー、ままま。使っちまった金についてはしょうがねーや」


 料理を綺麗に完食し、満腹となったヨルハが上機嫌にけらけら笑う。

 ひと通り口を吐き出してから腹が一杯になると、大抵はこうであった。

 さっぱりしていると言うべきか、喉元過ぎればなんとやらと言うべきか。


「しかしなー、実際問題またもや金欠だ。ヨルハさん、如何ともし難い」

「ですか」

「つーワケでシャクティよぉ、なんか旨い仕事回してくんねぇ?」


 酔いの進んだ、些か呂律の怪しい口舌。

 暫し考え込むように、シャクティが天井を見上げる。


「ふむ……ああ、血浴び熊ブラッドグリズリーの討伐などどうです?」


 異世界へと迷い込んだ初日にヨルハが遭遇した、埒外な体躯を持つ三眼の大熊。

 性格も極めて凶暴。低位魔獣の中でも屈指の危険度を有する。


 また最近、エルシンキと隣町を繋ぐ街道での目撃情報や被害報告が多い。

 このままでは流通が滞りかねないため、一刻も早い討伐をと懸賞金が懸けられていた。


「行商人が護衛ごと食われたとかで、賞金の額も上がっていますよ」

「あんなバケモノ相手にしてられっか! 死ぬわ!」

「ふふふ、でしょうね。冗談ですとも」


 ブラックドーベルだけでなく、ボミットエイプまでも仕留めてみせたヨルハ。

 彼の戦闘センスには目を見張るところがあるけれど、物事には順序というものがある。

 幾らなんでも、血浴び熊ブラッドグリズリーと戦うには早過ぎるだろう。

 そもそも熟練の兵士や傭兵でさえ、勝てる者の方が少ない難敵なのだから。


 ちなみに血浴び熊ブラッドグリズリーに懸かっている賞金が如何程なのか、ヨルハは敢えて聞いていない。

 もし想像以上に高額だった場合、後先考えず挑みかかりそうだったので。

 何もかも貧乏が悪い。貧困は視野を著しく狭めるのだ。


「しかし、どうしたものでしょう。本当に無いんですよね、回せる仕事」


 目ぼしいところはヨルハか、他が既に片付けてしまった。

 エルシンキを拠点とする探索者シーカーは彼含め十人程度だが、それで事足りてしまう仕事量。

 シャクティの経験上、当面は大した依頼も入って来ないと容易く予想できた。


 となれば、採れる選択肢は必然的にひとつ。


「こっちもまだ時期尚早と言えばそうなんですけど。まあ、貴方なら構わないでしょう」

「おん?」


「一度、行ってみますか? 迷宮メイズ探索」





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