達成報告






「ブラックドーベル二頭と遭遇して、そのまま仕留めた……?」


 昼下がりのギルドハウス。

 カウンターに詰まれたキュアリーフの束を前に、シャクティが目を瞬かせた。


「ウィ。名前は知らんけども、でかい狼のつがいを倒したのは確かだ」

「エルシンキの近隣で出没する魔獣については、先日一覧表を差し上げた筈ですが」

「近所の子供が折り紙やりたいってんで、くれてやった。そう言えばロクに読んでねぇな」


 足組みした姿勢で椅子を傾け、微妙なバランスを保ちながら述べるヨルハ。

 中々器用なものではあるが、少しくらいは悪びれるべきだろう。


 声も出さず、無表情のまま呆れ返るシャクティ。

 数ヶ月の付き合いで感じてはいたが、やはりこの男、頭の出来はお世辞にも良くない。

 まあ、変に賢しらな鬱陶しいインテリよりは、ずっとマシだが。


 否、それよりも今はブラックドーベル。

 三段階の等級分類に於いて最も下の低位とは言え、紛うことなき魔獣。

 そんな相手を無傷で降したことの方が、重要だった。


 剣と鎧で武装し、正規の訓練を受けた兵士すら時に噛み殺す凶暴な低位魔獣。

 しかも、ヨルハが遭遇したのはつがい。例え手負いであっても脅威度は単純に倍。

 或いは通常より遥かに凶暴性が増す分だけ、更に上乗せされるやも知れない。


「ヨルハ。貴方、戦闘の訓練を受けたことは?」

「少なくとも記憶にゃねぇな。たぶん学生だったし。ダイガクセー」

「学校に行ってたんですか? その知力で。その知力で」

「大きなお世話だ! なんで二回も言いやがった!?」


 ステータス鑑定用紙では、対象の細かい素養までは測れない。

 例えば膂力が同じDランクの者を二人並べたとしても、個人差は大きく表れる。


 様々な要素の合計か、或いは突出した一面か。

 項目にもよるが、何を以てランクが定められるのか、大雑把にしか分からないのだ。


 手入れの行き届いた指先で顎に触れつつ、シャクティは思う。

 ヨルハの中で、最も高い才覚を示した精神。

 恐らくは戦闘向きのメンタルとセンスを主軸に拾われた値だったのだろう、と。


「天稟、というやつでしょうか」

「テンピンってなんぞや。麻雀用語か?」

「マージャンが何かは知りませんが、もしそうだったとして何故それを今呟く必要が?」

「さあ? 分かんね」


 勘とノリで生きてる感じが窺える頭の悪さは兎も角、確かな才能の持ち主。

 ワタリビトであることといい、至るべくして探索者シーカーの道に至ったような男。

 片方だけの眼差しで彼を見つめながら、シャクティはそんな感慨を抱くのだった。






「しかし、本当にブラックドーベルを狩ったのだとしたら、勿体ない話ですね」


 依頼達成の手続き、報酬の受け渡し、借金返済状況の帳簿付け。

 諸々を終えた後、ふとシャクティがそう零した。


「モッタイナイ? どして?」

「売れるんです。あの狼の毛皮」


 魔力を含んだ体毛で覆われた、色合いも美しい漆黒の毛皮。

 鎧や装飾品の素材、はたまた貴族向けの高級コートなど、広い需要を持つ。

 当然、需要の分だけ売値もそこそことなる。


「二頭ともスティレットの一刺しで倒したのでしょう?」

「おう、まさしく会心の一撃ってやつだったぜ」


 だとすれば、毛皮の状態も良好。

 品質分の増額を考えると、大体で計算して。


「今は少し品薄と聞きますから、上手くすれば二頭分で四千ガイルにはなるかと――」


 言い終わらぬうち、大きく音を立てて椅子が倒れる。

 一瞬前までそこに座っていたヨルハは、ドアを蹴り開け、全速力で駆け出していた。


「すぐ取りに行って来るぅっ!! うおおおおぉぉぉぉっ!!」


 雄叫びを上げ、何事かと振り返る町人など気にも留めず、再び森へと飛び込むヨルハ。


 どうでもいいけれど、この男の目当ては都合二百キロ近い重量がある。

 そんな大荷物を装備も無く、たった一人で、如何にして持ち帰るつもりなのだろうか。






 数時間後。

 幸せの重みだのなんだのと叫びつつ、狼二頭を担いだ男が町中で見かけられたという。





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