ザ・ショッピング






「ふざけんなし! マジふざけんなし!」


 怒り覚めやらぬまま、大股でずかずかと町中を歩くヨルハ。

 ステータス鑑定の結果を、よほど腹に据えかねた様子だった。


「誰がポンコツノータリンだ全く! こちとら天才だっつの!」

「ママー、ヨルハおにいちゃんがまた一人で喚いてるよー」

「そうねー、きっと現実を受け止められないでいるのよ」


 通りすがりの母娘にひそひそと指差されながら、地団太を踏む。

 直情的な彼は何かと目立つため、今や町人の半数以上と知己であった。


「チッ、胸糞悪りぃ……あーやめだやめ、ステータスのことはもう知らん!」


 あんな紙切れ一枚に、自分の何が推し量れると言うのか。

 綺麗さっぱり忘れ、当初の目的に移った方がずっと建設的。


 単純思考ゆえに切り替えの早いヨルハは、余計なことを考えない。

 こうした点は、確かな彼の長所と呼べよう。


「つーワケで、次は楽しい買い物タイムです。冒険の準備にいざ出発!」


 余談だが、ヨルハは遠足本番よりもその準備の方が好きなタイプだったりする。






「たーのもう!」


 エルシンキの町唯一の雑貨屋。

 ある程度の武器防具なども取り揃えたそこに、揚々と踏み込む。


「やあヨルハ君、こんにちわー」

「ちわー、トクさん」


 店の奥で棚の整理をしていたらしいトクさんが、此方を向く。

 そう、ここは彼の店。片田舎とは言え、若くして一国一城の主なのだ。


 ちなみに先日子供が生まれたので見せて貰ったが、案の定似てなかった。

 トクさん鈍いから気付いてないっぽいし、このまま黙っといた方が幸せなんだろう。

 事実を知る仲間内では、墓場までマウスチャックの方向で話が纏まってる。

 搾り取られる税金の行き先然り、推しの声優の素顔然り。

 世の中、知らないでいいことは幾らでもあるのだ。


「聞いたよー。いよいよ探索者シーカーデビューしたんだってー?」

「さっき登録を済ませた。祝福してくれてもいいんだぜ」

「うん、おめでとー。入用になりそうな物、纏めておいたよー」

「流石トクさん! 気が利く!」


 あらゆる場所へと出入りする探索者シーカーに必要な物は多い。

 が、ある程度のフットワークも稼がねばならないため、過度な大荷物は命取りとなる。


 その点、俺の先輩方と商売することも少なくないらしいトクさんは頼れる相手だ。

 寧ろ下手な同業者よりセオリーを押さえてる。


「幾つかずつ候補を出しといたからー、好きなの選んでねー」


 肩掛けのバッグと、ポケットが幾つも付いたリュック。

 頑丈そうなロープに、鉈とナイフ。

 小さめのランタン、薄いけれど幅広な水筒、マッチ、保存食。

 あとは、暗幕みたいに分厚いマント。


「一枚あると便利だよー。鋭い葉っぱや小枝を防いでくれるし、毛布代わりにもなるし」

「成程。この色ならカモフラージュにもなりそうだ」


 肩掛けバッグとリュックはどちらにすべきだろうか。

 物を取り出し易いのはバッグだが、長距離を移動するとなるとリュックの方が楽。

 一長一短、悩ましいところだな。


「採取は小振りなナイフがやり易いかね?」

「邪魔な枝とかを払って道を作るなら、こっちの鉈がお勧めかなー」

「んーむむ、どっちも欲しい……」


 本音を言うなら、あれもこれも持っておきたい。

 しかし、予算的にもそいつは厳しい。

 断腸の思いで、俺は取捨選択を続けるのだった。






 喧々諤々、四半刻。

 三十分前後を悩みに悩み抜いて、取り敢えずチョイスは完了した。


 買うと決めた物をカウンターに並べる。

 思ったより少ない、これなら身軽に動けそうだ。

 マントを被るのにリュックは邪魔って理由で、容れ物はバッグ。

 長距離歩くと肩が痛くなりそうだが、当面大丈夫だろう。

 考えてみれば、借金返し終わるまでエルシンキからそう遠くまで離れられないし。


「よし、こんなもんか」


 ブーツの爪先をトントンと叩きながら、ひと通り装備してみる。

 軽くはないが、四ヶ月も力仕事をやってたお陰で体力的には問題無さそうだ。


「しかしトクさん、ホントに全部合わせて二百ガイルでいいのか?」

「たくさん買ってくれたから割引だよー。まあ定価でも二百三十くらいだしー」


 三十ガイルだろうと、貧乏人には大きな差だ。

 ちょうど一日働いた俺の手取りと同額だし。


「サンキュー、トクさん! この借りは俺が大金稼いだら美味い酒で返すぜ」

「期待してるよー」


 つっても、あの場末の酒場には大した酒なんか置いてないんだが。

 一番高いのでも、ボトル一本で百ガイルだし。

 飯も量ばっかで味はイマイチ。シャクティが作ってくれると中々美味いけど。


 尚彼女、不細工には料理を振る舞わない主義らしい。

 俺には関係ないが、酷い話だ。


「兎にも角にも、これで準備は整った! 目指すぜ貧乏脱出、いやさ大富豪!」

「え、あれー?」


 稼いで稼いで稼ぎまくって、湯水のように贅沢するのだ。

 金貨のプールとか作って泳いじゃう。


「見える、見えるぞー! 三段飛ばしでリッチ街道を駆け上がる俺の姿が!」

「ヨルハ君?」


 そう都合良く運ぶかって?

 異世界なんだから都合良く運ぶだろ!(根拠の無い理屈)


「やったらぁー! ららららららー!!」

「あ、ちょ、待ってヨルハくーん」


 トクさんの呼び声など耳にも届かず、弾かれたように雑貨屋を後にする俺。

 灰色の四ヶ月をバネに、いざ栄光へ向かって羽ばたきたまえ!






 ――二分後。


「ごめんトクさん、武器と防具買うの忘れてた」

「だから止めたのにー」





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