物事はインスピレーション
さて。少し現実的な話をしようか。
探索者ギルドへの登録を終えた時点での俺の持ち金だが、まあギリギリ千。
雑貨を買うのに二百使ったから、残り八百。
で、だ。流石に全額注ぎ込むワケにも行かない。
リミットは七百。七百ガイルで武器と防具を揃えたい。
「うーむ」
しかし七百じゃあ当然、選択の幅はかなり狭い。
鎧なんてどんなに安くとも千はする。しかも、精々無いよりマシ程度の革鎧で。
ペラッペラじゃねぇかこれ。意味あんのか、こんなん着ても逆に不安だわ。
「しょーがねぇ。ひとまず篭手だけ買っとくか」
逡巡の末、ずっしりと重い右手用の金属製ガントレットを取る。
カノンと肘当てが一緒になった、肩口まで覆っているタイプ。
盾代わりにもなるだろうし、殴るのに使えば狼くらいは怯ませられそうだ。
「つってもこいつで四百か。トクさん、三百以内で買える武器ってある?」
「どうかなー、ウチは武器メインじゃないからねー」
傘立てのような置き場に数十本と差された武器を掻き分けるトクさん。
だが見る限り、まともな刀剣は最低でも五百以上する印象。
「そう言えばヨルハ君、膂力のステータスはどのくらいなのー?」
「聞いて驚くな、F+だ」
「普通だねー。あー、じゃあ大物を振り回すのは難しいかなー」
「人のボケをスルーすんなし」
いつぞや見た探索者の一人が担いでたような大剣なんかを買う気はそもそも無い。
折角出来るだけ荷物を減らしたってのに、武器が邪魔では本末転倒。
エルシンキ近くの一帯は殆ど森だし、地図によれば高低差も中々に激しい。
小回りの利く得物が望ましかった。
「……ん」
どうしたもんかと、何とはなしに店内を眺める。
すると程無く、棚の上段で気になる物を見付けた。
一見、十字架を思わせるシルエット。
茨模様の鍔が左右に長く伸びた、目測で刃渡り三十センチ強の短剣。
「――――」
半ば無意識の内に、手を伸ばす。
鞘に収まった状態でさえ、異様に細い。
蛇を模したらしい柄を握り、引き抜いてみると、鈍い銀色の光が反射した。
細長い、三角形の剣身。
見ているだけで血が冷えるほど先端の鋭く尖った、刃を持たない剣。
「トクさん。こいつは?」
「んー? あぁ、スティレットだねー。突き刺すことに特化した、鎧通しの一種だよー」
テーブルの淵で、軽く何度か剣身を叩く。
鎧通しと言うだけあって、頑丈さの窺える手応えが伝わってきた。
「悪くない品だよー。殺傷性は高いし、研ぐ必要も無いから手入れは簡単だしー」
再び鞘に収め、値札を見る。
三百八十ガイル。明らかな予算オーバーだが、ギリ買えなくはない。
なら、迷う必要はひとつも無いだろう。
「こいつを買ったぜ。運命を感じた、きっと一目惚れだ」
「そっかー、確かにインスピレーションは大事だねー。毎度ありー」
おまけして貰った革の剣帯で、腰に佩く。
物凄くしっくり来る。些かの違和感さえも、まるで覚えない。
「篭手の方はサイズ合わせの手直しが必要だねー。多分来週までかかると思うけど」
「いーよ。その間でシャクティに依頼見繕って貰ったり、色々聞いたりしとくからさ」
考えてみれば、俺は町の外がどうなってるのか詳しく知らない。
大熊に追われてた時は無我夢中で、今日までは金を稼ぐのに一杯一杯だった。
探索者を志してから、三ヶ月待ったのだ。
今更一週間くらい、なんてことは無い。
「じゃあ来週末、取りに来る。それまではまた外壁修理だぜ」
「やー、ヨルハ君も大分板についたよねー。本職だって目指せそうだよー」
「はっはっは……これっぽっちも嬉しくねぇんだよぉ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます