はじめの一歩半
四ヶ月。
芦沢ヨルハが異世界へと迷い込んでより、四ヶ月が矢の如く過ぎ去った。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ」
日中は現場で土木作業、夜は酒場で管巻き。
休みの日はシャクティに字を教えて貰ったり、酒場で働いて小金を稼いだり。
兎にも角にも金金金。脇目も振らず、ヨルハは働いた。
「九十八、九十九、百」
まあ実際はちょいちょい無駄遣いしたり、時々少し良い酒飲んだりしていたが。
しかし人間、締め付け過ぎるとおかしくなってしまうもの。
つまり倹約に励むための適度な息抜き、必要経費なのである。
少なくともヨルハ自身は己にそう言い訳し、自らを納得させていた。
「五百、六百、七百」
お陰で本来なら三ヶ月でどうにかなった額を溜めるまで、一ヶ月余分にかかった。
探索者ギルド登録料に千ガイル、最低限の装備を揃えるためにもう千ガイル。
貧乏人には些か以上な大金だった。
とは言え、本格的な夏が来る前に目標達成が叶ったのは僥倖。
真夏の土方仕事は、基本的に人を殺しに来ているのだから。
「……はい。銅貨千枚、占めて千ガイル。確かに受け取りました」
「っしゃあ!」
「小銭ばっかりだと数え難いですね、えぇ」
「しょーがねーだろ。こんな小さな町に両替屋なんか居ねぇんだから」
ザ=ナ王国に於ける通貨は、銅貨、銀貨、金貨の三種類。
銅貨一枚一ガイル。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚と同等。
要するに、銅貨ばかりだと嵩張ってしょうがない。
「ではギルドカードを発行しますので、少々お待ちを」
そう言ってシャクティが戸から引っ張り出したのは、黒い金属製のカード。
予め必要事項を記入した申込用紙と一緒に、それを奇妙な機械へと挿入する。
「ヨルハ=アシザワ。犯罪歴無し、魔力計異常無し、承認完了」
一分ほどで吐き出されたカードには、ギルドの紋章が浮かんでいた。
ひとまずこれで、ヨルハの探索者登録は恙無く終わった。
「どうぞ。失くすと再発行に五百ガイルかかりますので、お気を付けて」
「任せろ絶対失くさねぇ」
「あと、別の町で活動するには其方のギルドでも別途の登録が必要になります」
「ってことは、その都度金払うのか……世知辛いなぁ」
乾いた笑みを零しつつ、世間の風の冷たさを嘆くヨルハ。
が、当面はあまり関係の無い情報だろう。
何せ彼は契約の関係上、借金を返すまでエルシンキから二十キロ以上離れられないのだから。
「では次に進みましょう。ヨルハ、これをどうぞ」
「あん? 何これ」
カウンターに置かれた一枚の紙切れ。
材質は見たところパピルスに近い。
「血を一滴垂らして下さい。貴方のステータスが分かりますので」
「え、やっぱりそういうのあんの?」
如何な方針で行くにしても、探索者は命の危険が伴う仕事。
己が能力や適性を正しく知るため、登録の際はステータス鑑定も義務付けられている。
ちなみにこの鑑定用紙、使い捨てでありながら一枚なんと五百ガイル。
登録料が千ガイルもかかるのは、半分以上これのせいである。
「ようやっと異世界っぽくなってきたぜ。テンション上がるねぇ」
そうとは知らず、差し出された装飾過多な針で機嫌良く親指を刺すヨルハ。
赤い雫が白紙の中心に滴り、染み込み、広がって行く。
やがて、彼の血をインク代わりとした真紅の文字列が、整然と紙面に浮かび上がった。
・ヨルハ=アシザワ
体力:F+(D)
膂力:F+(E+)
耐久:F(E)
敏捷:E(C)
技巧:E(D+)
知力:G(G+)
精神:E+(B)
魅力:D(C+)
魔力:-(-)
「おや……」
ヨルハ同様、彼のステータス一覧を覗き込んだシャクティが、目を丸くする。
「ふむ、高いのか低いのかさっぱり分からん」
「正直なところ、驚きました。高いですよ、かなり」
ステータスはA~Gに+表記が加わった十四段評価。
魔力を除き、どの欄もFがおおよそ人間の平均値となる。
「Dで一級品。それを活かせる道での大成も望めましょう」
ただし、当たり前だがそうそう居ない。
殆どはFかEで頭打ち。Dがひとつでもあれば才人に部類される。
C以上ともなると、半ば超人の領域と言えよう。
「ふーん。この()内のは?」
「成長限界を示しています。どれだけ鍛えようと、そこから先には行けません」
血に秘められた肉体と精神の情報。
その深淵の一部、謂わば器の形を鑑定用紙は暴き立て、詳らかとする。
そんなシャクティの語り口を聞いたヨルハの表情が、矢庭に曇った。
納得行かない、とばかりに。
「なあ」
「しかし面白い。普通、一項目の限界がCでさえ大きく注目を受けるほど」
「おい」
「なのに貴方は三つも。精神に至ってはまさかのB。初めて見ました」
精神とは即ちメンタルタフネス。延いては魔法に対する抵抗力の値。
もしもヨルハが己を限界まで鍛え上げたなら、生半な魔法など無効化するだろう。
が、差し当たり今はどうでもいい。
「おいこら」
「現時点でのステータスも決して低くない。前衛向きではなさそうですが」
「無視すんな」
「どうにも心配でしたけれど、これなら杞憂で終わってくれるやも知れません」
「なんで俺と目を合わせねぇんだ」
業を煮やし、叩き付ける勢いでヨルハがステータスの一項目を指差す。
そう。たったひとつ、目立って低い値を示した知力を。
「Gってなんだオイ。成長限界G+ってなんだオイ」
「……平均以下ですね」
「ふざけんなし! ヨルハさんのアタマのどこが平均以下だ、あぁ!?」
無礼千万。名誉毀損も甚だしい。
紙切れの分際で人をコケにしやがってと、思い切り引き裂――けなかった。
鑑定用紙は、見た目よりも遥かに頑丈なのである。
「クソが、だったら燃やしてやる! シャクティ、火!」
「どうしましょう。やっぱり心配です」
ちなみに良く燃えた。
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