世の中マネェ






「頼もう!」


 探索者シーカーとなって依頼を請けるには、探索者ギルドで登録を行う必要がある。

 そう伝え聞いたヨルハは、善は急げとばかりに仕事を早引け。

 その足で、町外れのギルドハウスを訪れた。


「はい、ようこそエルシンキ支部へ……あら? ヨルハ?」


 受付と事務所が繋がった、二十人も押し寄せれば身動きすら難しいだろう小さな建物。

 古びたカウンターで書類を分けていたシャクティが、珍客に目を丸くした。


「……シャクティ? なんでここに?」

「言ってませんでしたか? 私、昼間はギルドで仕事してるんです」


 小規模な町では、探索者シーカーギルドが自警団を兼任する場合も少なくない。

 ヨルハが投獄された際シャクティが取り調べを務めたのも、つまりそういうこと。


 ともあれ、意外な顔に驚きつつも、知った相手なら却って話が早いと思い直すヨルハ。

 シャクティの対面に立ち、幾らか溜めを作った後、切り出した。


「登録を頼みたい」


 つい先程、ほくほく顔で戻って来たパーティを思い出すシャクティ。

 大方、彼等を見て自分もと思ったのだろうと、まさしく正鵠を射た結論に至る。


「悪いことは言いません。お勧めしませんよ」

「たった一日で一万五千だぞ!? 借金どころか大富豪じゃねぇか!」

「やっぱり……あの人達はたまたま運が良かっただけで、あんな成功は稀です」

「平気平気! 俺、これでも中々持ってる男よ?」


 持ってる男は全裸で熊に追い掛け回されたりしない。

 まあ、森という動物の独壇場で逃げ果せたことを鑑みれば、そう取れなくもないのか。


 何れにせよ、正常な判断能力を失くしているのは確か。

 貧困生活の只中で耳へと入った成功談に、分かり易く目が眩んでしまっている。


 探索者シーカーで大成する者など、本当に僅か一握りでしかないと言うのに。


「魔獣の怖さは、町へ来る前に遭遇した血浴び熊ブラッドグリズリーで思い知ってる筈ですが」

「問題ナッシング! 魔獣退治する気ゼロ!」

「採取依頼なら危険が伴わないと思ってます? 誰でも採れる物に高値は付きませんよ」

「土木作業で何年も小銭のために働くくらいなら、多少のリスクを取る」

「言いたいことは分かりますが……」


 現状、ヨルハが借金を完済するために必要な歳月は四年。

 それも、何のトラブルも無く運べばの話であり、実際はもっと長引く恐れも十分に考え得る。


 ヨルハは若い。

 自分の歳を彼は覚えていないが、大方、二十歳前後といった頃合。

 七十年か八十年の人間の生に於いて、最も輝かしい時節。

 借金を返すために費やすなど、あんまりにも馬鹿げた、救い難い話だった。


「金金金金金金金。人間、どこまで行っても金の呪縛からは逃げらんねぇ」


 質素な暮らしで構わないなんて、金を持っていないが故の言い訳に過ぎない。

 人間は、骨の髄から贅沢を好むように作られている。


「大金稼いで優雅に暮らしたい。そう思うのは間違ってるかね?」

「至極正しいかと。ですが、そのために命を秤にかける覚悟はおありで?」

「一度きりの二十代を泥塗れで過ごせってか? ふざけんなし」


 シャクティの顔色に薄く困窮の色が差す。

 ヨルハが述べた持論は彼女も納得を覚えるところで、反論に困っているのだ。


 重ね、前々より遠からず彼が探索者シーカーを志す予感もあった。

 記録に残るワタリビトの大半は、まるで示し合わせたかのようにその道を進むからだ。


 そして、そんな彼等の行く末は両極端。

 目も当てられぬ破滅か、煌びやかな栄光か。

 少なくとも、平穏無事とはおよそ無縁である。


「……はぁっ」


 暫し思案を重ね、程無くシャクティは深く静かに嘆息した。


 この優男風の美男子は、どうやら自分が思っていたより遥かに貪欲らしい。

 ヨルハを静止出来るような口舌を、生憎彼女は持ち合わせていなかった。


「分かりました。元より私に、貴方の登録を拒む権限もありませんし」

「さーんくす! で、登録って何すりゃいいの?」


 整った歯並びの、無邪気な笑顔。

 こう嬉しそうにされては、毒気を抜かれてしまう。


 くすりと、シャクティもまた微笑む。

 次いで、傷跡ひとつ無い真っ白な掌を、ヨルハへと差し出した。


「ギルド登録料、千ガイルになります」

「うっそ」






 後日。雄叫びと共に瓦礫を運ぶ青年の姿があったという。





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