転機到来






 今日も今日とて町の外壁修理作業。

 老朽化した壁を壊し、瓦礫を片付け、新しくレンガを積み、セメントで塗り固める。

 単調だが重労働。ついでに時々現場監督の怒鳴り声でイライラが増す。

 しかも給料安いし。労働基準法に喧嘩売ってんのか。

 まあそもそも、異世界にそんなもん無いけども。


「トクさん、北側の壁は今日で大体終わる感じかね?」

「そーだねー。明日からは西側だろーねー」


 ちくしょう異世界め、法律緩いからって調子に乗りやがって。

 いつか革命起こして国民に優しい法治国家作ったろか。


 大体、なんで俺にはいい感じのチート能力みたいなのが無いんだ。


 普通セットだろ。異世界来たら何かしらのチートはセット販売するもんだろ。

 よしんばチートが無くても、鑑定能力とかアイテムボックスとかステータス閲覧とか。

 そういう便利なものがさ、ひとつくらいはあって然るべきじゃないワケ?

 寧ろ俺の場合、ほぼほぼスルーされてる言葉の壁すら取り除かれてなかったんだけど!

 お陰でこうして借金苦だよ、日々の酒代すら細かくやりくりしてる有様さ。

 責任者呼べ。ファンタジーの神様出てこい、黄金の右で殴り倒してやる。


「どしたのさーヨルハ君。怖い顔して瓦礫を親の仇みたいに蹴り付けちゃって」

「気にしなさんな、ただの八つ当たりだ。ないない尽くしの糞ステに対する、なぁ!」

「君の言うことは時々難しいなー」


 一ヶ月も同じ職場で働いてりゃ、同僚ともそれなりに仲良くなる。

 今日は俺と一緒の現場に振り分けられたトクさんは、土方とは思えぬのんびり屋だ。

 なんでも奥さんのお産が近いらしく、養育費の足しにと時々ここで働くナイスガイ。


 けどさ、俺知ってんだ。奥さんの腹に居るの、別の男の子供だってこと。

 他の同僚から聞いた。トクさんに伝えるべきかどうか、実際かなり迷ってる。


「あー、そろそろお昼だねー。今日も楽しみだなー、愛妻弁当」


 やめてくれ、そういうこと言うの。

 心の柔らかいとこがぎゅーってなるから。折角の飯が不味くなっちまう。


「あれー? ヨルハ君も今日はお弁当?」

「ん、あぁ。昼飯代も大変だろうって、ここ数日はシャクティが持たせてくれんだ」

「隅に置けないねー」


 マジ美形で得したわ。彼女、不細工には辛辣らしいからな。

 実際、酒場の客は汚いおっさんばっかで殆ど無碍に扱われてるし。

 酔ってセクハラなんぞ働こうもんなら、ボコボコにされた挙句夜明けまで逆さ吊り。

 身長二メートルの巨漢だって吹っ飛ばすくらい、見かけに反して鬼みてーに強いのだ。


 うん、彼女絶対カタギじゃねーな。

 あの眼帯とか、もしかして魔獣とでも戦った傷じゃなかろうかと思ってる。

 魔獣対策の外壁修理に従事してる割には、初日の大熊以外まだ実物見たことないけど。






「……あん?」


 食後のリンゴを齧ってると、遠くに人影が見えた。

 数は三人。森の奥に続く街道から、まっすぐ此方へと向かっている。


「なんだあいつら。随分とファンキーな格好してんな」


 傷だらけの鎧を着込み、だんびら担いだ壮年の男。

 今は春だってのに分厚いマントなんぞ被ってる赤毛の女。

 自分の倍ほどもあろうパンパンのリュックを背負った小男。

 そう、まるでゲームの中からでも出て来たみたいな出で立ちだった。


「大道芸人かね。こんな片田舎じゃ客なんぞ寄って来ないだろうに」

「いやいやー、彼等は探索者シーカーだよー」

「シーカー?」


 箒に乗って金の空飛ぶボールを追っかけるアレ?


「そっかー、ヨルハ君はワタリビトだったねー。じゃあ知らないかー」


 人を害する危険な魔獣の退治や、希少な薬草などの依頼採取。

 危険地帯を通らねばならない配達、行商人の護衛、エトセトラエトセトラ。

 トクさん曰く、探索者シーカーとはそういった活動で生計を立てる者達の総称らしい。


「要するに便利屋か。スカした名前は好きじゃねぇ、キラキラネーム断固反対」

「あはははー。まあ、彼等のメインはやっぱり迷宮メイズの探索だからねー。ロマンだよー」

「よく分からんが、ご苦労なこった」


 魔獣退治とか、つまりあの大熊みたいのを相手にするんだろ。

 あんなん命が幾つあっても足らんがな。手の込んだ自殺かっつーの。


 とてもじゃないが、俺は真似しようなんて思わない。

 夢だのロマンだの追っかけたって、一銭の得にもなんねーんだ。

 借金という名の雪だるまに下り坂で襲われてる間は遊んでらんないの。

 何が探索者シーカーだ、馬鹿馬鹿しい。



「今日は大成功ね」

「ああ! まさかあんなところで黄金林檎が見付かるとはな!」

「一人頭の分け前は一万五千ガイルってとこですぜアニキ」

「よーし! まだ日も高いが宴会しちまうかー!」

「「おー!」」



 和気藹々と俺達の脇を通り過ぎて行く探索者シーカー一行。

 否。夢とロマンを追い求める素晴らしき探索者シーカー様御一行。


「……なあ、トクさん」

「んー?」



「俺、探索者シーカーになるわ」





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