【01】タレコミ



 ・高柳沙莉愛(たかやなぎ さりあ)さんを捜しています


平成27年8月23日(日曜日)午後1時ころ、群馬県みなかみ町で、高柳沙莉愛さん(当時小学1年生)が行方不明になっています。

彼女が最後に目撃されたのは**のコンビニエンスストア駐車場で停車中だった父親のランドクルーザーの車中でした。

父親の証言では、沙莉愛さんを車中に残して買い物をし戻ってきたところ、助手席にいた彼女の姿がなかったそうです。その間は五分程度だったと言います。

当時の沙莉愛さんの服装は以下の画像を参照してください。


本件に関する情報にお心当たりがある方は、下記の連絡フォームからご連絡ください。


(群馬県警ホームページより)




 十一月も半ばを越えたある日の放課後の事だった。

 藤女子部室棟二階の端にあるオカルト研究会部室。

 茅野循はスマホを片手に不気味な笑顔を浮かべていた。それに反応したのは桜井梨沙である。

「どうしたの、循? 街中で次の獲物を見つけた連続殺人鬼みたいな顔をしてるけど……」

 その質問に、茅野は画面から視線を上げるとスマホをテーブルの上に置いて答える。

「ちょっとだけ、嬉しい事があったわ」

「何? ヤバめのスポットでも見っけたの?」

 桜井がコンビニの新作ロールケーキの袋を開けながら言った。茅野はその言葉を受けて少しだけ思案顔を浮かべたあとに口を開く。

「……今はまだ秘密にしておこうかしら。そのうち時が来たら明かすわ」

「なになに? もったいぶるねー」と言って、桜井がロールケーキにかぶりついた直後であった。部室の戸がノックもなく勢い良く開かれた。

「こんにちはー」

 と、元気良く戸口の向こうから姿を表したのは、見た事のない顔の女子だった。ループタイの色から一年生らしい。

「オカルト研究会って、ここですか?」

 波打った黒い長髪で、メイクは透明感がありつつも、シェーディングやハイライトなどで顔の陰影をしっかり際立たせた仕上がりになっていた。お洒落に着崩した上着や短めのスカートを見るに、スクールカーストでは上位に属する集団に身を置いているであろう事が一目で解った。

「あ、私、二堂凪にどうなぎって言います。よろしくお願いいたします。もしかして、とつぜん来てお邪魔でした?」

「いいえ。ちょうど退屈だったところよ」

 そう言って、茅野が腰を浮かせて珈琲を淹れ始める。桜井も立ち上がり、来客用の椅子を引いた。

「何にせよ、心霊相談なら大歓迎だよ。どうぞ」

「ありがとうございますー」と言って二堂は腰をおろした。そこで桜井と茅野は思い出す。校舎内や最寄り駅の周辺で、一年生のかなり目立つ陽キャグループの中にいる彼女を遠目で見た記憶を。

「それで、私たちにどんな用件があるのかしら?」

 茅野が話を促すと、二堂は物珍しげに部室内に視線を這わせながら口を開いた。

「……実は、先輩方の作った動画を見たんですけど」

「動画?」と桜井は首を傾げるが、茅野はすぐに反応を示す。

「藤花祭のゆっくり実話怪談動画の事ね?」

 Web開催された今年の文化祭におけるオカルト研究会の出展作品である。因みに内容は、ほぼ全て茅野による適当な創作だった。

「……あの動画、すっごく面白くて!」

「へえ、君、見所あるね」

 桜井が感心した様子で頷き、茅野もまんざらではない様子で口を開く。

「その事をわざわざ伝えに来てくれたのかしら?」

「それも、あるんですけど……あの動画の最後にあったじゃないですか」

 二人は怪訝そうに顔を見合わせる。そして、茅野が聞き返す。

「えっと、何かしら?」

 部活動の成果物として適当に片手間で作ったものだったので、さしもの茅野も内容を半分以上も忘れていた。しかし、次の二堂の言葉で、その記憶が甦る。

「ほら。『心霊現象でお困りの方や、心霊スポットの情報をお持ちの方は、是非ご一報を』って」

「ああ……」と茅野は手を叩く。

「そんな事、書いたわね」

「ええ、それで、私も、ちょっとお二人が興味を持ちそうな場所を知っていて、お邪魔させてもらったんですけど」

 二堂がそう言うと、桜井は真剣な表情で身を乗り出す。

「詳しく」

 その圧にたじろいだ様子で、二堂は語り始める。

「え……えっとですね。実は又聞きの話で申し訳ないんですけど」

「誰から聞いた話なのかしら?」

 と、茅野が問うと、二堂は答える。

「クラスメイトの上野貞子うえのさだこです。上野動物園の上野に、リングの貞子。名前を聞くと驚いちゃいますよねー。見た目はぜんぜん貞子じゃないのに。本当は彼女と一緒に来る予定だったんですけど……」

 二堂が言い淀む。そんな彼女の態度を訝しんだ桜井が、さりげない調子で話を促した。

「……どうかしたの?」

 二堂はケラケラと笑う。

「何か、先輩たちの事を怖がってて。彼女、怖がりなんですよ。あの子、名前が“貞子”の癖に」

「ああ……」と桜井は得心した様子で茅野と視線を合わせた。オカルト研究会の二人といえば、この藤見女子高校では良くも悪くも有名である。きっと、関わりたくなかったのだろう。

「でも、君は、良くここに一人で来る気になったね」

「私は、そういうオカルトとかホラーとか大好きですから」

 二堂が再び楽しそうに笑う。そして、茅野が脱線した話を元に戻す。

「で、その上野さんの話というのは、どんな話なのかしら?」

 二堂が語り始める。

「上野さんって、ああ見えて実は生まれも育ちも群馬県の山間の田舎らしいんですけど、有名な心霊スポットがありまして。高柳邸という場所で、古い時代の洋館なんですけど」

「古い洋館……良いわね」

 茅野がまるで恋する乙女のように溜め息を吐く。そんな彼女の異様な様子に気がつく事はなく、二堂は話を続ける。

「元々は、蚕種さんしゅ製造で財を成した家で、明治時代からある建物らしいです」

「さんしゅ……せいぞう……?」

 桜井が首を傾げ、茅野がいつものように答えた。

「蚕種というのは、かいこの卵の事よ。その卵を紙の表面に産み付けさせたものが蚕種紙さんしゅしと言って、蚕種製造業者によって製造されていたわ。養蚕農家は蚕種紙を買って、これを孵化ふかさせて蚕を飼育しまゆを生産したの」

「ふうん……」

 と、桜井が気の抜けた返事をした。そこで、茅野が脱線した話を元に戻す。

「それで、その高柳邸はどんな云われがあるのかしら」

「……明治時代、その高柳家の当主だった高柳隆三たかやなぎりゅうぞうは西洋の魔術や錬金術に興味があったらしく“賢者の石”を作り出そうとしていたらしいのです」

「ベホマラー?」

 桜井の言葉に茅野は首を横に振る。

「違うわ、梨沙さん。“賢者の石”とは中世ヨーロッパの錬金術師たちが目指していた伝説上の魔術的触媒だと言われているわ。本来は鉛などの金属から黄金を生み出すためのものらしいのだけれど、人間に用いれば永遠の生命を得る事ができると言われている」

「さすが、オカルト研究会の部長さんですね」

 と、二堂が感心した様子で言ったが、茅野は即座に訂正する。

「部長は梨沙さんよ」

「ゲームで負けたんだ」

 桜井がさらりと部長就任の裏話を披露した。面食らう二堂をよそに茅野は話を本題へと戻す。

「しかし、その時代に群馬の山奥で錬金術の研究だなんて、なかなかの変人ぶりね。それで、その“賢者の石”はけっきょく完成したのかしら?」

 二堂が首を横に振る。

「さあ。ただ、その高柳邸では、“賢者の石”で永遠の命を得た高柳隆三が今も暮らしていて、侵入者に襲い掛かってくるとか、そんな噂話があるそうですよ」

「おおお、楽しそう……」

 桜井が嬉しそうに両手を揉み合わせて微笑む。茅野も上野の話に満足げな様子だった。

「少し遠いけれど、行けない事はないわ。次の連休にでも行ってみましょう」

「いいねえ」

 そんな修学旅行へ行くかのような二人のリアクションに、二堂も気分を良くしたようだ。

「先輩たちのお眼鏡に適ったようで嬉しいです」

「こちらこそ」

「他にも心霊スポットの情報があったらいつでもいらして」

「はい」

 このあと、少しだけ雑談をして茅野の珈琲を飲み終えたあと、二堂はオカルト研究会部室から去っていった。

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