【10】後日譚?


 その日の朝だった。

 米崎安美は小学生六年生の息子を送り出し、リモートワークだと言って自室の中に引っ込んだ旦那の背中を見送ったあと、リビングのソファーにいそいそと腰をおろす。そして、昨日、橋本邸の前に警察車両が集まっていた件について検索した。

 すると、ネットニュースにて、その一報を目にして息を飲む。


 『民家の裏庭から人骨発見。十年前に失踪した七十代女性か?』


 米崎はスマホを持った方とは反対の手で口元を覆うと、大きく目を見開いて驚きを露にする。

「やっぱり、あのブログは……」

 それは、夫の仕事の都合で市外から、この住宅街に越して来て間もなくの頃だった。

 当時の米崎は子供が小学校にあがり、家事の合間に少しだけ余暇よかを取る事ができるようになっていた。そんなとき、彼女はいつもスマホで匿名掲示板を閲覧して時間を潰していた。

 特に米崎はオカルト板にはまっていて、そこのスレッドにて語られる嘘か本当か解らない怪異譚が大好きであった。もともと彼女の故郷は迷信深い土地柄で、そうした話には子供の頃から馴染みが深かったのだ。

 さておき、その日、いつものようにオカルト板を開くと、ひとつのスレタイが目に止まる。


 『変なブログを見つけた』


 何となく気になってスレを開く。

 すると、そのスレの冒頭にスレ主が見つけたという変なブログのURLが貼られていた。

 念のために他のレスを確認すると、そのURLはブラクラやウイルスサイトなどのものではないらしい。どうやら何かの絵がアップされているらしく“この場所どこ?”だとか“ここは東京のどこどこ”といったレスがいくつかついていた。

 興味を引かれ、米崎はそのURLを踏む。すると表れたのは『夢で見た場所を探しています』というタイトルのブログであった。

 そこにはフリーメールのアドレスと共に、鉛筆の風景画が何作もアップされていた。確かにブログ主の意図が不明なため不気味に感じられたが、鉛筆の風景画自体は充分に鑑賞に価するものであった。

 米崎はすっかりと引き込まれて、ブログの絵を最初から順番に見てゆく。そして、最後のページの絵を目にしたとき、米崎は驚く。

 そこに描かれた風景に見覚えがあったからだ。

 その絵は歩いて三分程度の住宅街の端にある家で、橋本という自分より歳上の夫妻が二人で暮らしていた。

 米崎はしばらくその絵を見つめ続けて、興味が湧いてくる。このフリーメールのアドレスに、この絵の場所がどこかを教えたらどうなるのか。

 米崎は少しだけ迷ったのちに、橋本家の住所をフリーメールのアドレスに送った。特にブログ主のカサンドラなる人物からの返信などはなく、当初は拍子抜けしていた。

 しかし、後日に該当スレにて、ブログで描かれた場所のいくつかで事件や事故が起こっている事がレスされて話題となる。

 米崎は、もしかしたら自分は何かとんでもない事をしでかしてしまったのではないかと、怖くなった。以降、犬の散歩がてらに橋本邸の前を通り、様子をうかがうのが日課となっていたのだが……。

「やっぱり、あのとき、私があのときメールを送ったから……」

 リビングのソファーに腰をおろしたまま、米崎は顔を青ざめさせるが、すぐに気がつく。

 それは、発見された白骨死体の主は、着衣などから、かつてあの家に住んでいた橋本スガ子という老婆であるらしい。その橋本スガ子が失踪したのは二〇一〇年の事。どういう経緯を辿ったにせよ、米崎がメールをしたときにはすでに裏庭の土の中だったのだ。

「何だ。別に私のせいじゃないじゃん」

 米崎は長年の胸のつっかえが取れ、安堵の溜め息を吐いた。




501: 名無しさんきっと来る 06/03(日)21:42 ID:※※※※※※※※


これは有名な話で、2000年の地下鉄無差別殺傷事件で変な女が事件が起こる直前にホームに降りるエスカレーターの前で「ここで人が死にます!」って大声で叫んでて、けっきょく駅員に連れられていったんだけど、そのあと十分もしないうちに最初の犠牲者が刺されたらしい。

その女は駅員に連れられていって、そのあとどうなったのか解らないけど知ってるやついる?


 その更に一週間後だった。

 オカ研部室で桜井梨沙が、コンビニのきのこと鶏の炊き込みご飯おにぎりをもぐもぐとやっていると、タブレットでオカルト板の過去ログを見ていた茅野が声をあげた。

「梨沙さん」

「どしたの?」

「例の白骨死体だけれど……」

「ああ」

 あのあと、いちばん初めにやってきた藤見署の警官たちは「またこいつらか……」とげんなりし、遅れて駆けつけた県警の篠原結羽は「受験シーズンなんだから、おとなしくしてて」と無意味な小言を口にしていた。

 さておき、この事件は背景の異常性から各種メディアで大々的に取り上げられる事となり、かなりの反響を呼んだ。

「……結局、白骨死体の身元は、十年前に失踪したあの家の住人で間違いないらしいわ」

 どうやら、白骨の身元は橋本茂房の母親の橋本スガ子らしい。失踪当時のスガ子は高齢で認知症を患っていたのだという。茂房の前妻の栖美が目を離した隙に自宅から姿を消したと思われていた。

 しかし、実際は茂房の出張中に栖美が彼女を殺害し、裏庭に遺棄したのだという。

 栖美は警察の取り調べに対して容疑を全面的に認めているそうだ。

「……介護に疲れた栖美が、浴槽の縁にスガ子の頭を何度も無理やりぶつけたらしいわ。発見されたスガ子の頭蓋骨は大きく損傷していた」

 栖美の供述によると、スガ子を風呂に入れようとしたところ、なかなか言う事を聞いてくれず、ついかっとなって犯行に及んだらしい。どうやら、栖美が当時熱中していたSNSゲームのイベント開始時間が迫っていた事が引き金となったようだ。

「浴槽のお湯に頭を突っ込んで溺死させるんじゃなくて、浴槽の縁に頭をぶつけるって辺りが、本当にかっとなってやっちゃった感じだね」

 桜井の感想に茅野は同意して頷く。

「溺死だったら、殺害を立証するのは難しかったでしょうね」

「なるほど。頭蓋骨のそんしょーが決め手か」

 桜井は難しげな表情で、くまさんのイラストが描かれた水筒のキャップにほうじ茶をつぐ。茅野もたっぷりと甘くした珈琲コーヒーを一口含んでから話を続けた。

「それで、旦那が帰って来るまでの間に、遺体を裏庭に埋めて犯行を隠蔽いんぺいしたはいいけど、けっきょく離婚。栖美はあの家を離れる事となった。死体の事は気掛かりだったが、裏庭が掘り返されない事を祈り、忘れる事にした」

「しかし、そうはいかなかったと」

「そうね」

「じゃあ、あのとき、あのおばさんが見たっていう、裏庭を掘り返そうとしていた不審者は……」

「前妻の栖美ね」

 栖美はすぐに、警察に身柄を確保された。どうやら、彼女は数日前から裏庭を掘り返す隙を窺うために、あの家の様子を窺っていた。そのとき、利用していたレンタカーのナンバーを茂房に控えられていた。

「そっかー。でも、何で急に不安になったんだろうね」

「そこまでは、本人に聞いてみないと、何とも言えないわ」

 これは報道では明らかにされていない事だが、栖美は未だに連絡を取り合っていた菊池夫妻から、前夫が家を建て変えたがっている事を耳にした。そこで不安になる。

 もしも、家をリフォームするとなると、そのとき、何かの理由で裏庭が掘り返されてしまうかもしれない。そうなると、犯行が露見してしまう。

「でも、結果的に、それで死体をあたしたちに発見されちゃうんだから、不運だよねえ」

 と、やるせない表情で、桜井はきのこと鶏の炊き込みご飯おにぎりの残りを口の中に押し込んだ。そして、少しだけもの足りない様子で言った。

「今回はなんか、いまいちぱっとしない終わりだね。犯人を殴れなかったし」

「毎度、犯人を殴るのがノルマみたいに言わないで頂戴ちょうだい

 茅野が突っ込むと、桜井は「そだね」と照れ臭そうに笑った。

それに・・・この事件は・・・・・まだ終わってないわ・・・・・・・・・

「えっ」

 と、桜井が目を見開くと、茅野は静かに頷いて右手の人差し指を立てた。

「カサンドラが、あの家について何を予言したのか、だいたい・・・・解ったわ・・・・

「おっ」

 桜井は知っていた。

 茅野循の口から、その言葉が出たときは、本当に彼女がだいたいの事を解ったときであるという事を。

「梨沙さん。これから、橋本さんの家にもう一度行くわよ。そろそろマスコミの取材も落ち着いてきた頃だろうし、丁度良いわ」

 茅野が珈琲コーヒーの残りを飲み干して立ちあがる。

 桜井も「らじゃー」と元気良く返事をして、荷物をまとめ帰り支度をし始めた。

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