【09】土の中


 その日の放課後も桜井と茅野は例の家へと向かった。自転車に乗って学校をあとにすると、国道沿いのエリアを目指す。

「……にしても、今回はやりにくいスポットだね。廃屋という訳じゃないから勝手に侵入する訳にもいかないし」

「廃屋でも不法侵入はNGよ。梨沙さん」

「そだった。でも、どうする? 何とか住んでる人と接触を計りたいところだけれど」

「そこなのよね」

 茅野はしばらく思案顔で自転車を漕ぎ続ける。すると、桜井が冗談とも本気ともつかない調子で口を開いた。

「……いっそ、正直に話しちゃう? 例のデスブログの事とか」

 この提案に対して、茅野の返答は「悪くないわね」だった。

「……“悪霊退散”の御札や、九尾先生の反応をかんがみるに、あの家で私たち好みの現象が起こっている可能性は高い訳だし、心霊の話を持ち出しても荒唐無稽と取られる確率は低そうね」

「だね。住人もきっと困っているかも」

「そこで、霊能者の振りをして家を訪ねてみましょう。“この家は悪霊に取り憑かれている”とか“裏庭から何か良からぬ気配がする”とか適当な事を言って」

「なるほど。霊感詐欺の手口だね」

 桜井が感心した様子で言った。

 そうこうするうちに自転車に乗った二人は国道沿いの歩道から田んぼの方へと延びた道を行って、竹藪を通り抜け、古びた住宅街に辿り着いた。その端にある例の家の前で自転車のブレーキをかける二人。

「……じゃあ、私が通りすがりの女子高生霊能者役をやるわ」

「らじゃー。あたしは、その友だちで付き添いみたいな感じ?」

「そうね」

 軽い打ち合わせを終えた二人は、門の横の塀に沿って自転車を停めて、橋田家の玄関へと向かった。そして、茅野が呼び鈴を押そうとした瞬間だった。

 家の中から女の絶叫が聞こえた。

「梨沙さん……」

「循、これは……」

 二人は顔を見合せる。そして、茅野が嬉しそうに微笑んだ。

「悲鳴が聞こえた……つまり、これは緊急事態よ、梨沙さん」

「うん。大変だ。助けなきゃ!」

 にやついた顔で言うと、桜井はドアノブを捻った。

「鍵……空いてる!」

 二人は「すいませーん、大丈夫ですか!?」と大声で叫ぶと、玄関の扉を開けて家の中へと上がり込んだ。




 橋本帆波は桜井に支えられて、洋間へと連れて行かれる。そしてソファーに座り一息吐くと、徐々に落ち着きを取り戻した。茅野が気を効かせて隣のキッチンから水を一杯持って来る。

 二人は座卓を挟んで帆波と向かい合うと、霊能者云々という怪しい話は切り出さず、悲鳴が聞こえたので様子を見にお邪魔させてもらったと、帆波に説明した。

「……ありがとう」

 ようやく人心地ひとごこちついた帆波は二人に礼を述べた。

「いったい、何があったのですか?」

 茅野の質問に、帆波は慎重に言葉を選びながら答える。

「買い物から帰って来たら、変な人が……」

「変な人?」

 桜井が首を傾げると、帆波は静かに頷いて口を開く。

「……黒いレインコートを着た怪しい人がいて……裏庭の土を掘っていて……」

 桜井が茅野と顔を見合わせてから帆波に訊く。

「その変な人は?」

「……裏手の農道に停めてあった車で逃げていったわ」

「くっ。仕留めたかった……」

 桜井が残念そうに小声でぼやく。帆波は「は?」と首を傾げたが、そこで茅野が間髪入れずに話を逸らす。

「……実は私たちが、ここに居合わせたのは偶然ではないんです」

「どういう事なの?」

 帆波は更に怪訝な顔つきになる。

「実はあるブログに、この家の事が載っていたんです」

「ブログ……?」

 帆波の言葉に茅野は頷いて話を続けた。

「そのブログには、様々な場所や建物の鉛筆画が投稿されていて、その中に、この家を描いたものがありました」

「この家が、ブログに……?」

「どうやら、ブログ主は絵の場所を探していたようですね。ブログには『夢で見た場所を探しています』と書かれており、連絡先としてフリーのメールアドレスが貼ってありました」

 茅野はスマホを取り出して操作すると、そのブログを帆波に渡す。

「カサンドラ……」

「ええ。それがブログ主の名前です。心当たりは?」

 と、茅野が尋ねると、帆波は首を横に振った。

「さあ。解りません。そもそも、このカサンドラという人は、この家を探してどうするつもりだったんですか?」

 今度は茅野が首を横に振る。

「そこは何とも。兎も角、このカサンドラという人物が、我々の常識では計り知れない不思議な力を持っていたのかもしれません」

「不思議な力……そのカサンドラっていう人は……いったい何者なんでしょう」

「そこまでは、流石に解りません」

 茅野が苦笑して肩を竦める。

 すると帆波は、右手を伸ばし借りたスマホを座卓の反対側にいる茅野に返しながら言う。

「兎に角、私には信じられません。そんな予知とか予言みたいなのは……」

「まあ、普通はそうだと思います」

 茅野がそう言ったあと、桜井は声をあげる。

「それはそうと、その不審者は何で裏庭の土なんか掘っていたんだろうね」

 帆波は眉間にしわを寄せて首を捻る。

「解りません。本当に何なんですかね……」

 すると、茅野は桜井と顔を見合わせて帆波に言った。

「私たちで掘り返してみていいですか?」

 帆波は少しだけ考え込んで返答した。

「ええ。私も気になるし」

 桜井と茅野は、帆波と共に家を出る。そして、カーポートの棚にあったスコップを借りると、裏庭へと向かった。




「あー、こりゃ、流石に警察か」

 桜井が足元にスコップを突き立てると、右腕で額の汗をぬぐう。その隣で茅野がスマホを操作し、110番通報をした。その様子を縁側に座って見守っていた帆波が慌てる。

「ちょっと、警察?! いったいどういう事なの?」

 そう言って、腰を浮かせると二人の元へと早足で向かう。そして、桜井が掘り返した穴の中を覗き込む。

 すると、そこには……。

「何なの……これは……」

 帆波は思わず口元に手を当てる。

 黄土色の土がたっぷりと詰まった眼窩がんか口腔こうこう、そして鼻腔びこう

 それは、どうみても人間の頭蓋骨に見えた。

「な、何なの……いったい、これは何なの……」

「骨だね。人の」

 桜井が平坦なテンションで、解りきった答えを返してきた。その隣では茅野が電話で冷静な応対を続けている。

 怖くないのだろうか。

 そこで、ようやく帆波は、この二人の女子高生の異質さに気がついた。

 もしかすると、悲鳴をあげてしまった事により、とんでもないものを家の中に引き入れてしまったのかもしれない。

 その予感の正しさを、帆波は後日になって思い知る事となる。

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