【01】不気味なブログ


 透かし彫りのブロック塀の右端にある門を通り抜けると短いステップがあり、石畳のアプローチが延びていた。

 玄関の左隣には冬青そよごが植えられており、その奥には良く手入れのされた庭が広がっている。フラワースタンドやプランター、そして、煉瓦調のブロックで囲まれた花壇があった。庭先に沿って横たわる縁側の掃き出し窓の向こうには、廊下に沿って並ぶ雪見障子が見える。隣の菜園との境には檜葉ひばの生け垣が連なっているのが見えた。

 唐突に閉ざされた玄関扉の向こうから、どん、という鈍い打撃音が聞こえ、甲高い女の悲鳴が聞こえた。そして、もう一度、打撃音が鳴り響く。

 夢はそこで終わった。




 二〇二〇年十一月初週の事だった。

 この時期、例年通りなら藤見女子高校では『藤花祭』と呼ばれる文化祭が開催されるはずであった。しかし、今回はコロナウィルスの感染対策のためにWeb開催となった。

 寸劇や合唱、楽器演奏の動画、研究レポートやイラスト、写真など、様々な形の成果物が特設サイトにアップされ、ネット上とはいえ、なかなかの盛況ぶりであった。

 桜井梨沙と茅野循の所属するオカルト研究会の作品は、ゆっくり音声による実話怪談集の朗読動画であった。もちろん、100%茅野の創作で、動画も片手間で適当に作ったものだったが、それなりに出来は良く、なかなかの反響を呼んだ。

 さておき、高校最後の文化祭をつつがなく終えた後日の事だった。

 この時期になると高校三年生といえば、受験のための追い込みに入るのが普通であったが、すでに卒業後の進路が決まってる桜井と、スポット探索の片手間で進学先の推薦をもぎ取るつもりの茅野はのんきなものだった。

 その日の放課後も、二人はいつものごとく部室にて、だらだらと余暇よかを過ごしていた。

 茅野はたっぷりと甘くした珈琲を飲みながら、何やらタブレットを覗き込み、桜井はというと、いつになく真剣な表情で、腕を組み合わせながら唸り声をあげていた。

「……うむむ。きのこと鶏の炊き込みご飯……焼き秋刀魚……マヨ秋鮭……どれからいくべきか……」

 近くで買ったコンビニの期間限定おにぎりを食べ比べようというのだ。

 数分、そのまま思案を重ねた桜井の双眸そうぼうが、かっ、と見開かれる。

「これだっ……!」

 その右手がマヨ秋鮭へと伸びる……その瞬間だった。

「梨沙さん」

 茅野がタブレットに目線を落としたまま声をあげた。おにぎりに集中していた桜井は背筋を振るわせ、伸ばした手を止めて彼女の方を見た。

「どしたの? 循。藪から棒に」

「今、近場でふらりと立ち寄れそうな良い感じの心霊スポットがないか、ストリートビューで探索していたのだけれど」

 そう言って茅野は、タブレットを桜井に見えるようにテーブルの上に置いた。

「どれ」と桜井がマヨ秋鮭おにぎりを手に取り、画面を覗き込んだ。そこに写し出されていたのは、どこにでもありそうな一軒家だった。

「何これ。スポット……? 廃墟ではないみたいだけど」

 透かし彫りのブロック塀の右端にある門の内側には、短いステップがあり、そこから玄関前に向かってアプローチが延びている。玄関ポーチの左側には冬青の木が植えられていた。庭先はフラワースタンドや花壇などで咲き誇る、色とりどりの花々で賑わっている。

 どこにでもありそうな佇まいであったが、門の右隣のカーポートに停めてある高級車――比較的新しいモデルのセンチュリーがどこかちぐはぐであった。

「市内っていう事は、割りと近く?」

「そうね。国道の辺りよ」

 茅野は桜井の質問に答えると、タブレットを手に取った。

「……それで、次はこれを見て欲しいのだけれど」

 そう言って、再び指を這わせてからタブレットをテーブルに戻す。

「これは、二〇一四年頃に大型匿名掲示板のオカルト板で、不気味なブログとして晒されていたものよ」

「不気味な……?」

 桜井はおにぎりの包装をむいて、一口かじりついてから画面を覗き込む。

 それは『夢で見た場所を探しています』というタイトルのブログだった。因みに投稿者の名前はカサンドラ。そして、エントリーには、ブログのタイトルと同じ文言が並んでいる。その横に表示されている閲覧者数は、ほとんどが二桁程度で、掲示板で晒された割には振るっていない。

 茅野はそのうちの最も古くに投稿された二〇〇四年四月三十日のエントリーを開く。そこには、本文はなくフリーメールのアドレスと鉛筆で描かれた精密な風景画が貼られていた。どうやら、どこかの歓楽街の路地を描いたものらしい。

「……ここ、どこ?」

 桜井が顔をあげて問うた。すると茅野は肩をすくめて「さあ」と言ってから、言葉を続けた。

「兎に角、このブログはずっと、こんな感じよ。投稿頻度は数日から一年おきとまちまち。鉛筆で描かれた、かなり精密な風景画が貼られているだけ」

「ふうん……」と、ぼんやりした返事をしながら、桜井は“次のエントリーへ”のボタンを次々にタップしてゆく。

 見知らぬ路地、山道、ビルの屋上……。どれも何の変哲もない風景画だった。やはり本文はなくフリーメールのアドレスが記載されていた。

「ブログ主は、この絵に書かれた場所を夢で見たって事?」

 いまいち、ピンと来ていないであろう桜井の顔つきに、茅野は不敵な笑みを浮かべながら言う。

「……スレによると、全部確認できた訳ではないけれど、このブログに載せられた絵の場所は実在していて、そのいくつかで、事件や事故が起こっているらしいわ。それも、投稿日の後に」

「デスブログ!?」

 桜井が目を白黒させて驚き、茅野は頷いて画面に指を這わせる。

「そして、これは二〇一四年四月十六日の投稿なのだけれど」

 その開かれたエントリーを見て桜井は更に驚き、おにぎりにかじりついた。 

 そこに貼られていた鉛筆画は、ついさっきのストリートビューで見た家だった。

 桜井は口の中のおにぎりを飲み込んでから茅野の顔を見た。

「……じゃあ、この家でも何かの事件とか事故が?」

「何とも言えないけれど、そういった記事は見当たらなかったわね」

「ふうん……」と、桜井は聞いているのかいないのか解らない返事をしてから、質問を続けた。

「フリーメールのアドレスは? 送ってみたんでしょ?」

「登録期限が切れていて、使われていなかったわ」

 茅野がそう言って、タブレットを鞄の中にしまった。

「……という訳で、そのおにぎりを食べ終わったら、放課後デートはどうかしら?」

「それは、もちろん」

 桜井はそう答えると、残りのおにぎりを急いで口の中に詰め込み始めた。

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