【16】武装解除


 杣道そまみちを進むと、ノートの地図通り三叉路に突き当たる。そこには、苔むした石碑があった。良く見ると、あの柿のうろにあったものと同じだった。

 桜井と茅野はその三叉路を右へと進む。すると、檜の木立を割って、右曲がりに弧を描いた下り坂がだらだらと続く。

 その途中であった。人骨が道端に倒れている。しかし、それは地図に名前のあった喜嶋や金子ではなかった。

 笠を被り毛皮のベストを羽織っていて、下半身には袴と脚絆きゃはんを身に着けている。

「マタギね……」

 そう言って、茅野は持ち物を漁り始める。そして、近くの茂みの中から錆び付いた猟銃を見つけた。引っ張り出して持ち上げる。

「……村田銃。口径は三十二番かしら?」

 ボルトを動かして、銃を構える動作をする。

 桜井が怪訝けげんそうに首を傾げながら声をあげる。

「この人たちも骨があるって事は、山神座の村人じゃなくて、余所からここに来て迷い込んだって事?」

「そうでしょうね」

 茅野はそう答えて、近くの人骨のかたわらに、そっと村田銃を置いた。それから茅野はノートをリュックから取り出して地図を確認する。

「……兎も角、二人の名前の書いてあった地図上のポイントはもう少し先の直線ね」

「そなんだ。じゃあ、先を急ごっか」

 二人は二体のマタギの骨の脇を通り抜けて、坂道を更に下った。




 すぐに道は平坦な直線となった。その道の中央に三体のマタギらしき人骨と、喜嶋か金子どちらかと思われる一体の人骨があった。

「ししルンルンだね」

死屍累々ししるいるいよ。梨沙さん」

 と、茅野は桜井に突っ込みつつ、人骨たちの持ち物を次々と改める。しかし、特筆すべき物は見当たらなかったようだ。

 すると、そこで桜井が声をあげ、左側の木立の向こうを指差した。

「循、あそこ」

「何かしら?」

 茅野は桜井の指を指し示した方向へと視線を向けた。すると、木立の奥の薄暗がりに佇む山小屋が見えた。

「……あれかしら。地図にあった印は」

 多少、拍子抜けした様子で茅野が言った。桜井も肩をすくめて苦笑する。

 どう見ても、何の変哲もない小さな山小屋であったからだ。

「まあ、一応調べてみようよ」

「そうね」

 二人は沿道から苔むした檜の根の張る森の中へと足を踏み入れたのだった。




 小屋のすぐ手前に、一体のマタギの骨があった。檜の根元に寄り掛かり、銃を構えたままだった。その銃身には銃剣が取り付けられている。しかし、首は胴体から離れ、近くの根と根の間に出来た窪みに転がっていた。

「これで、マタギは五人目か……」

 桜井が森の奥の小屋を見据えながら言葉を続ける。

「……こいつをやった小面がいないね」

 小面がある一定の割り当てられた範囲を機械的に警備しているなら、必ずこの周辺にマタギたちを殺した奴がいるはずだった。もしも、倒されたのだとしても、動かなくなった人形が残っているはずである。

「確かに不気味なほど静かね……」

 と、答えながら茅野はマタギの人骨の頭部を持ち上げると、その切断面を観察する。

「恐らくだけれど、鋭い刃物で切断されているわ」

「油断は大敵だね」

 桜井が、きりっ……とした表情で言う。

 すると、茅野は人骨の頭部を胴体の近くにそっと置いた。

「注意深く行きましょう」

 桜井は力強く頷き、山小屋へと近づく。茅野も後に続いた。

 小屋の周りには空き地になっており、膝丈より短い羊歯しだが地面を被っていた。

 入り口は向かって左側にあり、桜井と茅野は周り込む。

 すると、開かれた戸口から、素早い動きの小面が飛び出して来た。

 戸口の前に差し掛かった桜井に向けて跳躍ちょうやくし、振りかぶった右手の獲物を叩きつける。

「おっと」

 しかし、桜井は咄嗟に飛び退いて、その凶悪な斬撃をかわした。

 小面は軋んだ音をわずかに立てながら、首を捻って桜井の方を睨む。

 そのめんは額の右上が欠けており、穴が空いていた。そこから稲妻のようなひびが走っており、まるでヘビーメタルバンドのメイクのようだった。

「おっ。面構えが良いね。君」

 桜井の表情が喜色ばむ。その後方で茅野が声をあげる。

「あれは銃創かしら?」

 すると、小面が地面に振り下ろした得物を構え直す。それは日本刀だった。刃渡りは一メートルちょっとある。そして、左手には黒光りする重々しい刃の鉈を携えていた。

「二刀流か……」

 桜井はバーディツの構えを取った。すると、それが戦いの合図となった。二刀流の小面がまず動き出す。

 日本刀と鉈による間断ない連続攻撃が始まった。桜井は上下左右、別々の軌道で次々に襲い掛かる斬撃を手斧で弾いてゆく。

 それは、これまでの小面たちとは比べ物にならない程のスピードと力強さを持っていた。

「おおお、やるねえ……」

 ときおり火花が散り、鈍い金属音が死の旋律を刻む。その様子を茅野は後方の木の影から見つめながら、渋い顔をする。

「不味いわね……」

 なんと、押されているのは桜井梨沙の方であった。どうにか凌いではいるが、じりじりと後退を余儀なくされている。そして、防御一辺倒でまったく反撃に移れていなかった。

 もちろん、桜井が手を抜いている訳ではない。現に彼女は楽しそうに笑っていた。それは、桜井梨沙という戦闘狂が本当にやばい局面で浮かべる表情であった。

 この苦戦の理由を茅野循は、こう分析する。

 まず、二刀流などといえば、片腕で武器を振るうため、振りが弱くなり威力もスピードも両手持ちの場合よりも劣る。

 しかし、それはあくまでも人間の場合だ。

 この小面は左右の腕を人外の速さで振るい、まるで両手で武器を操っているかのような力強さで打ち込んで来る。

 そして、小面の右手の刀は一メートル近くあり、対する桜井の手斧は精々五十センチ近くしかない。リーチの差は圧倒的で、しかも刀の斬撃を躱して踏み込んでも、小回りの利く左手の鉈が待ち受けている。

 これでは、さしもの桜井梨沙といえど、防戦一方にならざるを得ない。

「恐らく、この小面が銃を持ったマタギたちを一人で葬ったのね……」

 と、茅野が歯噛みした瞬間だった。桜井が思い切って仕掛ける。左肩を引いて日本刀の突きを半身でかわし、勢い良く踏み込んだ。

 そのまま軽く跳ね上がり小面の顔面目掛けて手斧を振りおろす。しかし、小面も左肩を引き、この一撃を鼻先で躱した。そのまま反時計回りに身を翻し、桜井の背後から首元を目掛けて鉈と刀を払う。

「うおっ」

 桜井は首を引っ込めて攻撃をかわすと、小面の胴を狙った。

 しかし、交差した日本刀と鉈が手斧の柄を上から挟み抑え込んだ。

「おお……」

 桜井が驚いた様子で目を見開く。同時に刀が跳ねあがり首元に迫る。咄嗟に屈んで、死の一撃をかわす桜井。すかさず、大きく後方へ飛び退いて距離を取る。

 だが、その彼女の手に武器はなかった。

 小面はまるで勝利を確信したかのように頭を左右に振ると、地面に落ちた手斧を踏みつけて桜井への追撃を開始した。

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