【15】思いやる心
再びテープを再生する。
すると、断続的なノイズと共にインタビュアーだった男の声が聞こえ始めた。その声音は上擦っており、興奮しているようだった。
『……凄い。霧に包まれたと思ったら……ここは山神座か!? 凄い。やはり七人でここに来た事は正解だった……ああ、ああ! こんな事が現実に……凄い!』
『佐田さん! 何やってるんすか! そんなテープ回してる場合じゃないでしょ!』
別の若い男の声が聞こえた。良く耳を澄ますと、ノイズの向こう側で数人が会話をしている。
茅野は眉をひそめて言った。
「ここに来た直後に録音されたものみたいね」
ノイズと多人数によるざわめきが続いた。佐田と呼ばれたインタビュアーは『落ち着け! 落ち着け!』と他の六人をなだめている。
その状態がしばらく続いたあとだった。
『何だ! あれは!』
誰かが叫んだ。数人の悲鳴が重なる。何かの足音が近づいて来る。佐田が声を張り上げた。
『逃げろ! 逃げろ! うあああああああ
……』
多人数の足音。荒い息遣い。それがしばらく続いたあと、ガタガタと物音がして足音が止む。
そして、数人の『何だよ、あれ……』とか『嘘だろ……』などの小声が聞こえてきた。
そして、佐田の声がした。
『……みんな……大丈夫か?』
この言葉に返事はなかった。数秒の間が空き、誰かが震えた声音で言う。
『
『マジかよ……』
別の誰かの声がした。
『どっかではぐれた?』
また別の誰かの声がした。
『かもしれない』
そこで佐田が淡々とした声で言う。
『東野と滝がいない。逃げる途中にはぐれたらしい』
そのあとに、誰かが怒鳴った。
『だから、テープ回してる場合じゃねえって言ってんだろうがっ!』
がさがさとノイズが入り、がちゃり……と録音を止める音。
以降はリールの回る音が静かに鳴り続ける。
「梨沙さん」
「何?」
「これを見て欲しいのだけれど……」
茅野がリュックの中にあったノートを広げて見せた。
そこには見開き二
「これ、この村の地図?」
桜井がそう言うと、茅野は頷く。それは、かなり詳細で、別な地図を写したものだと思われた。
茅野は、その地図の一点を指差す。それは井戸のあった四つ辻から少し離れた住宅街の真っ只中であった。
「それで、ここなんだけど」
その地図上には“東野”と“滝”という文字が記されていた。桜井は、はっとして茅野の顔を見た。
「これ、さっきのテープの中の……」
「ええ」
そして、茅野は別な場所を指でなぞった。
それは、村の北東から、現在地である村の北側にある山中を通り、北西へと横切る道だった。因みに、この屋敷の裏庭から延びる
その途中だった。それは丁度、裏手の杣道と北東から延びた道が交わる三叉路の少し手前だった。
“喜嶋”と“金子”という文字があり、その近くには黒い丸が記してあった。
「循、これは……」
桜井に促され、茅野は解説を始める。
「恐らく、この名前は仲間とはぐれたポイントを記したものじゃないのかしら?」
「ああ」
桜井の相づちのあと、茅野は更に言葉を続けた。
「たぶん、彼らはこのテープの音声の後に、私たちのように正面からではなく村の北東から、この屋敷を目指した。理由は私たちのように目立つ場所で先にはぐれた二人……“東野”と“滝”にも解るように
そして、茅野は“喜嶋”と“金子”という名前を指す。
「……それで、その途中で、更に二人に何らかのアクシデントがあり、けっきょく、この屋敷に辿り着いたのは三人だった」
「この屋敷にあった骨も三人だ!」
桜井の言葉に茅野は頷く。
「そうよ。それで、このノートには他にも興味深い事が書かれていたのだけれど」
「というと?」
「……何でも、山神座で行われる葬儀は少し変わっていて、お墓を建てていなかったらしいの」
「お墓を建てない? じゃあ、どうしてたの?」
桜井の疑問に茅野は答える。
「遺体は火葬にされ、その灰は西の山中にある山の神を祀った社の周囲に撒かれていたそうよ。例の人形と同じように」
「西の山に撒かれた……」
そこで、桜井が何かに気がついた様子で、はっとする。
「もしかして、山に連れさられた村人も……」
茅野は「そんな気がするわね」と頷く。そして、地図上の一点を指差す。
「そして、その社というのが、ここよ」
それは裏手の杣道の先の三叉路から西だった。黒い丸と、“山の神の社”という文字があった。
それを見つめながら桜井が言った。
「ここが、山の神様の家……」
「そうね。恐らくここに山の神様のご本尊……本体がいるのではないかしら?」
と、茅野が話を結んだあとだった。桜井は急にしょんぼりと肩を落とし、悲しそうな顔をした。
「どうしたのかしら?」
「循、あたし、この山の神様は殴れない」
「というと?」
「だってさ。村人に散々気を使われて、男にも逃げられて……可哀想だよ……そっとしておきたい」
その言葉を聞いた茅野はクスリと笑う。
「……梨沙さんにも、失恋した乙女を思いやる女子らしい気持ちがあって、ほっとしたわ」
「それはどうも」
「……でも、残念ながら、そろそろタイムリミットよ」
そう言って茅野は手首に巻いたスイス製のミリタリーウォッチの文字盤を桜井に見せた。
「あっ、そろそろ帰らないと、流石に不味いね」
「そうよ。帰路を考えると、もう悠長にはしていられないわ。明日は学校だし、薫にまた小言を言われてしまう」
「明日、あたし、学校終わったらバイトだよ。そういえば」
何だかんだ言っても、この二人は普通の女子高生なのである。
「……まあ、そういう事なら、一発、がつんと行くよ。グーは可哀想だから、平手で、こう」
桜井が素振りをし始める。
「まって、梨沙さん。ここはへりくだった態度で、おだてて、山の神の自尊心を取り戻してあげましょう。適当なお世辞なら任せて
茅野が胸を張る。そして、ノートをぱたりと閉じると、自分のリュックの中にしまった。
「取り敢えず、敵の本拠地に乗り込む前に、北東の道の途中にあった黒い丸印も気になるわ。そこも調べてから北西の社に向かいましょう」
「らじゃー」
こうして二人は屋敷の裏手から延びた杣道の先へと向かったのだった。
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