【10】骨


「骨だ」

 桜井梨沙が、まるで野山に咲く花を見つけたときのような口調で言った。そして茅野循が同じような調子で応じる。

「あら、本当ね」

 柏崎操だけは、まさに人骨を発見したときの表情をしていたが、だんだん自分が間違っているような気がしてきて、頭を抱え始めた。

 それは、細い路地だった。

 茅野の作戦通り小面たちをバーディツもどきで倒しながら進んでいると、二体の人骨を発見した。

 一体は手前に足を向けてうつぶせになっており、その奥には左側の家の外壁に背をもたれていた。

 どちらもデザインは異なるが、ぼろぼろのジャージと、半袖の上着の下にアンダーアーマーを着こんでいた。

「もしかして、十五年前に行方不明になった人かな……」

「でしょうね」

 茅野は桜井の問に答えると、手前の人骨の傍らでしゃがみ込んで、リュックの中身を漁り始める。それを横からのぞきながら桜井が言った。

「あのお面のやつにられたみたいだね」

「間違いないわね」

「……でもさ、結局、あのお面のやつらって何なんだろうね。オカルトパワーで動いているんだろうけどさ」

 桜井のもっともな疑問に、茅野は鹿爪らしい顔つきで答えた。

「あの小面のめんは一見すると同じように見えるけれど、古い物や比較的新しい物があったり、微妙に表情が違っていたりしたわね。着物のデザインも基本的には同じだけれど微妙に違うみたいだし」

「あー。それとさあ、わりとお面のやつら、強さがバラバラなんだよね。素早いやつもいれば、パワーのあるやつもいる。わりと個性的だった」

 と、桜井が己の戦闘経験を元に証言した。すると、茅野が奥の人骨の元へと向かい、荷物を漁りながら言った。

「小面の正体も気になるけれど、ここが、かつて山神座と呼ばれた村だったとして、村人たちはどこに消えたのかしら? 十五年前の遭難者らしき人骨はあるのに、村人のものは一つも見当たらないのは少し奇妙よ……」

「確かに気になるね」

 柏崎は少し離れた場所で死者の持ち物を漁りながら平然と言葉を交わす二人にドン引きしていた。

 やがて、茅野は荷物を漁る手を止めて、残念そうな顔で首を横に振る。

「駄目ね。特に目ぼしい物はなかったわ」

 どちらのリュックもズタズタに切り裂かれており、逃げる時に背中から鋭い刃物で切りつけられたと思われた。そのとき、中の荷物が溢れてしまったらしい。

「取り敢えず、ここはもう良いわ」

「そだね」

 桜井と茅野は路地の先へと進む。柏崎はおっかなびっくりといった足取りで、人骨の脇を通り抜け、二人の後を追った。




「尾畑さんを殺したの?」

 その早瀬の言葉に坂澤は慌て出す。

「い、いや……何を言ってるんだ! 違う!」

 必死に否定するが、早瀬は泣きそうな顔で更に後退する。坂澤は引きった笑みを浮かべながら、彼女にゆっくりとにじり寄る。

「ご、誤解……誤解だ! その、あいつとちょっと言い争いになって、胸ぐらを掴まれたときに、その……ファスナーが取れて……えっと、そのあと、あの小面に襲われて……」

 早瀬は首をゆっくりと振る。再び一歩だけ後ろに下がる。

「ちょっと、信じてくれよ? なあ……本当なんだ」

「嫌……嫌……」

 その早瀬の脅えた顔を見て、坂澤は慌てる。手に持ったままだった金槌を投げ捨てた。

「ほら! ほら! 何もしないから! 大丈夫だから!」

 坂澤が一歩だけ早瀬に寄る。

 早瀬が一歩さがる。すると、彼女の背中が家の裏面に積まれていた薪にぶつかった。

「信じて! 俺を信じて!」

「無理……」

「協力しよう! みんなで、協力して、ここから帰ろう……」

「無理だよぉ……」

 早瀬は積まれた薪に背を預けたまま泣き出す。

 ファスナーの引手やブランドロゴの他にも、良く見ると坂澤のウェアには尾畑を殺したときの返り血がついていた。更に彼を殴り殺した右手は血塗れで、その拳は不自然に腫れ上がっていた。信じる余地など、どこにもない。

 しかし、坂澤の表情は自らを信じてくれない事へのいきどおりで歪む。

「……ど、どうして、信じてくれないんだ!」

「嫌っ!」

 その叫び声の直後だった。坂澤は何か良く解らない事を喚きながら早瀬に掴み掛かろうとする。

「糞! 何で! 何でだよっ!」

 彼女に手を伸ばす。その指先が届くほんの間際であった。

 鈍い打撃音が鳴り響く。

「あ……」

 口と両目を大きく見開き、坂澤の動きが止まった。彼は両膝を落とし、まるでバッテリ切れのように崩れ落ちる。その後頭部の髪の毛が真っ赤に染まっていた。

 朽木だった。

 彼女が後ろから金槌を振るったのだ。緩慢かんまん痙攣けいれんを繰り返し続ける坂澤を避けて、朽木の元へ向かう早瀬。

「畜……生……」

 坂澤は両手を立てて、憤怒の形相で起き上がろうとする。

 その背中へと朽木は更なる一撃を加えた。

 鈍く湿った打撃音。

 坂澤は再び地面に沈み込んで、ぴくりとも動かなくなってしまった。

 朽木は倒れた坂澤をしばらく見つめていたが、ようやく自分がした事に対する実感が湧いたらしい。まるで汚物であるかのように、金槌を投げ捨てて口元を両手で覆った。嘔吐えずきながら、その場を離れて早瀬に背を向けると屈んだ。そのまま地面に胃の中の物を撒き散らす。

「……大丈夫?」

 早瀬が泣きながら朽木の背中を擦る。

 そして、朽木が徐々に落ち着きを取り戻すと、早瀬はリュックの中にあった濡れティッシュの容器を差し出しながら言う。

「……取り敢えず、どこか隠れる場所を探してから、今後の事を考えましょう」

「……うん」

 口元をふきながら、よろめきつつも朽木は立ち上がった。早瀬はそんな彼女の肩を抱いて支える。

 二人は坂澤を残して、その裏庭をあとにした。




 それから少し経ったあとだった。

 坂澤の倒れた裏庭に一体の小面が顔を覗かせる。その小面は坂澤を見つけるなり彼に近寄り、右手の出刃包丁を地面に突き刺した。

 そして、倒れたまま動かない坂澤の巨体を軽々担ぎあげると、再び地面の出刃包丁を抜き、裏庭を後にしたのだった。

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