【04】幽霊調査


「……これは、普段、霊感のない人には聞こえない幽霊の声を聞こえるようにする装置なんだ」

 久保の言葉に武隈は蔑んだ微笑みを浮かべたが、もう自身の見解を述べる事を諦めたらしく、特に何も言わなかった。

 一方の吉成は感心した様子で「へー」と声をあげ、続けて質問する。

「……でも、そんな機械、すごく高いんじゃないの? 良く買ってくれたね」

 久保が首を横に振る。

「それでもネットで一万円代で買えるよ。これは中古だからもっと安かった。五千円ぐらい」

「五千円……」

 一月分の小遣いより高い値段だったので鈴は、コメントにきゅうしてしまう。

 すると、久保は気取った調子で鼻を鳴らす。

「……お母さんに、漫画を書く資料にするって言ったら買ってくれたよ」

 その言葉に鈴と武隈、伊勢島まで鼻白んだ様子で苦笑する。彼の母親が異常に息子に甘い事は有名であった。以前聞いたところによると、久保は自身のスマホやパソコンを小学校の頃から持っていたらしい。

 ともあれ、三人のリアクションを気にした様子も見せずに、久保は得意満面な顔でくだんの装置を操作し始める。

「これをこうやって……」

 アンテナを伸ばし、ボタンを操作し始める。

 すると、パラパラパラ……という、ヘリコプターの飛行音のような断続的なノイズが鳴り出して、オレンジ色のディスプレイの数字が増減を繰り返し始める。

 そして、アンテナの先端を誰もいない方向に掲げると、久保は虚空に語り掛ける。

「アピールしてください……アピールしてください……」

 鈴が首を傾げつつ事態を見守っているとノイズに混ざって何かが聞こえ始める。


 ……れ……で……すか……れ……。


「何、今の?!」

 鈴は驚いて目を丸くする。

「今のが、この近くを彷徨さまよっている霊の声さ」

 その久保の言葉に異論を唱えたのは武隈である。

「馬鹿だな。こんなの、ただのノイズが喋っているように聞こえているだけだろ」

「でも、『誰ですか? これ』ってはっきり言ってるように聞こえた……絶対に霊の声だって。学校には浮遊霊が集まり易いって聞いた事あるもん!」

 伊勢島が興奮した様子で言った。その彼女に向かって、武隈が「お前は幽霊とか信じてるから、バイアス掛かってそう聞こえるだけだろ」と、小馬鹿にしたように言う。

 鈴としては、何とも言えなかった。

 伊勢島の言うように意味を持った人の声のように聞こえたような気もしたが、やはり幽霊の声がたったの五千円で聞けてしまう事には信じられない思いの方が強かった。

「……やっぱり、胡散臭いと思う?」

 不意に久保から問われ、鈴は答えに詰まる。すると、彼はニヤニヤと笑いながら声をあげた。

「ならさ、検証してみない?」

「検証?」

 鈴は久保の言葉を繰り返し眉をひそめる。すると、彼はゆっくり頷いてから言葉を続けた。

「心霊スポットに行って、本当に幽霊とコミニュケーションできるかどうか、試してみない?」

「はっ。心霊スポット?」

 武隈が小馬鹿にした様子で肩をすくめた。すると、久保がその言葉に答える。

「ほら、野球部の……あの家に行ってみようよ」

「鉄砲坂の家……」

 伊勢島が目を見開く。

 その噂は鈴も聞いた事があった。

 この学校の校舎からほど近い場所にある鉄砲坂の廃屋。そこへ肝試しで侵入した野球部員が全員呪われたのだという。

「くだらねえ……あんなの、呪いでも何でもねーだろ。偶然だよ」

「あー、怖いんだ?」

 その伊勢島の挑発に武隈は「何だと!?」と、秒も間を措かずに釣られる。

 その二人を取り成すように、久保が言った。

「まあまあ。取り敢えず、明日の放課後なんかどう?」

 次に久保は鈴に向かって訊いた。

「吉成さんはどうする? 来る?」

 正直怖かったが、好奇心が勝った。吉成鈴は、この検証に参加する事にした。

「私も行ってみようかな」

「お、いいね。じゃあ、明日の放課後に、この四人で行こうよ」

 その久保の言葉に伊勢島と武隈も同意する。すると、そこで背の高い勝ち気そうな女子が美術室に姿を現した。名前を文野良根ふみのよしねという。彼女が待ち合わせていた鈴の友人であった。因みに彼女は鈴の薫への想いを知っている。曰く、目線でバレバレらしい。

「ごめん、鈴。帰りのホームルーム長引いてさ」

「あ、良根ちゃん」

 と、鈴は彼女の方を見てから、久保に向かって言う。

「じゃあ、明日の放課後に」

 と、言って、文野と一緒にデッサンの準備をし始めた。




 次の日の放課後であった。吉成鈴、久保多喜雄、武隈陽治、伊勢島萌乃の四名は授業が終わると、連れだって学校を後にして鉄砲坂へと向かう。

 僅かに傾斜した坂道の右端を進む四人。道幅は狭く歩道はないので一列になって歩かなければならなかった。四人の他に通行人は誰一人としておらず、交通量は、それなりにあった。ときおりではあるが乗用車と共に、大型のトラックや工事用の車両が四人の左隣を駆け抜けて行く。

 両脇には等間隔で並ぶ電信柱と木造の古い建物が軒を連ねていた。

 随分前に閉店した煙草屋や畳屋。婦人服屋と惣菜屋はかろうじて営業しているようだったが、店内に客の姿はない。住宅にも人が住んでいるような気配は見られない。

 そんな、うらぶれた風景の中をしばらく歩くと、四人は辿り着く。その廃屋の前に……。

 苔むした瓦屋根と砂埃で曇った擦り硝子の玄関の引き戸。その右隣の窓硝子は割れており、ガムテープで補強してあった。窓の向こうには食器用洗剤や束子たわしが置いてある。どうやら台所のようだ。

 左側には色褪いろあせたカーテンで閉ざされた窓が並び、隣家との間には錆びついてぼろぼろになったガレージのシャッターがあった。

 玄関口の上の表札には『染谷そめや』とある。野球部が呪われたという噂の廃屋である。

「ここが……」

 と、鈴が呟くと、すぐ後ろの車道を大型のトラックが駆け抜けていった。

 そこで武隈が無造作に引き戸に手を掛ける。しかし、鍵が掛かっていて開かなかった。

「何だよ。帰る?」

 その言葉に久保がほくそ笑みながら答える。

「……野球部の連中は裏口から中に入ったらしい。扉が壊れているみたい」

 そう言って彼は動きだすと、右側の隣家との間の狭い隙間へと入って行った。

 残された三人は顔を見合わせた後に、久保の後を追った。

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