【02】鉄砲坂の家
桜井と茅野は、どうにか吉成をなだめすかして、適当にあしらい帰ってもらった。その直後の部室にて。
「でも、この学校、キャラの濃い生徒がいすぎだよね」
桜井がげんなりした様子でブーメラン発言を口にすると、茅野が部室の入り口を眺めながら、ふう……と溜め息を吐いた。
「……しかし、参ったわね。あそこまでシスコンを
「循もまあまあブラコンだし、人の事は言えないんじゃあ……」
「何か言ったかしら?」
「いや」
と、桜井は素早く話題の方向転換を図る。
「……そんな事より、吉成さんの妹さんが行ったというスポットの方は気になるよね」
「そうね」
と、茅野が一転して思案顔を浮かべる。
吉成によれば、彼女の妹である鈴がクラスメイトたちと一緒に立ち入った心霊スポットは鉄砲坂にある廃屋なのだという。
鉄砲坂とは、この藤見市内にあり、駅前から少し外れた場所にある通りの事だ。
地名に“坂”とはあるが、その傾斜はかなりなだらかで、言われなければ坂道である事が気にならない程度しかない。因みに、かつて坂の周囲では鉄砲御用人たちが暮らしていた。それが地名の由来となっている。
「……そんな近くにまだ見ぬスポットがあったなんて……」
「そうね。行ってみる価値はあるわ」
くだんの鉄砲坂のスポットは藤見第一中学から程近い場所にあり、藤女子の校舎からでも自転車で三十分くらいの場所にある。学校帰りにぶらりと寄れるスポットの登場に二人のテンションは高まりを見せていた。
「吉成さんの話だと、けっこう中学では噂になっているみたいだね」
「薫も知っているかしら?」
何でも、その家には神経質な老婆が独りで暮らしていたのだという。しかし、二年前の夏の終わり、その老婆が孤独死して以来、捨て置かれたままになっているらしい。
そこでは奇妙な現象が起こるという噂があるらしいのだが、その具体的な内容を吉成から聞き出す事はできなかった。
「取り敢えず、今日はあたしバイトあるし、明日の学校終わりに行ってみようよ」
「良いわね。私は薫から情報収集でもしておくわ」
「おねがーい」
と、桜井が茅野の言葉に返事をした。
このあと、適当な雑談を交わし、余暇を過ごしてから桜井と茅野は部室を後にすると帰宅の途についたのだった。
その日の二十時過ぎだった。
夕食が終わり、リビングのローテーブルの上の皿を片付けながら、茅野循は弟に向かって質問を切り出した。
「……薫」
腰を浮かしかけていた薫は、再びソファーに座り直して答えた。
「何?」
その顔には夕食を平らげて、早々に自室へと引っ込もうとしていたが、それが叶わず、姉に捕まってしまった事への嘆きがありありと表れていた。
茅野はそれに気がついていない様子で言葉を続ける。
「……貴方の学校で、鉄砲坂の家の事が噂になっていると聞いたのだけれど」
「鉄砲坂……」
と、薫は視線を上にあげて、しばらく考え込んだ後に口を開いた。
「ああ。野球部が肝試しに行った話の事?」
「良くは知らないけど……」
そう言い残し、茅野は皿を持って、いったん仕切り棚の奥にあるキッチンへと姿を消した。そして、すぐに、皿の代わりに麦茶の注がれたグラスを二つ持って、リビングへと戻って来る。
「……その話、詳しく聞きたいのだけれど」
茅野はグラスを弟の前に置き、ローテーブルを挟んで正面のソファーに腰をおろした。すると薫が語り始める。
「……確か、ちょっと、怖いお婆さんが住んでた家で……もう死んだらしいけど」
「そのお婆さんはどう怖かったのかしら?」
茅野が聞き返すと、薫は麦茶を一口飲んでから言葉を発した。
「何か、学校帰りに、その家の前を、お喋りしながら通り掛かったら、いきなりお婆さんが出てきて、五月蝿いって怒鳴られたとか……あと、ゴミ出しの事だとか騒音だとかで近所とトラブルになっていたり……あんまり、詳しくしらないけど」
「まあいいわ。それで? その野球の肝試しの話を聞きたいわ」
「ああ。何かうちの学校の野球の連中が、けっこうヤンチャな感じでさ……緊急事態宣言のときに暇だから、そのお婆さんの暮らしていた家に忍び込んだんだって。四人で」
「良くないわね。そういうのは」と、茅野は自分の事を棚にあげて眉間にしわを寄せる。薫は特に突っ込む事なく話を続けた。
「うん。それで、その家の仏間に入ったら、何か、そのお婆さんの啜り泣く声が聞こえてきたらしくて、野球部の連中は大慌てで逃げ出したっていうだけの話なんだけど……」
それから間もなくして、その四人は全員コロナウィルスに感染したらしい。ついでに緊急事態宣言中のヤンチャが学校側にバレて、大目玉を食らったのだとか。
この事について、誰かが老婆の呪いではないか……などと言い始めて、それが噂として広まったのだという。
「……まあ普通に考えれば、野球の四人が聞いた泣き声は何かの勘違いで、続いて起こった事も偶然なんだろうけど……」
そこで薫は言葉を止めて苦笑した。どうやら、夏休みに体験した例の一件を思い出しているのだろう。
茅野は「……なるほど」と呟き、口元に指を当てると思案顔を浮かべた。
そして、薫が麦茶を一気に飲み干して「姉さん、もういい?」と言った。
すると茅野が右手の人差し指を立てて言う。
「ついでにもう一つ聞きたいのだけれど、良いかしら?」
「何?」
「貴方の同級生で、吉成鈴という女子がいると思うのだけれど」
「吉成……?」
薫は再び視線を上にあげて、記憶を
「ちょっと、解んないかも。何組?」
「そこまでは知らないわ」
「……うーん。ちょっと、知らないかも」
薫は申し訳なさそうな顔で、そう言った。
その日の深夜。
パステルカラーの寝具の枕元に投げ出されたスマホの時刻表示が二時一分を過ぎた。すると、そのスマホは小刻みに震え始めて着信を告げた。
ディスプレイに表示された送信者の名前は『茅野薫』
そのスマホを慌てて手に取り、画面をタップしたのは吉成鈴であった。
彼女はベッドに仰向けで寝転がった体勢のまま、いそいそとスマホの受話口を右耳につけた。
すると、相手の第一声が鼓膜を優しく
『もし、鈴?』
それは茅野薫の声だった。
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