【07】新スポット


 荒井家を訪問してから一週間が経過した。

 その日の帰り道で茅野は「このままでは、らちが明かないから、もっと具体的な作戦を考えましょう」と高阪に提案した。

 しかし、彼女の明晰めいせきな頭脳を以てしても、未だに有効な手立てを思いつけないでいる。

 放課後、オカ研部室でだらりとテーブルに上半身を投げ出し、桜井が気だるげな調子で言う。

「やっぱり、あたしたちって、こういうの苦手だよね……」

「人のためになる事って難しいものね」

 茅野は『黒死館殺人事件』の文庫本に目線をおとしながら淡々とそう言った。

 すると、その直後であった。

 テーブルの上に放り投げてあった桜井のスマホが着信を告げた。

 だらけた姿勢のまま手を伸ばし、画面を見た彼女は勢い良く身を起こした。その瞳はドッグフードを皿にあける音を聞きつけた小型犬のように輝いていた。

「九尾センセから電話だ!」

 桜井は電話に出ると、スピーカーにしてスマホを机の上に置いた。

「センセ、右腕の件は済んだの?」

 その言葉に、九尾は受話口の向こうで声を張りあげる。

『ちょっと! あの画像、何なのよ!』

 桜井は「やった。当たりだ!」と小声で言って小さくガッツポーズをした。一方の茅野はというと文庫本をパタリと閉じて質問を発した。

「……あの家は、心霊スポットという事で間違いないのかしら?」

『二人……』

「二人?」

『あの家では、二人、死んでいる』

 茅野は桜井と顔を見合わせる。

 当然、彼女たちの脳裏に浮かんだのは、いなくなったという夫婦の事だった。

「その二人はなぜ死んだのかしら?」

 この茅野の質問に、九尾は『……そこまでは、ちょっと、良く解らないけど』と前置きをして語る。

『……若い男女……夫婦……ではないわね。親子かしら?』

 二人は視線を合わせて頷き合う。

「あの家に住んでいたという歳の離れた夫婦で間違いないね」

 桜井が声を潜めて言った。それに九尾が反応する。

『何か言った?』

「いや。それで?」

 桜井は誤魔化し九尾に話を促す。

『……兎も角、その二人は強い恨みを隣の家に向けている』

「隣の家? どっちの?」

 桜井が訊くと『左』と言葉が帰ってくる。榊原邸の向かって左隣といえば荒井陽希子の家だ。

「左隣ね……」

 茅野が神妙な顔つきで口元に指を当て思案していると、九尾の声が鳴り響く。

『……いや、何か流れで素直に質問に答えちゃってたけど、そんな事はどうでもいいわ。やっと、あの右腕の件が一段落したのに、あんなヤバい画像を送って来ないでよ……毎度毎度……もう……』

 何か愚痴っぽくなって来たのを悟った桜井は、スマホを手に取り『じゃあ、向こうに帰る前に何か美味しい物でも作ってあげるよ。お疲れー』と言って、画面を指でタップし通話をぶった切る。

 そしてスマホの電源を落とした。茅野も倣って自らのスマホを取り出し電源を落とした。

 部室内が再び静寂に包まれる。

「……これは、由々ゆゆしき事態よ。梨沙さん」

「うん。九尾センセの見立てでは、陽希子さんがピンチだ!」

「藤女子オカ研、出動よ!」

「らじゃー!」

 茅野が勢い良く立ちあがり、桜井もそれに続いた。

 二人はそそくさと学校を後にすると、電車とバスを乗りついで榊原邸を目指したのだった。




 少し日が陰り始めた頃に、二人は榊原邸の門前に辿り着く。

 格子の門扉の正面から榊原邸の敷地内を覗き見る桜井と茅野。

「……でもさ、消えた夫婦が陽希子さんの家に強い恨みを向けているって、どゆこと?」

「まだ何とも言えない」

 茅野が思案顔で言うと、桜井は両腕を組んで難しげな表情になった。

「まさか、陽希子さんが、榊原夫婦を殺したとか……」

「陽希子さんは、部屋からほとんど出てくる事のない引きこもりよ。二人の死に直接関わっているとは思えないわ」

 そう言うと、茅野はスクールバッグから点火棒ライターを取り出して、何食わぬ顔で門扉を結んだロープをあぶり始めた。ビニール製のロープはみるみるうちに変形して溶け出す。

 その様子を見ながら桜井はたった今思いついた仮説を口にした。

「……じゃあ、陽希子さんが自分の部屋から、何か見られてはいけない夫婦の秘密を覗いてしまった。陽希子さんに秘密を知られた夫婦は、それが原因で自殺した……とか?」

「なかなか面白い推理よ、梨沙さん」

「それは、どうも」

 その桜井の返答を聞いたあと、茅野は次にはさみを取り出す。ロープの炙った部分を捻り、二つ折りにして、そこに鋏を当てた。

「……でも、そうだったとしたら、なぜ、まだ夫婦の死体は発見されていないのかしら? もし、二人が自殺したのならば、もう少し話が大きくなっているはずよ」

 そう言い終わる前にロープはあっさりと切断された。茅野はロープを引っ張り格子に巻き付いていた部分をほどいた。門扉を開けて、平然とした態度で榊原邸の敷地へと足を踏み入れる。

 桜井がその後に続きながら己の考察を口にする。

「じゃあ、誰かが、死体を隠した……?」

「その可能性は充分にあるけれど……」

 茅野がロープを元のように格子に巻きつけた。そして、榊原邸の母屋を見据える。

「何にせよ、ここにすべての答えがあるわ」

「さあ、盛り上がって参りました!」

 二人は顔を見合わせて悪戯っぽい笑みを浮かべると、榊原邸の玄関へと続く長いスロープを歩き始めた。

 左手にはガレージがあり、壁には錆びた梯子はしごが架かっていた。その屋根の向こうには荒井陽希子の部屋の窓が見える。右手には煉瓦作りの小道が続いており、その先には温室や物置小屋があった。

 茅野の興味がそちらの方に向いた。

「……まずは、あの温室を見てみたいわ。ちょっと、行ってみましょう」

「いいねえ」

 二人は温室へと向かった。

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