【04】癖になってんだ


 国道沿いにあったバス停留所で降車した三人は、近くの住宅街の細い路地を行く。

 この辺りは近年に田んぼだった場所を埋め立てた区画らしい。周囲には広大な田園風景が広がっているが、西木千里が住んでいる蛇沼のような農村ではなく、郊外のベッドタウンというおもむきがあった。

「あそこの家が陽希子さんの家」

 と、高阪は右側の沿道の奥を指差す。

 しかし、桜井と茅野の興味は、その手前の屋敷にそそがれていた。忍び返しのついた塀に囲まれており、周囲の家より一際大きい。

 道を行く三人から見て手前。表門に向かって右側の庭にあるドーム型の温室が一際目を引く。住人はかなり裕福だと思われた。

 しかし、家全体に人の気配や生活感がまったくなく、退廃的な空気が全体を包み込んでいた。鉄格子の表門は閉ざされており、その二枚の扉板は黒と黄色のロープでしっかりと繋がれていた。

 門柱の表札には『榊原』とある。

 桜井と茅野は表門の前で同時に立ち止まり、敷地内をのぞき込む。数々のスポット探索で培った嗅覚が、そうさせたのであろう。

 先を行っていた高阪が、足を止めた二人に気がついて振り返り、怪訝けげんな顔で問うた。

「どうしたの? 二人とも」

「いや、この家……」

 と、桜井が榊原邸の方を見据えながらあごをしゃくった。

「ずいぶん、大きい家だけど……」

「ああ。陽希子さんのお母さんに聞いたんだけど、ちょっと前まで、仲の良い夫婦が住んでいたみたい。でも、今年の春ぐらいに突然いなくなったんだって」

「失踪したって事……?」

 と、いぶかしげな顔で、桜井は首を傾げる。

「さあ。そこまで詳しい話は……」

 高阪が肩をすくめた。続いて茅野が質問を発する。

「その夫婦の人柄はどうだったのかしら?」

 高阪は「やけに拘るね……」と苦笑しつつも、視線を斜め上にして記憶を反芻はんすうしながら答える。

「えっと、確か陽希子さんのお母さんが言うには『歳は親子ぐらい離れて見えたけど、感じの良い夫婦だった』って。確かそんな風に言ってたかな?」

「ふうん」

 と、桜井がいつもの気の抜けた相づちを打つと、ネックストラップで首から提げたスマホを手に取り、榊原邸をぱしゃぱしゃと撮影し始める。

 それを見て高阪はますます怪訝けげんそうな顔になった。

「何で、写真なんか……」

 その質問に桜井はシャッターを切りながら、こう答えた。

「癖になってんだ。空き家を見つけたら写真を撮るの」

「ふ、ふーん……変わった癖だね」

 高阪は訳が解らないなりにどうにか納得したらしい。

 当の桜井は写真を撮り終えると「九尾センセに送っておこうっと」と言って、スマホを操作し始めた。それを見た茅野が言う。

「今、先生は忙しいから、すぐに反応はないと思うけれど……」

 最強霊能者である九尾天全は、他の霊能者たちと大津神社に籠り、例の右腕の処理を行っている真っ最中である。現在、神社の境内へ続く階段は工事用のフェンスで閉鎖されており、作業着姿の警察関係者に監視されている状態だった。

「……それに、こんな平凡な土地に私たち好みのスポットがホイホイあるものでもないわ」

 今までの二人の活動を振り返ると、割りとホイホイあったりするのだがそれはさておき、桜井は肩をすくめて笑う。

「念のためだよ。期待はしてないけど」

「まあ、駄目元ね」

 この桜井と茅野の会話を聞いた高阪は首を捻る。

「キュウビセンセ? スポット?」

「ごめんなさい。こっちの話よ」

「そうそう。専門的な話だよ」

 二人は鹿爪らしい顔つきで誤魔化した。

「そんな事より、行きましょう」

「う、うん?」

 茅野の言葉で再び荒井家を目指す一行。

 そして、榊原邸の表門に向かって左側にあるガレージのシャッター前を通り掛かる。その先の一メートルもないくらい細い隙間を隔てたところに荒井家があった。

 白い外壁の瓦屋根で、正面の右側に門と玄関があった。その左手には縁側の掃き出し窓が列をなしており、庭先には松や躑躅つつじなどの植木と、プランターや花壇で咲き誇る秋桜コスモス竜胆りんどう彼岸花ひがんばなといった花が見られた。何の変哲もない住宅である。

 その榊原邸のガレージに面した二階だった。

 窓があり、ダクトテープと段ボールで補修してあって、クリスマスオーナメントのような飾りがぶら下がっているために解りにくいが、誰かが外を覗いていた。

 肩より伸びたぼさぼさの長髪で、白い部屋着のワンピースをまとっている。

 動物的な勘か偶然かは定かではないが、桜井がその視線に気がつき窓を見あげた。すると、その瞬間に人影は窓枠の外へと溶け込むように消える。

 すると、二階を見あげる桜井に気がついた高阪が言う。

「ああ。あそこが陽希子さんの部屋だよ」

「じゃあ、さっきのが陽希子さんか……」

 と、桜井は独り言ち視線を戻した。そのあとすぐに荒井家の門前に到着する三人。

 高阪は勝手知ったる様子で短い玄関アプローチを通り抜け風除室ふうじょしつの扉を開けた。桜井と茅野も彼女の後に続く。

 高阪がまるで遊びに来たかのような気楽さで、チョコレート板のような扉の左側にあった呼び鈴を押す。

 すると、家の中から「はーい」という声が微かに聞こえ、パタパタとスリッパで廊下を駆ける音が近づいてきた。

 そして扉が開き中から顔を出したのは、小柄で人の良さそうな中年女性だった。荒井陽希子の母親の富子とみこである。 

 彼女は高阪の顔を見るなり相好を崩し、気安い調子で声をあげた。

「あらー! 美子ちゃん久し振りー!」

「ご無沙汰しています」

 高阪が慇懃いんぎんに頭を下げると、富子は、その後ろに立った桜井と茅野を順番に視線でなぞる。

「この子たちは……?」

「陽希子さんの友だちです」

 と、高阪はきっぱりと言い切る。

 桜井と茅野は否定も肯定もせずに自己紹介を済ませると富子が三人を招き入れる。

「さあさ、まずは上がってちょうだい」

 こうして、三人は荒井家の内部へと足を踏み入れたのだった。

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