【06】ネットリテラシー


 九月二十一日。

 三連休の二日目だった。

 その日の早朝、茅野循は自宅リビングで、たっぷりと甘くした珈琲に口をつけてほくそ笑んだ。

 彼女の視線はローテーブルの中央に置かれた自身のスマホに向けられていた。そこからは、十時五分頃に始まったツイッタースペースの音声が流れている。

 その声の主は村上剛。

 是枝の家の玄関先で茅野に例のお守りを渡した人物であった。

『……そうしたら親が言うには、今もあの家には誰も住んでないんだって。じゃあ、あの二人組の女の子、いったい誰だったんだろうって。あの家に何をしにきたんだろうって。怖いでしょ? 変でしょ?』

「時効とはいえ、真っ昼間から本アカで犯罪行為の告白とは、ずいぶんと頭のゆるい人みたいね」

 と、茅野は感想を述べた。すると、菓子箱の掃討作戦に着手していた桜井が顔をあげる。

「“頭がゆるい人”とは、循にしては、ずいぶんとマイルドな表現だね」

「私にも、優しさはあるわ」

 茅野は肩をすくめる。すると、桜井が疑問を呈した。

「まあ、それは良いとして、その村上さんが小さい頃に、あの家に住んでいた気味の悪いおっさんっていうのが是枝?」

「そう考えて間違いはないと思うけれど」

 茅野はそう答えて自らのスマホを手に取った。そして、ツイッターのアプリを閉じる。

「問題は今彼がどこでどうしているのか、そして……」

 そう言って、珈琲カップの隣に置かれていた例のお守りを摘まんで、自らの鼻先にぶら下げる。

「今現在、このお守りを欲しがっている何者かと、是枝充は同一人物なのか……」

「是枝は、もう死んでる可能性もあるね。ラーメン少なめで」

両面宿儺りょうめんすくなよ、梨沙さん」

 茅野は桜井に突っ込みつつ、今日のお昼はラーメンになりそうだなと予想して話を続けた。

「残されていた写真などから推測して、彼は一九七〇年頃で二十歳前後。もし今も彼が生きていたとしたら七十歳は超えているわね。呪われていなくとも、この世にいない可能性は充分にある」

「そっか……」

 桜井は眉をハの字にして、握り締めた己の拳へと視線を落とした。

「……ただ、このお守りを欲しがっている人物は、是枝本人ではないとしても、彼とかなり近しい人間であると思うわ」

「でもさ、ちょっと疑問に思ったんだけど……」

「あら、何かしら?」

「そのお守りを欲しがっていた人物は、どこで村上さんがお守りを持っている事を知ったんだろうね? さっきのスペースでの話が本当なら、村上さんと、その友人以外が知る機会ってないよね」

「そうね」

「やっぱり、村上さんか、友だちの誰かが、その事を誰かに話していて、それを忘れているのかな?」

 桜井が首を傾げる。すると茅野はスマホに指を這わせ始めた。

「おおむね、その解釈で間違いはないわ」

 そう言って、茅野は桜井にスマホの画面を見せる。

 そこには、あるブログサイトに投稿された画像が表示されていた。それは、どうみても、あのお守りを撮影したものであった。写真に写されたお守りは、テーブルか机に置かれており、例の折り畳まれた五百円札が少しだけはみ出していた。

「……村上さんは七年前、是枝の家に行った直後、このブログサイトに、この画像を投稿しているわ。一応、ブログの記事には『ある場所で拾った』とか書いてあるけれど」

「やっぱり、ずいぶんと頭のゆるい人なんだね」

 と、桜井が呆れた様子で言った。茅野も苦笑する。

「このブログ自体、閲覧数は、ほとんどなくて、それで飽きたのか、この数日後に投稿が途絶えているわ。だから、彼は忘れていたのね」

「なるほど。例のお守りを欲しがっていた人物は、偶然にも、このブログに行き着いた……」

 その桜井の言葉に茅野は頷く。

「そして、ブログには他のSNSのリンクもあるから、それらの情報を精査すれば、村上さん本人を特定するのは容易いわ」

「怖いねえ、SNSは。やっぱり、あたしはやらなくていいや」

 と、桜井は顔をしかめながら己の肩を抱いた。

「だけれど、村上さんがずいぶんと頭のゆるい人だったお陰で糸口が見えてきたわね」

「というと?」

「お守りを欲しがっているX氏をSNSで一本釣りしましょう」

「いいねえ。楽しそう!」

 桜井が釣竿のリールを回す仕草をし、茅野は不敵な笑みを浮かべながら頷いた。

「こういうときのために、以前から架空の女子高生を装ったアカウントを育てていたのだけれど」

「流石は循だね。でも大丈夫? ちゃんと普通の女子高生を装えてる? 本アカみたいにDBDキラーのパーク構成とか、お気に入りのSCP考察とか唐突に語り出してない?」

「心配はいらないわ。たまに適当な恋バナと学校生活の愚痴に交えて、ばえる・・・カフェメニューや、タピオカミルクティーとか白い鯛焼きの画像をあげて雰囲気を盛りあげているわ」

 得意げな調子で宣う茅野に桜井は苦笑する。

「タピオカと白い鯛焼きは少し古いんじゃあ……」

 その桜井の指摘をスルーして茅野は話を本題に戻す。

「兎も角、そのアカを使って、彼とコンタクトを取るわ」

 茅野は村上のアカウントをフォローすると、彼にDMを打ち始めた。やがて、文面を書きあげると送信ボタンをタップした。

「後は、良い結果が出るのを待ちましょう」

 そう言って、茅野はすっかり温くなった珈琲を飲み干しソファーから腰を浮かせた。

 この釣りの結果は意外なほど早く出る事となった。 

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