【13】搾取者


 小関紗由が教師を目指した理由は、世の中を変えたかったからだった。

 この国に蔓延はびこる理不尽は、かび臭い既得権益きとくけんえきにしがみつく年寄りたちによる、旧態依然きゅうたいいぜんとしたあらゆるシステムに問題があるのだと考えていた。

 それらを刷新しなければ、この国のより良い未来はあり得ない。

 しかし、そうした年寄りたちが、あっさりと利権を手放し、新しい世代に席を譲り渡す事はまずあり得ない。

 彼らは基本的に若者を侮り、年月を重ねてきた自分たちこそが正義であると信じ込んでいる。それが多くの場合に当てはまる事実なのかはさておき、小関はそう考えていた。

 年寄りは自分たちの話を聞かない。

 ならば、これからの社会を担う若い世代の方を何とかしなくてはならない。

 古い体制から享受される安寧に惑わされる事なく、より良い未来を目指していける気概と叡知を持ち合わせた若者たちを育てたい。

 だから、彼女は教師になった。

 しかし、そこに待ち受けていたものは絶望的な現実だった。

 享楽的に、刹那的に、考えなしに、十代の貴重な時間を無駄に浪費し続ける子供たち。

 彼らは小関が考えている以上に未成熟で愚かだった。

 いくら、崇高な志を説こうとも、その言葉は彼らの耳をすり抜けて、胸の奥まで届く事はなかった。まるで動物か何かを相手にしているかのような感覚。

 次第に彼らへの失望は積み重なり、苛立ちとなって、憎しみを招いた。

 そこで小関は、その愚かな子供たちをいけにえとして、自らの手で世界を変える事にした。




 それは小関紗由が子供の頃に晩酌中の祖父から聞いた話だった。

 両親を物心つく前に亡くし、学校でも友だちがおらずにいじめを受けていた彼女の心の拠り所は、年老いた彼だけだった。

 祖父だけが、例外的に小関の言葉に耳を傾けてくれる年寄りであった。

 さておき、その祖父の話によれば、自分たちの先祖は大昔、この町の外れにある四津という地域に住むものだったのだという。

 祖父が言うには四津に住んでいた者たちは、今でこそ食肉解体や家畜の供養を請け負っていたとされているが、その実は異形の神を崇めていた呪術集団であったのだという。

 その力は本物と恐れられ、いとわれていたらしい。

 そのうち彼らは不当な迫害の末に散り散りとなる。

 土地を捨て、県南の山中へと流れたものが大半であったが、中には姓を変えて、この地でひっそりと暮らす事を選んだ者たちもいた。

 それが小関家の先祖なのだという。

 まるで、夢物語のような話だったので、とうぜんながら小関は祖父の言葉を疑った。

 しかし、家の庭先にある古い蔵の中に、その証拠があるのだと彼は言う。

「……クダンサマは、ちゃんとしたやり方で頼めば何でも願いを叶えてくださる」

 後日、祖父が見せてくれたのは、先祖たちの崇めていた異形の神と繋がる方法が記された古文書だった。

 とうぜんながら、幼い彼女には、その古文書の内容を読み取る能力はない。だから、祖父の言う事が本物か否かは解らず、何か証拠を見せて欲しいと頼んだ。

 すると、祖父は笑いながら「じゃあ、今、紗由ちゃんのいちばん望んでいることをクダンサマにお願いしてみようか」と、言った。

 その日から、祖父はときおり真夜中に家を出るようになった。小関が行き先を尋ねても、祖父は「クダンサマのところだよ」と言って、笑うばかりであった。

 そうして、一月ひとつきが経った頃だった。

 小関を虐めていた同級生が死んだ。

 台風のあと、増水した用水路の周囲で遊んでいたところ、足を滑らせて溺れたらしい。

 祖父はこの件について「クダンサマのお陰だよ」と優しく微笑みながら言った。

 この出来事を経て、小関はクダンサマの力を始めとした呪術的な力を信じるようになった。




 クダンサマの力を使って世の中を変えようと考えた小関であったが、その力を行使する方法を知っていた祖父はすでに他界していた。

 仕方がないので、彼女は祖父の知り合いであった阿武隈礼子あぶくまれいこという女を頼る事にした。

 彼女は県南の山間に住む遠縁の親戚なのだという。

 思い立ったその日に、小関は阿武隈に電話でアポイントをとって彼女の住居へと向かい、思いの丈を打ち明ける。

 すると、阿武隈は小関に共感を示し、是非とも協力したいと願い出てきた。

 彼女は力を持っていた先祖たちが、不当に住んでいた土地を追われた歴史について憤りを感じていたのだという。

 そして、真に優秀な者が差別を受けて虐げられる理不尽な世の中に、変革をもたらしたいと願っていた。

 しかし、誰かを呪い殺す程度なら犬猫程度で済むが、世の中を変えるとなるとそうもいかない。

 人間の生け贄……それも複数人。

 そうなってくると、とうぜんながら儀式を取り行うのに多大なリスクが伴うようになる。

 そこで阿武隈は、古文書の儀式を改良する事にした。そうして完成したのが現在の“クダンサマゲーム”である。

 阿武隈いわく、このクダンサマゲームの優れたところは、生け贄が勝手に儀式を取り行い、自らクダンサマの供物となってくれる点なのだという。

 本来の儀式の行使者である小関は、何一つ手を汚す必要はない。

 クダンサマゲームの噂を知ったものたちが、勝手に儀式を執り行い、小関のために生け贄となってくれる。

 そして、いっけんすると子供の遊びのようなので、儀式の真の目的や全貌を悟られにくい。

 小関がやった事といえば、阿武隈が用意した木箱に自分の名前を書いた札と一束の髪の毛を入れて、奇妙な祝詞のりとを唱えただけだった。

 この箱の中身を誰かに暴かれたとき、小関は代償を支払わなければならないのだという。なので、その箱は阿武隈の家の地下室にて厳重に保管される事となった。

 こうして小関は当時の教え子だった冨田昌子にクダンサマを呼び出す方法を吹き込んだ。

 結果、小関の思惑通り、冨田は友人たちと共にクダンサマの生け贄になってくれた。

 そして、一九九二年の最後の一人である小関明日香が自殺したあと、クダンサマが願い事を聞き届けるために、小関紗由の夢の中に現れる。

 そこで彼女が求めたのは、世の中を変える事のできる影響力であった。

 みんなが自分の話に耳を傾けてくれれば、きっと世界は良い方向へ進むのだと、頑なに信じて……。

 すると、夢の中のクダンサマは、奇妙なお告げを口にする。

 小説を書いて、賞に出すようにと。ただ、それだけだった。

 正直なところ半信半疑であった。小説など生まれてこの方、書いた事などなかったからだ。そんな事をして意味があるようには思えなかった。

 しかし、小関紗由おせきさゆは言われた通り、何とか生まれて初めての小説を完成させ、ある文学賞に応募した。

 すると、その応募作が見事に大賞を射止め、更には芥川賞にも選ばれる。

 ペンネームは湯崎瀬緒ゆさきせお

 本名をひっくり返し、適当な漢字を当てただけだった。

 こうして小関は限界を感じていた教職を辞して、作家業に専念する。

 それからまもなく、コメンテーターとしてテレビ番組にも呼ばれるようになり、彼女はお茶の間の顔となった。

 因みに二〇〇五年の生け贄の一人である上倉辰馬は、小関の同級生の息子であった。 

 その同級生から、彼がネット上でのコミュニケーションにはまっている事を聞いていた小関は、それを利用する事にした。

 当時、上倉がよく利用していたチャットサイトや掲示板にて、彼に接近し交流を重ねた。話を合わせ、仲良くなったところで自分も大神町出身であった事を明かし、更に距離を縮めようと試みる。

 上倉は広大なネット上で偶然にも・・・・同郷の者と出会えた奇跡に感動していたようだった。

 そこで満を持して、小関は彼にクダンサマの儀式のやり方を教える。

 上倉は何の疑いも持たずに、その話に興味を持ち、たいそう面白がっていた。

 そうして彼は、友だち三人を道づれにして生け贄となり、小関は見事に衆議院選挙初当選を飾る。

 この数日後だった。

 阿武隈礼子が他界する。

 二〇〇四年の中越震災で頭部に怪我を負った彼女は、ずっと意識が戻らないままだったのだ。

 因みに例の木箱は震災によって発生した土砂崩れで埋もれたきりになっている。

 それだけが不安といえば不安であったが、小関紗由の湯崎瀬緒としての活動は今に到るまで順風満帆じゅんぷうまんぱんであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る