【11】儀式の正体


 二〇二〇年九月十四日の昼休み、藤女子部室棟二階の端のオカ研部室にて。

「……その翻訳家の左手にも、二〇〇五年と一九九二年の自殺者と同じように“牲”という文字が彫られていたそうよ」

 そう言って、たっぷりと甘くした珈琲に口をつけたのは茅野循であった。

 すると、桜井梨沙が弁当箱の中の照り焼きチキンソテーを一切れ摘みながら、質問を発した。

「……その人が、二〇〇五年に生き残った人?」

「恐らく、そうでしょうね。ケビン・オーキ……大木ケビンは、このノートにも名前があったし、間違いないと思うわ」

 茅野が鞄の中から“みんなの交流ノート”を取り出し、サンドウィッチの包装をむき始める。

 そのノートを恐々こわごわと見つめながら、弁当箱のプチトマトを摘まむのは西木千里である。

 彼女は既に桜井と茅野から、二〇〇五年と一九九二年の連続自殺についての情報や、昨日の大神町での探索の話を耳にしていた。

「……けっきょく、あの落書きと、クダンサマとかいうのは関係があるの?」

 その西木の疑問に茅野が頷く。

「大ありよ。まず、儀式は四人で行わなければならず、ノートに参加者全員の名前と呪文を書くところからスタートする。すると、その夜、クダンサマの夢を見るそうなんだけど、その夢で一週間以内に例の暗号の場所をすべて廻るようにお告げされる。それが終わると、またノートに名前と呪文を書いて、再びクダンサマの夢を見る。その夢でもお告げがあり、その通りに行動する。それから、再びノートに名前を記す。その繰り返しらしいわ」

「夢の中に、クダンサマが出てくるのかな?」

 と、桜井。彼女の問いかけに茅野は答える。

「そうだと思うけれど、何とも言えないわ。翻訳家のブログには“Kudan―sama's dream”とだけあって、夢の内容に関する具体的な記述はなかったわね」

「ふうん……」

 と、桜井はいつものように気のない返事をしてから、弁当を平らげるのに本腰を入れ始めた。

 茅野は、そのまま話を続ける。

「二番目のお告げは『左手に“牲”と彫る』 三番目のお告げは『一週間、午前二時と四時と六時に起きて、鏡に向かい“クダンサマのお告げは絶対”と百八回唱え、コップ一杯の水を飲む』 四番目のお告げは『一週間、穀物と水以外口にしない』 そして、五番目のお告げで死ぬ事を命じられたらしいわ。そのときには、なぜか自分は死ななければならないと思ったそうよ」

「死ななければいけないって……いったい、何が目的の儀式なの? それ」

 西木は苦笑する。茅野がブログの記述を思い出しながら質問に答える。

「その翻訳家によれば、表向きは・・・・クダンサマを呼び出して、未来を操作する力で願いを叶えてもらう事が儀式の目的らしいのだけれど……」

表向きは・・・・……?」

 桜井がくまさんの水筒のキャップをねじりながら反応を示す。茅野は頷いて答えた。

「これはあくまで、その翻訳家の見解らしいけれど、“あの儀式そのものが、クダンサマという何か・・四つの生け贄・・・・・・を捧げるためのもの”だそうよ」

「四つ? まさか、その生け贄って……」

 西木が表情を引きらせる。すると、茅野は悪魔のように笑う。

儀式の参加者・・・・・・こそが・・・クダンサマ・・・・・への生け贄・・・・・という事ね・・・・・

「そんな……」

 絶句する西木。

「ブログによれば、儀式は一見すると子供の遊びのようだが、巧妙に本物の呪術的要素が混ぜ込まれていているらしいわ。手順通り行うと……」

 そこで、茅野はいったん思案顔を浮かべてから口を開く。

「ええっと……原文だと、儀式を行う事によってChannel matches……つまり、クダンサマと“チャンネルが合う”らしいわ」

 桜井は持参したほうじ茶をグビグビと飲んでから口を開いた。

「……で、けっきょく、そのクダンサマって、いったい何なの?」

 茅野が何とも言えない表情で首を横に振った。

「その翻訳家によれば、クダンサマは“Something like Molek”としているわ」

「モロクのようなもの……」

 西木が日本語訳を口にすると、桜井は首を傾げる。

「もろく……?」

 茅野がいつも通り解説を始めた。

「大昔、中東辺りで崇められていた神の名前ね。キリスト教では、ご他聞に漏れず悪魔とされているわ。子供を生け贄とする儀式によって祀られ、その頭は牛だったと言われている」

「頭が牛?」

 と、今度は西木が首を傾げる。

「確か、クダンって、顔が人間で、身体が牛の妖怪じゃなかったっけ?」

「そうね。件は顔が人間で身体は牛。ただ、太平洋戦争末期や戦後、そして、八十年代くらいに兵庫県西宮市や六甲山で、牛女が出没するという噂があったそうなんだけど……」

 そこで、桜井が舌舐りをした。

「うし、おんな……霜降り?」

「食べようとしないで頂戴ちょうだい、梨沙さん」

 茅野がすかさず突っ込むと、桜井は「えへへへ……」と、照れ臭そうに頭をかいた。そして、西木が脱線した話を元に戻す。

「その牛女っていうのは何なの? 茅野っち」

「まあ、口裂け女や花子さんのような都市伝説上の妖怪ね。頭が牛で着物姿らしいけれど」

「頭が牛……クダンサマと同じ」

 その西木の言葉に茅野は首肯を返す。

「六甲山辺りでバイクを襲ったり、死んだ動物の肉を食べていたという目撃情報があったらしいわ」

「牛は草食……」

 珍しく、桜井がまっとうな突っ込みを繰り出した。茅野はくすりと微笑んで話を続ける。

「……ただ、その牛女も“未来を予言した”なんていう話があるそうよ」

「それって、モロクの……」

 西木は目を見開く。すると、茅野が頭を縦に揺らしてから、話をまとめに掛かる。

「もしかしたら、牛女と同種の怪異なのかもしれないわね。大神町のクダンサマは……」

 そこでテーブルの上にあげてあった茅野のスマホが電子音を奏で始める。

 ディスプレイには九尾天全の名前が表示されていた。

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