【10】闇の歴史
一九九二年九月十四日の放課後だった。冨田、阿岐、雨宮、小関の四人は、さっそく帰宅すると自転車に乗って集まり、例の暗号が指し示していた陸橋の高架下へと向かう。
そこにも同じように“ro2y2o5”から始まる文字列が記してある。解き方は既に判明しているので、その暗号が示した場所を割り出すのは簡単な事だった。
四人は自転車を漕いで、四津橋へと向かう。お堂の千羽鶴の中から暗号が記されたものを発見するのに手間取ってしまい、日没を迎えてしまう。
そして、九月十五日の放課後。
前日と同じように集まり、次の五頭堂へと向かった。
この五頭堂とは、四津と呼ばれる地域に広がる、田園の真ん中にある塚の上に建った小さな祠の事であった。
だいたい犬小屋程度の大きさで、立派な一本杉の
常に御扉は閉ざされており、中には何が祭られているのか、そして、そもそも、どんな由来があるのかも知られていない。
しかし、誰かが手入れをしているらしく、祠の周囲は常に雑草が刈り取られている。祠自体も傷んでいる様子は見られない。
そして、例の“ro2y2o5”から始まる文字列は、祠の裏側にスプレーで記されていた。
冨田が暗号をメモしてローマ字に変換している間、小関がふと思い出した様子で言った。
「そう言えば、おじいちゃんから聞いたんだけど……」
「なんだ?」
と、反応を示したのは阿岐だけだった。小関は話の続きを口にする。
「この町には昔、五頭堂と同じような祠が何ヵ所もあったんだって。今は、ここしか残ってないらしいけど……」
「ここって、何なんだろうな。子供の頃からあるけど……」
阿岐が祠の屋根を、ぽんぽんと右手で叩いた。
「お稲荷じゃないの?」
と、小関が反応を示す。
すると、刈り入れを控え黄金色に染まった田園風景をぼんやりと眺めていた雨宮が答えた。
「確か、この辺りって、昔は食肉を解体したり、死んだ馬とか牛を供養したりしていた人たちの集落があって、五頭堂はそういう動物を弔うためのお墓なんだって」
「ああ……」
と、小関は視線を上に向けながら声をあげる。
これも祖父から聞いた事があった。
かつて、この四津という土地には、そうした生業の者たちが暮らしていたのだという事を。そもそも、地名の“四津”は“四つ脚”からきているのだとか。
更に祖父が言うには、大昔、動物の死体は
今はもう、この四津と呼ばれる地域に住む者は誰もいない。かつて差別されていた居住者たちの行方は、ようとして知れない。
それがずいぶんと闇深い事のように思えてきた小関は、表情を曇らせる。
「……クダンサマも牛だし、何か関係があるのかな?」
「どうだろ……」
雨宮は小関の言葉に曖昧な返事を返した。
すると、そこで冨田が顔をあげて、阿岐と雨宮と小関の顔を見渡した。
「次の場所、わかったわ。六法寺よ」
ここから、それほど離れていない場所にある古い寺であった。
四人はさっそく六法寺へと向かった。
六法寺の境内を手分けして探す四人。結果、墓地にあった水場の小屋の裏側に例の文字列を発見する。下部の雑草に埋もれるかどうかの目立ちにくい場所に記してあった。
再び冨田がメモ用紙とペンを手に持って、文字列をローマ字の文に変換する。
そして、また次の場所へと向かう。
その工程を繰り返すうちに、四人は次第に気分を高揚させていった。謎解きがもたらす達成感が彼らの心を鷲掴みにしたのだ。このとき、四人は自分たちが物語の主人公になったかのように錯覚し始めていた。
阿岐が楔となっているだけで、さして仲良くなかった彼らは、この謎解きによって、これまでにないほどの一体感を覚えていた。
そうして、空が黄昏色に染まり始めた頃、四人は“団地の交差点”へと辿り着いた。しかし……。
「何もないね……」
冨田が多少鼻白んだ様子で言った。二つの歩道が交わった角から、交差点の中央を眺める四人。
「……でも、これで十ヵ所目だよな? なら、これで終わりって訳だ」
と、阿岐が言った。すると雨宮が他の三人の顔を見渡す。
「どうする? 今から『ファーストラウンド』に行く?」
クダンサマのお告げの通り行動した者は、再び『ファーストラウンド』のノートに名前と呪文を記さなければならない。
「明日で良いんじゃない? 期限は一週間以内でしょ? まだ余裕あるって」
と、小関が口にした瞬間だった。
「おい! あれ!」
阿岐が声を張りあげながら交差点の中央を指差した。
他の三人も視線を彼の指差す方向へと向ける。
そこには、喪服のようなスーツをまとった異形がいた。
二本の湾曲した角。
木の葉型の耳。
突き出た鼻。
その頭部は牛だった。
夢に現れたクダンサマ。
唖然とする四人の事を真っ黒な瞳で、じっと
交差点を通過する車の運転手たちは、その存在に気がついていないようだった。
やがて、クダンサマは目を細め、口をわずかに開いたあと、まるで始めから何もいなかったかのように消え失せた。
「何もないね」
と、言って、ぼんやりとした眼差しで交差点を行き交う車を眺めるのは、桜井梨沙であった。
その彼女の言葉に「そうね……」と、気だるげに同意を示したのは茅野循である。
雨は既に止んでいた。日没が近づきつつある薄暗い空には、鼠色の雲が渦を巻いている。
桜井と茅野は『ファーストラウンド』を出たあと、西木の写真にあった暗号の示す場所を順番に巡る。
そして、特に何も起こらないまま、最後の“団地の交差点”まで辿り着く。
団地の駐車場に車を停めて、交差点の付近を歩き回ってみるが、目につくものは何もない。
「……けっきょく、あの暗号は自殺と関係があるのかな?」
桜井の言葉に茅野は小さく首を振った。
「解らない。ただ、実際にこの目で見てはっきりしたけど、あの落書き、とても何年も前に描かれたもののように思えなかったわ」
「じゃあ、十五年以上前の事件と関係ない?」
「まだ、何ともいえない」
茅野は、そう言って思案顔を浮かべた。
このあと、手詰まりとなった二人は、いったん引きあげる事にした。
団地の駐車場に戻り、銀のミラジーノに乗り込み、帰路へと着いた。
その日の夜であった。
茅野は自室でパソコンに向かい、例のノートにあった名前の素性を調べようとしていた。
すると幸運にも、彼女は辿り着く。
それは海外のニュースサイトだった。
ディスプレイに表示された記事の見出しには、次のように書いてあった。
『
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