【09】クダンサマノート


 桜井と茅野は雨垂れの音が響き渡る薄暗い廃墟の中で『みんなの交流ノート』へと視線を落としていた。


 『冨田昌子』

 『阿岐信也』

 『雨宮夏子』

 『小関明日香』

 読み方の解らない漢字の羅列。


 そのページの上部に記された日付は一九九二年九月十一日。

 それから、こういったノートにありがちな書き込みやイラストをいくつか挟んで、この四人の名前と日付が何回かに渡って記されていた。

 その数は全部で五回。

 そして、次に現れたのは……。


 『上倉辰馬』

 『湊晶子』

 『三上敦子』

 『大木ケビン』 

 読み方の解らない漢字の羅列。


 彼らの名前もまた、他の書き込みやイラストに混ざって五回繰り返されている。その五回目の書き込みがあった頁のあとは、最後まで白紙で何も描かれていない。

 

「……これは、スペクタクルの予感」

 桜井の瞳が輝きに満ち溢れる。そこで茅野がある事に気がつく。

「梨沙さん、これを見て頂戴ちょうだい

「どれ」

 それは、冨田、阿岐、雨宮、小関グループの五回目の書き込みがあった頁の上部であった。

 そこには“一九九二年十月二十三日”とある。

「この日付……」

 そう言って、茅野は頁を一枚めくった。

 すると、次の頁の上部に記された日付は“二〇〇五年九月七日”とある。

 その頁から、上倉、湊川、三上、大木グループの書き込みが始まっていた。

「……ずいぶんと、飛んでるね。十三年?」 

「それから、このイラストを見て欲しいのだけど……」

 と、茅野は、ぱらぱらと頁をめくり一九九二年十月二十三日以前に描かれたイラストを指差す。それは、何の変哲もないアニメ調の美少女の顔だった。

 前髪がやたらと跳ねあがっていて、髪束がひとつひとつ細い。髪の毛のツヤがギザギザに描かれており、顔のパーツの目の比率が大きい。頬には三本線が入っている。

 それを見た桜井は感想を漏らす。

「……何か古の美少女って感じだね」

「それから、これ」

 茅野は次に一九九二年十月二十三日以降の頁をめくり、同じような美少女イラストを指差す。

 今度のものは、髪束が太く木の葉に似た形で髪の毛のツヤは描かれていない。さっきのイラストに比べると顔の輪郭が丸みを帯びており、目も小さくなっている。頬の三本線は見当たらない。

「今風に近づいた感じ……」と桜井が感想を漏らし、茅野は頷く。

「確定ではないけれど、イラストの変遷を見るに、このノートが二つの年代で使われていた事は間違いなさそうね」

 桜井が両腕を組み合わせ「なるほど」と、難しい顔をしながら言葉を続ける。

「そういえば、一九九二年と二〇〇五年って……」

「例の連続自殺があった年ね。更に言えば、両グループの最後の書き込み……十月二十三日と十月二十日だけれど」

「その日付がどうかしたの?」

「一九九二年のとき、一人目が自殺したのは、十月二十四日で、二〇〇五年の一人目が自殺したのは十月二十二日よ」

「どっちも、ニアピンだね。もしかして、この四人の名前が、それぞれの年に自殺した人たちって事かな?」

 この桜井の言葉に茅野は眉間にしわを寄せる。

「まだ、何とも言えない。自殺者たちの本名は伏せられているから。ただ、あとで調べてみる価値はあるでしょうね」

「しかし、これは、いよいよおかしくなってきた訳だけど……九尾センセに聞いてみる?」

「ええ。このノートの写真と、例の西木さんが撮った写真を送りつけましょう」

 毎度お馴染みとなった、業界きっての最強霊能者、九尾天全を用いた心霊探知法である。

 桜井は手早くノートの写真を撮影すると、西木からもらった例の暗号の画像と一緒に、九尾へと送りつけた。

 しかし、すぐに反応はなかった。

 桜井はしょんぼりと眉尻をさげる。

「最近、九尾センセ、反応が鈍いよね……」

 これについて、茅野は肩をすくめ、己の見解を述べる。

「まあ、九尾先生も、あれで腕利きの霊能者らしいし、忙しい事もあるわ。むしろ、今まで私たちに付き合ってくれていたのが、特別な事だったのかもしれない」

「そだね。また、そのうち一緒に遊んでくれるようになるよね」

 と、機嫌を取り直し、桜井は同意した。

「取り敢えず、次は西木さんが撮った写真の場所を順番に巡ってみましょう。何か新しい事が解るかもしれないわ」

「そだね」

 二人は『ファーストラウンド』の玄関へと向かった。

 そこで桜井が何かを思い出した様子で質問を発した。

「……そういえば、最後の場所の暗号には、なんて書いてあったの?」

「ああ、拾石建設資材置場ね」

「そこにも、次の場所が?」

 茅野は頷いて、その文字列をそらんじた。

「ro2y2o5a2aro5a3rr2o3r2a6o5o2r……ネクスト、団地の交差点よ」

「そこには……?」

 と、言いながら桜井が暗幕を手で払い、入り口の扉を開けた。

 その背後で茅野が答える。

「……この町に団地と呼べる共同住宅は二ヵ所。そのうち、交差点と団地の敷地が隣接しているのは片方だけ。で、西木さんに確認したところ、彼女も地図を確かめて、その団地のある交差点にいったそうなんだけど……」

「いったそうなんだけど?」

 二人は外に出た。

 雨足はかなり弱まっていた。茅野が傘を差し終わったあと、話の続きを口にした。

「……そこには、何もなかったそうよ」

「ふうん」

 桜井がぼんやりと返事をした。

 そのあと、二人は小雨降りしきる中、車少し離れた沿道に停めていた銀のミラジーノに向かって歩き始めた。 

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