【02】クダンサマ
二〇〇五年の事だった。それは、夏休み明け。
強烈な西陽に照らされた大神中学校三年五組の教室内での事だった。窓際の真ん中辺りの席を中心に、何人かの生徒が集まって雑談に興じている。
その中の一人だった
上倉は人当たりがよく人気者だった。
対する大木は両親の離婚で、アメリカから母の実家があるこの町に越してきた余所者である。髪や瞳の色も違う。
しかし、それでも、彼が分け隔てなく接してくれたお陰で、この閉鎖的な田舎町にうまく馴染めていた。
そんな上倉が、ふと他愛のない話題が途切れた瞬間に、その言葉を口にした。それが、呪いの始まりだった。
「“クダンサマ”って知ってるか?」
もちろん、聞いた事はなかった。大木は椅子に座った彼を見おろしながら首を横に振る。
すると、同じく初耳だったらしい、彼の隣の机に座った小柄な女子が、足をぶらぶらとさせながら首を傾げた。
「クダンサマ?」
彼女と上倉は幼馴染みであった。共に“
その幼馴染みの言葉に上倉が頷くと、彼の前方の席に腰をおろしていた
「クダンって、あの
「いや」と、上倉は意味深な笑みを浮かべながら、
「クダンサマは、
「ふーん。そうなんだ……」
何やら釈然としない様子の三上であったが、上倉は話の続きを口にする。
「……そのクダンサマが口にした事は必ず起こる。どんなに確率の低い事でも、絶対にそうなる。クダンサマが“宝くじで一億円当たる”と言ったら当たるし“好きな人と結ばれる”と言ったら、必ず実現する。クダンサマは未来を操る力があるらしい」
「じゃあ、私もキムタクと結婚できる!?」
と、黄色い声をあげる三上。
そんな彼女の言葉に、大木が笑う。
「……クダンサマの力を使えばね。ただ……」
と、そこで、上倉はいったん言葉を区切った。
近くを通りかかった選挙カーが地元出身の候補者の名前を連呼し始めたからだ。
まだ子供だった四人にとって、それは単なる傍迷惑でしかなく、一様に顔をしかめて、その騒音が鳴りやむのを待った。
そして、徐々に静寂が舞い戻った頃合いだった。湊が「ただ、何なの?」と話の続きを促した。
上倉は咳払いを一つして、中断した話の続きを口する。
「もしも、クダンサマの機嫌を損ねてしまうと、命の保証はないらしいけど」
「命の保証……」
大木は、ごくりと唾を飲み込んだ。異国で生まれた彼にとって、日本文化の何もかもが新鮮で驚きに満ちていた。
特に彼の興味を強く引いたのは、コミックやアニメーションなどのサブカルチャーと、この国特有の暗く湿った怪談話や都市伝説の類であった。
固唾を飲んで、上倉の話に耳をそばだてる。
「これ、先輩から聞いた話なんだけど……いまから十年以上前だ。俺らが生まれるか、生まれていないか……兎に角、それぐらいに、この学校の生徒たちがクダンサマを呼び出す儀式を行ったらしい」
「それで?」
神妙な表情の湊が合の手を入れる。上倉は一呼吸置き、その場にいる全員の顔を見渡してから話を続けた。
「……儀式は成功した。しかし、その生徒たちはクダンサマの機嫌を損ねてしまったんだ」
「……え、それで、どうなったの?」
三上の表情が恐怖によって曇る。
「……その生徒たちに向かってクダンサマは告げたそうだ。『お前ら全員死ぬ』って」
「ひっ……」
湊が掠れた悲鳴をあげた。同時に彼女の座っていた机が、がたんと音を立てた。
その様子を見て上倉は満足げに微笑む。
「……後日、その生徒は全員、自殺してしまったらしい」
「それ、本当の話なの?」
大木が眉をひそめた。すると、そこで三上が何事かを思い出した様子で声をあげた。
「……それ、聞いた事あるかも」
「マジで!?」
と、大木。三上は頷く。
「それって、確か一九九二年の集団自殺……」
「ああ……」
その話ならば、大木も以前に聞いた事があった。
一九九二年のある週に、この狭い町で立て続けに四人の少年少女が自殺した。
彼らは、この大神中学校の生徒で全員が同じクラスだったのだという。遺書などは見つからず、特に悩んでいる様子もなく自殺の動機は不明。
都会ならいざ知らず、この人口の少ない地方の狭い地域で、立て続けに十代の自殺が発生したのは異例であり、明らかな異常事態であった。
「……その事件が、クダンサマの仕業?」
大木の言葉に上倉は頷く。
「先輩が言うには、そういう事らしい」
すると、三上が鼻を鳴らして笑う。
「……てか、そんなの嘘でしょ。黙って聞いてたけど、クダンサマなんている訳ないじゃん」
「
その上倉の言葉を聞いた他の三人は息を飲んで、彼の元に視線を集めた。
上倉が得意げに笑う。
「クダンサマを呼び出す儀式のやり方、俺、知ってんだ」
その直後、外のグラウンドから金属バットが硬球を弾く音が響き渡り、四人の
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