【03】自殺ゲーム
二〇二〇年九月十三日は朝から蒸し暑かった。大気中の湿度が飽和しており、今にも破裂してしまいそうな気がした。
しかし、陽光は乏しく、
もうすぐ、激しい雨がやって来る。
わざわざ、予知するまでもなく、それは誰の目から見ても確実な未来であるように思えた。
しかし、桜井梨沙と茅野循は自重しない。
朝っぱらから銀のミラジーノに乗り込み県庁所在地の方面へと延びたバイパスを行く。その先にある謎と怪奇を探りに。
「……で、聞き忘れていたけどさ」
と、ハンドルを握った桜井がおもむろに話を切り出す。
「西木さんに話を聞いたとき、大神町って名前に何か意味深な感じだったけど……」
すると、助手席の茅野がサイドウィンドから視線を前方に戻して、語り始める。
「大神町では、一九九二年と二〇〇五年の十月下旬の短い期間に、相次いで複数人の中学生が自殺しているの」
「うへえ……何それ。何かの呪い? それとも、ウェルテル効果だっけ?」
茅野は首を振る。
「二〇〇五年のとき、一人だけ発見されるのが早くて助かった人がいるのだけれど、その人物は後に“クダンサマに予言されたから、自分たちは死ななければならなかった”と述べたらしいわ」
「くだんさま?」
首を傾げる桜井。茅野が解説する。
「クダンというのは、未来を予知する事ができる、顔が人間で身体が牛の妖怪の事ね。二〇〇五年の一件で自殺した中学生たちは、そのクダンサマを呼び出す儀式を行っていたというわ」
「こっくりさん的なやつ?」
この言葉にも茅野は首を横に振った。
「儀式を始めたあとに
「いくつかの課題……?」
桜井の表情が、ますます混迷を深める。茅野はそのまま解説を続けた。
「その課題についての具体的な内容は、推測は可能だけれど、詳細は明かされていないから何とも言えない。ただ、その課題の一つに、特定の部位を自傷するというものがあったらしいわ。一九九二年のときも、二〇〇五年のときも、自殺者の左手に“牲”という文字が彫られていたらしいのだけれど、助かった人物によれば、その傷は自殺者たちが課題として自分で自分の手に彫ったものだそうよ……」
「うへえ」
顔をしかめる桜井。
「で、けっきょく、クダンサマは出てきたのかな?」
「いいえ。たぶん、クダンサマなんて、いないのだと思うわ」
「じゃあ、そもそも、何なの? その儀式って」
「これは、“青い鯨”と同じ、自殺ゲームの一種なのだと言われているの」
「あおい……くじら……?」
桜井が首を傾げると、茅野が解説する。
「青い鯨は、二〇一五年頃にロシアのSNSで発祥した参加者に自殺を促すゲーム、または、そのゲームを取り仕切る自殺コミュニティの事ね」
「ふうん……」という、桜井の気のない返事を聞き流しながら、茅野は青い鯨についての概要を語る。
「その自殺コミュニティに参加した者は、コミュニティの管理者から、毎日異なる指示を五十日間、実行するように要求されるのだけれど、最終的に自殺を促されるらしいわ」
「え? でも、そんなの本当に自殺しちゃう人なんているの? やっぱりやめたってならない?」
「それがいるのよ。参加者たちは、このゲームを行う過程で管理者に“この世では自分は価値がない”とか“死んだあとに自らが価値を持てる世界が約束されている”などと、巧妙に吹き込まれマインドコントロールをされるの」
「何か、宗教染みているね」
「ええ。例えば、その青い鯨の管理者からの指示で、早朝に起床して実行しなければならないものがいくつかあるらしいのだけれど……」
「時間指定とは、また億劫だね」
桜井がうんざりした調子で言った。茅野も苦笑を漏らす。
「これは、睡眠時間を奪って、正常な判断力を奪う事が目的らしいわ。そして、指示については、最初は簡単なものをやらせて、実行への心理的なハードルをさげ、徐々に過激な行為をやらせるように仕向けるの」
「ふうん。例えば、具体的にどんな事をやらされるの?」
「指定された時間にホラービデオを観るとか、紙切れに鯨の絵を書くとか。指定された時間に、どこかの屋上や線路など、自殺に適した場所へ向かわされるというものもあったわね。あと、青い鯨にも、指定された部位を自傷させる指示がいくつかあるわ」
「でも、途中で馬鹿馬鹿しくならないのかな? そんな訳の解らない事ばかりやらされて」
「……指示を実行した際には、証拠写真つきでコミュニティに報告しなければならないらしいし、管理者は“常に監視している”と脅しをかけるみたいね。もちろん、そんな事があるはずがないのだけれど」
「駄目だよ。他人に流されちゃ」
桜井が眉をハの字にして言った。茅野はくすりと笑って同意する。
「まあ、そうなのだけれど、普通はそういったコミュニティの同調圧力には、なかなか逆らえないものよ」
「そっかー」
と、一応は納得してみせる桜井。そして、新たな疑問を提示する。
「でもさ、その青い鯨っていうのの目的が参加者を自殺させる事だとしても、何でそんな事を……」
「さあ」と、肩を
「……こうした自殺コミュニティは世界にたくさんあって、その中の一つを取り仕切っていた男が二〇一六年に逮捕されたのだけれど、動機は広告収入目当てだと言われているわ」
「でも、わざわざこんなことしなくても……」
その桜井のもっともらしい突っ込みに、茅野は「そうね」と、同意して話をまとめに掛かる。
「……兎も角、このクダンサマに関する連続自殺は、青い鯨のような自殺コミュニティによる自殺教唆が原因だとされているわ。クダンサマを呼び出す儀式も、青い鯨で行われる管理者からの指示のように、いっけんすると何の意味があるのか良く解らない事ばかりだったんじゃないのかしら。その儀式を実行する過程で徐々に参加者たちをマインドコントロールしていって、最終的には“クダンサマに死ぬと言われたから死ぬしかない”と思い込むように誘導されたと考えられているわ」
「でも、その青い鯨が発祥するより、クダンサマは十年以上も昔の話だよね」
「そうね。二〇〇五年ならば、mixiがギリギリあったかしら? でも、一九九二年なんていったらネットのコミュニティや通信端末も未発達だし、どうやって、クダンサマの儀式を参加者に実行させたのかが謎ね」
「それに、誰が何の目的で、そのゲームをやらせたのかもね」と、桜井。
すると、ちょうどそのとき、頭上の道路案内標識に『大神町』の名前が現れた。
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