【01】瞬殺
発端は二〇二〇年九月十日の昼休み、藤見女子オカ研の部室での事だった。
「……さやぽんの配信、ヤバかったよね」
と、話を切り出したのは西木千里であった。そう言い終わったあとで花柄のランチクロスの結び目をほどき、弁当箱の蓋を開けた。
箸入れから箸を取り出し、ケチャップのついたミニハンバーグを摘まむ。
そんな彼女の言葉に同意したのは、桜井梨沙と茅野循である。
「……ラストで一気に四匹まとめて口の中に詰め込んだときは感動したよ」
桜井は感想を述べると、自作のツナマヨおにぎりにかぶりついた。そして、茅野がコンビニのサンドウィッチの包装をときながら苦笑を漏らす。
「十五分辺りで完全に手が止まったあと、持ち直したのは素直に凄いと思ったわ」
「あれは意識が飛んでたね。目がイッてた」
さしもの二人も、さやぽんの見せた底力に驚嘆を隠せない様子であった。
そこから、しばらく他愛のない話が続き、それぞれが昼食を食べ終わった頃だった。
西木が何かを思い出した様子で「あー……そういえば、この前、気になる事があって」と視線を上にあげながら、話を切り出す。
彼女の持ち込む話は、これまでに外れた試しがなかったので桜井と茅野は、にわかに神妙な表情になり、聞き耳を立てた。
「……この前、大神町に行ったんだけど」
大神町は県庁所在地から五駅ほど離れた平野部の小さな町だった。その地名が西木の口から吐いた途端、茅野は意味深な微笑みを浮かべ「大神町ね……」と呟いて、鼻を鳴らした。
これに、桜井が反応を示す。
「……その町に何かあるの?」
茅野は首を横に振る。
「取り敢えず、西木さんの話を先に聞きましょう」
「うん。了解」
と、桜井が答えると、茅野は西木に向かって問うた。
「それで、大神町に行ったのは、写真撮影かしら?」
「そう。それで、町の郊外に大きな陸橋があるんだけど……」
西木がスマホを取り出して指を這わせる。
「その橋桁にスプレーで落書きがたくさんしてあるんだけど」
「ああ、暴走族のやつでしょ?」
「そうそう。でもちょっと、これを見て欲しいんだけど」
そう言って、西木はスマホの画面を桜井と茅野に見せる。
それは薄暗い高架下で撮影された写真で、橋桁の壁面を真っ正面から写したものだった。
一面に極彩色の英単語や数字、何らかのシンボルマークが折り重なり合い、ところ狭しと踊り狂っている。
「これが、どうしたの?」
桜井は首を傾げた。茅野も西木の言わんとしている事がまだよく解っていないらしく、スマホ画面を見つめたまま眉間にしわを寄せていた。
西木が二人の顔を見渡し、スマホ画面を指差して言う。
「ここ。真ん中の白の英数字なんだけど」
その彼女が指し示した場所には……。
『ro2y2o5 e3r2o5moaa6a3』
と、書かれている。
「……これを覚えておいて」
そう言って、西木は再びスマホに指を這わせる。
桜井と茅野は何とも言えない様子で顔を見合わせた。
すると、西木がもう一度、二人にスマホを掲げる。
「大神町の外れの山沿いにある“四津橋”っていう橋の
スマホの画面には、オレンジ色の折り紙で折られた千羽鶴の翼がアップで写し出されている。そこには、細いマジックで次のような英数字が印されていた。
『ro2y2o5 fr2uma2r2m』
「これ、さっきのやつと同じ……」
桜井が目を見開く。
「この“ro2y2o5”という部分は同じね」
茅野は思案顔を浮かべる。
「まだまだ、あるわ」
そう言って、西木が画面を指でなぞって、次々と画像を表示させてゆく。
電話ボックス、公衆トイレ、墓石……。
そのすべてに、何らかの形で“ro2y2o5”から始まる謎の英数字が記されていた。その数は全部で九個。
「一度、気がついたら、急に目に入るようになって。これ、大神町のいろんなところに書いてあるの。一応、それぞれの英数字を検索してみたけど駄目だった。何か意味がありそうな気はするんだけど……」
と、西木が言ったところで、茅野が声をあげた。
「
「はっや、瞬殺!?」と、西木は目を剥き、桜井が促す。
「で、これって、いったい何なの?」
すると、茅野が得意げな微笑みを浮かべながら解説する。
「ある文字を別な文字に置き換える、シンプルな換字式暗号ね。解き方さえ解れば、誰でも簡単に読めるようになるわ」
「いやだから、何で、このスピードで解っちゃうのよ、茅野っちは……」
と、呆れ気味の西木。茅野は更に話を続ける。
「……これ、元の文章はローマ字で書かれていて、それをすべて、フォネティックコードの
「ふぉねてぃっくこーど……?」
と、桜井が首を傾げたので、茅野は説明を始める。
「無線通話なんかで、重要な文字と数字を正確に伝えるために定められた通話表の事ね。よく映画とかゲームとかであるでしょ? 『こちら、アルファ。ブラボー、応答願います』みたいなのが」
「あー、聞いた事あるかも」
「それの“アルファ”と“ブラボー”がフォネティックコードよ。アルファはアルファベットのAで、ブラボーがB。単にアルファベット一文字だけだと聞き間違いが多くなるから、Aがアルファ、Bがブラボー、Cがチャーリー、Dがデルタ、Eがエコー、Fがフォックストロット、Gがゴルフ……みたいに、こうしてアルファベット一つ一つに聞き分け易い単語を割りふっているの。この西木さんが撮ってきた写真の英数字は、各アルファベッドを、そのフォネティックコードの綴りの最後の文字に変換したものね」
そこで西木が質問を挟む。
「じゃあ、この数字は?」
「それは、最後の文字が被っているコードを識別するための番号ね。例えばAは“Alfa”で最後の文字はaなんだけど、Dも“Delta”でaになるの。だから、この暗号ではDはa2になる」
「ふうん……」
と、桜井が話をまったく理解していなさそうな顔で相づちを打った。いつもの事なので、とうぜんながら茅野は話を進める。
「……という訳で、この法則でさっきのいちばん最初の英数字をすべて変換すると」
そう言って、茅野が今度は自分のスマホに指を這わせ、その画面を二人に見せた。
『next yotubasi』
「ねくすと……よつばし……?」
桜井は眉間にしわを寄せ、西木が得心した様子で頷く。
「“ro2y2o5”は、nextっていう意味なのね?」
茅野は首肯する。
「それで、この英数字四津橋のお堂の中の千羽鶴にも書いてあったのよね?」
「ああ、うん」
と、西木がスマホに指を這わせ、千羽鶴の羽根を撮影した画像を表示させる。
それを見ながら茅野が更に自分のスマホに指を這わせて文字を打つ。
『next gozudou』
「ごずどう……? もしかして、この“ごずどう”っていう場所にも、同じような暗号がある?」
その桜井の言葉に茅野は頷く。
「その可能性が高いわね」
「つまり、この暗号は次に向かう場所を指し示しているって事?」
「そうね。恐らくは……」
茅野が頷くと、西木は首をひねりながら言う。
「誰かの悪戯? 宝探しゲームみたいな」
「にしては、少し手が込み過ぎているけれど……」
と、茅野。すると、そこで桜井が瞳をキラキラと輝かせながら言う。
「じゃあさ、今度の日曜日に大神町へ行ってみようよ! その日だったら、義兄さんから車借りれると思うし」
「良いわね。たまには、こういうのも面白そうだわ。暗号を辿った先に何があるのか……」
茅野が悪魔のように微笑む。
「西木さんはどうする?」
その桜井の問いに西木は申し訳なさそうに首を横に振る。
「ごめん。日曜日、バイト入ってるから。でも、気になるから、何か解ったら教えてよ」
「りょうかーい」
と、桜井が返事をした。
……そうした経緯で、桜井と茅野の二人は二〇二〇年九月十三日に、銀のミラジーノに乗り込んで大神町へと向かったのだった。
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