【07】アクシデント


 四人のミニバンが六骨鉱泉に近づきつつある頃だった。

 灰谷桂太郎はいたにけいたろうは、オフィスチェアに腰をおろし、デスクのパソコンモニターを凝視していた。

 このときの画面上では、九月六日に行われた謝罪配信のアーカイブが再生されていた。

 この日のオープニングは、陽輝に思いつく限りの知人、友人、親族の名前を呼ばせ、その一人一人に「生まれてきて、すいません」と、謝罪させるというものだった。

 それが済んだあとは予定どおり、皿に山のように盛られた生肉をキャンプ用のロースターで焼かせて食べさせた。

 すべては順調だった。上手くいっている。陽輝を脅して、関係者に直接電話を掛けさせたのがよかったのか、まだ警察が動いている様子はない。

 配信中のコメントをチェックしても、彼が誘拐されて監禁されているという確信を抱いている者はいないようだった。

 しかし、時間の問題だろう。いずれ誰かが気がつく。しかし、それでも、もう構わなかった。

 灰谷は既に満足していた。ある意味で・・・・・もう復讐・・・・は達成できて・・・・・・いるのだから・・・・・・

 この計画を閃いたあと、何度も思い止まろうと考えた。

 しかし、この陽輝という男と彼女・・のせいで、思い描いていた幸せな未来を奪われてしまった彼には、日々打ち込む事がそれしかなかったのだ。その事が災いした。

 この壮大で馬鹿げた絵空事を実現するために、少しずつ準備を進めるうちに、いつの間にかもう後戻りできない地点にまで辿り着いてしまった。

 まるで、一本ずつ積みあげ続けた藁の山が、気がつかぬうちに見あげんばかりの高さになってしまったような。もうやるしかなかった。

 結果、ほとんど計画は完遂しかけている。その過程において、ある一点・・・・・を除いて、予想外の事は起こらなかった。

 その“予想外”とは……。

こいつ・・・何て言ってるんだ・・・・・・・・?」

 それは、立ちのぼる煙に目を細めながら必死に肉を焼く陽輝の右肩の後ろ。

 そこに映り込んだネグリジェ姿の女。そこに・・・いないはずの女・・・・・・・

 最初に見たときは驚いたが、すぐに理解して受け入れた。彼女は、この世のものではない。

 この狂気の沙汰にふさわしい観客であると、灰谷は考えていた。

 そして、彼は女が何かの言葉を口にしているところまでは解っていたが、それが具体的に何なのかまでは、まだ知らないままだった。

 ずっと、アーカイブを見返して、彼女の口の動きに注目しているのだが、いくら経ってもさっぱり解らない。

「くそっ、何だって言うんだ……」

 しかし、画面の中の女は何も答えない。どうやら同じ言葉を繰り返しているらしいが、それが自らの願望を叶えてもらった灰谷への感謝の言葉ではない事ぐらい、彼も理解していた。

 そうして、右手の親指の爪を噛りながら、画面を凝視する彼の耳に、陽輝の嗚咽おえつが飛び込んできた。

「うおおおえ……うおおおえ……あおおえええ……」

 まるで、配水管がげっぷをしたかのような、気分を逆撫でする音が部屋中に響き渡る。

 灰谷は舌打ちをした。

「おい。吐いたら殺すって、言ったよなあ!?」

 言葉とは裏腹に、彼には陽輝を殺すつもりは更々なかった。銃口を向けるのは単なる脅しと、彼を支配するためのポーズでしかなかった。

 だから、近いうちに彼は、この地獄から必ず生還できる。

 しかし、そのあと、本物の地獄が始まる。そこで灰谷の復讐は完遂する。

 初回の配信で、罪を告白させた事で、世間の誰もが陽輝に同情する事はないだろう。彼は哀れな被害者になれないのだ。

 自業自得、自己責任。

 そして、人気Youtuber陽輝はゴシップが主食の獣どもになぶられ、更に名をあげる。悪趣味な見せ物として。それは、かつての灰谷と同じように……。

 これぞ、インターネットで成功し、名声を欲しいままにしてきた彼らしい末路であろう。

「おええええ……うおおおおお……おおおおおお……」

「五月蝿いぞ!」

 灰谷は立ちあがった。

 近くの壁に立て掛けていたレミントンM700に手を伸ばした。弾は込めていたが、もちろん、彼に向かって撃つつもりはない。一発だけ威嚇射撃をしてやるつもりだった。

 この銃と弾丸は、ダークウェブの掲示板で知り合った男から安価で譲ってもらったものだ。撃ち方は、まったく知らなかったので、射撃実演動画の見よう見まねであった。

 そして、灰谷はいずれ、この銃で死ぬつもりでいた。計画の完遂を見届けるつもりはいっさいなかった。元々、彼女がああなってしまった・・・・・・・・・ときに、自分の人生は意味のないものになってしまったと思っていたからだ。

 しかし、その瞬間は運命の悪戯により、彼の予想よりも少しだけ早く訪れる事となった。

 灰谷の右手がレミントンM700のフロアプレートを掴んだ。彼が銃を無造作に持ちあげる。それは、射撃に慣れた者なら決してやらない、ぞんざいな扱い方だった。

 すると、轟音が響き渡り、灰谷桂太郎の額から血煙があがった。


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