【05】裏方


 藤見駅前にそびえる藤見第一ホテルのツインルームで駒場京こまばみやこは、撮影交渉に行くと言って出かけた土井咲耶を待つ間、動画の編集作業に従事していた。

 基本的に交渉事や取材、SNSでの発信など、他人と関わりを持たなければならない仕事は、演者でもある土井咲耶がすべて行い、その他の裏方仕事は駒場が担当していた。

 そして、今回は帯同していないが、経理などを任されている土井の兄を含めた三人で『さやぽんch』は運営されていた。

 大手のチャンネルにしては少数精鋭であるが、無駄に人を雇うより信頼できる人だけでやった方が効率も収入もいいという土井の方針から、ずっと今のまま来ている。

 駒場と土井は高校のときの同級生であったが、さして付き合いが深かった訳ではなかった。

 華やかでクラスでも人気者だった土井と、目立たない駒場。別世界の住人といっても良いぐらい接点はなく、在学中は、ほとんど話をした事もなかった。

 しかし、高校を卒業して二年ほどが経ったある日、唐突に土井から電話があった。

 彼女は旧交を確かめ合う間もなく、挨拶もそこそこに、いきなりこんな事を言い始める。


 『Youtuberになるから手伝ってよ。私そういうのうとくてさ。あんたは、得意でしょ?』


 最初はからかわれているだけだと思った。

 確かに土井の言う通り、駒場は動画サイトに自作のMADを投稿していた事もあり、その手の知識がない訳ではなかった。その事を彼女に話した記憶はなかったのだが……。

 それはさておいて、当時の駒場は絶賛無職の引きこもり中で、毎日やる事が特になかった。

 なので、少し考えた末に、破れかぶれで土井の話に乗ってみる事にした。当初の彼女のモチベーションは駄目で元々でしかなかった。

 土井が本気だと知ったあとも、ずっと心の中で、どうせ、世の中そんなにうまく行く訳がない……と、思い続けてきた。

 しかし、結果は彼女の予想をことごとく裏切るものだった。土井咲耶は持ち前の度胸と常人にはない発想で、次々と斬新な企画を成功させ名をあげていった。

 今ではたまの休みに両親を回らない寿司屋へと招待できる程度の収入を得るまでになる。貯金もできるようになった。

 だから、駒場は土井に心の底から感謝していた。

 それゆえに、先の『さやぽん誘拐監禁事件』には肝を冷やしており、もう危ない事には関わって欲しくないと本気で思っていた。

 今回の陽輝の一件もヤバそうな臭いがプンプンするので、できれば手を引いて欲しいのだが、土井本人が乗り気の上に、彼女は元々人の話を聞くようなタイプではなかった。

 土井の猪突猛進ぶりに関しては半ば諦めている駒場は、けっきょく不安を感じつつも、動画の編集作業を終えたあと、例の陽輝の配信について情報収集を始める。

 少しでも土井の役に立ちたいという真心と共に、このまま何の収穫もなく、この件に深入りせずにすむようにという願望を抱きながら……。 

 しかし、基本的に律儀で仕事に手を抜けないタイプの駒場は発見してしまう。

 それは、あるSNSだった。

 そのアカウント名は『さく@はるきっず』

 “はるきっず”とは、非公式ではあるが陽輝ファンの呼称として定着している言葉だった。

 そして、そのアカウントの過去の投稿をさかのぼってみると、彼女が高校一年生の少女で陽輝の熱狂的なファンである事は間違いないようだった。

 駒場はいくつかの理由から、このアカウントの持ち主が例の配信で語られていた自殺した少女である可能性が高いと考えた。

 そうしていると、十六時半頃に『車を回して欲しい』と土井から連絡がきたので、駒場はホテルを後にすると『洋食、喫茶うさぎの家』へと向かった。



「似てる気はしますが、配信に映り込んでいた女と、この少女が同一人物かは解りませんでした。でも、たぶん、陽輝さんの話にあった自殺した少女と、このアカウントの持ち主が同一人物である可能性は高いです」

 と、駒場は藤見市郊外へと抜ける道を行くミニバンのハンドルを握りながら語る。

「……二日目の配信のとき、大食いに入る前に、陽輝さんが言ってたじゃないですか。例の少女と、何月頃にどこどこの水族館に行ったとか、何とかっていう映画を見に行ったとか……」

「ああ、うん」

 と、助手席に座る土井が相づちを打った。

「……そのSNSの投稿内容と合致しているんですよね。全部、彼氏とデートっていうていで、具体的な固有名詞は伏せられているんですけど……」

 そう言って、駒場はルームミラーに視線を送る。

 すると、茅野と名乗った大きい方が熱心に手元のスマホをのぞき込んでおり、桜井と名乗った小さい方は、話をいっさい聞いていなさそうな顔でサイドウインドの向こうをぼんやりと眺めていた。

 既にどちらも、自宅に寄って、制服からハイカー風の格好に身支度を整えている。

 確かに外見は可愛らしいが、どう見ても普通の女子高生であった。土井から紹介があったように、本物の心霊現象を求めて県内の心霊スポットを片っ端から踏破とうはしているような異常性は感じられなかった。

 そんな風に二人を値踏みしながら、駒場は更に話を続ける。

「それから、少女が自殺した日付なんですけど……」

 これも、二日目の配信で陽輝が述べていた。

 陽輝の毒牙に掛かった少女は、二〇一九年十二月二十二日にお腹の子供を巡って彼と口論になり、翌日の二十三日に自殺したらしい。

「……そのSNSの投稿、十二月二十二日の午前十一時から更新されてないんですよね」

 因みに彼女の最後の投稿は『ダーとデート(大量のハートの絵文字)』という短いものであったが、その浮かれ具合がうかがえた。

「それ、もう決まりじゃない? そのアカウントで」

 と、土井は興奮した様子であったが、駒場の顔色は冴えない。

「いや、その……それで、十二月二十三日の新聞記事を漁ってみたんですけど、十五歳の少女が自殺したっていうニュースが見つからなくって……」

「ニュースになってないだけじゃないの? 小中高生の自殺って、年間何百件とある訳だし、その全部がニュースになっている訳じゃないでしょ?」

 と、土井。

 しかし、駒場は納得いかない様子でかぶりを振った。

「そうなんですけど、そもそも、もし自分の娘が自殺したら、親はその動機が気になりますよね? それで、彼女の携帯とかみれば、陽輝さんとのやり取りが残っているはずだから、不審に感じると思うんですよね。初日の配信で陽輝さんが言ってましたけど、その少女は親のクレジットカードでスパチャしてたのバレた事があるみたいだし、そんな事が過去にあったら、娘の動向には気を配っているはずだし」

「……そもそも、そんな、自殺した少女が実在したら、これまで騒ぎになっていない方がおかしいって事?」

「はい」

 駒場は頷く。

 因みに彼女が土井に対して敬語なのは雇い主に対しての礼節であるらしい。

 土井は事ある毎に、同級生なんだからタメ口でいいと言っているのだが、律儀な彼女は一向に改める気配を見せない。

 ともあれ、駒場は続けて自らの見解を口にした。

「……確かに彼女の親がそこまで頭が回らなかったのかもしれないし、スマホやパソコンなどにロックが掛かっていて、その解除の仕方が解らなかったのかもしれません。彼女の隠蔽工作が完璧だったのかも。とうぜん、陽輝さんとの付き合いはオープンにする訳にもいかないので、その辺りは気を使っていただろうし……別に自殺の記事が見つからない事は不自然ではないのかもしれませんが」

「でも、引っ掛かる……と?」

「そうです」

 と、駒場が答えたところで、目の前に郊外の国道と交わる交差点が見えてくる。信号は赤だったので、駒場はブレーキを踏んで減速した。ウィンカーを出して右折レーンに入る。

 すると、座席の間からスマホを持った手が突き出てきた。

 後部座席の茅野だった。

 土井と駒場は、そのスマホ画面に目線を落とした。

 そこには警視庁のホームページで公開されている、ある行方不明者の詳細が写し出されていた。

「……この子って」

 駒場は、その行方不明者の写真を見て目を見開いた。それは、さく@はるきっずのアカウントによって投稿されていた自撮り写真と同じ顔をしている。

 そして、写真の下部に記載された名前は井筒朔美・・・・となっていた。

「行方不明……?」

 土井は眉をひそめる。

 すると、茅野が悪魔のように笑う。

「そもそも、その子が自殺したというのが嘘なのか、両親が何らかの理由で娘が自殺した事実を隠しているのか、もしくは、娘が自殺している事を両親が知らないのか……このいずれかね」

 そこで駒場は、この一件の計り知れない闇深さに暗澹あんたんたる思いを抱き、眉間にしわを寄せるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る