【02】「むつぼねこうせん」


「それが、おやつぅ……?」

 土井は、胡乱うろんげな顔をする。戻ってきた桜井がその手に持っていたのは、山盛りナポリタン目玉焼き乗せであったからだ。

 桜井は気にした様子もなく、茅野の隣に腰をおろすと、その“おやつ”をがつがつと頬張り始めた。

 そんな彼女を尻目に茅野が口を開いた。

「……むしろ、このまま、私たちの事は永遠に黙っていてもらえると嬉しいわ」

「えっ、ちょっと、何でよ!? あんたら女子高生でしょ!?」

「女子高生だから何なのよ……」

 その茅野のリアクションがまったく理解できないと言った調子で、土井は声を張りあげる。

「有名人の私と絡めるのよ!? 人気者になれるチャンスなのに……」

「興味ないわね」

 と、あっさりいなす茅野。桜井も頬をぱんぱんに膨らませたまま頷いた。土井はなおも食いさがる。

「いいかしら? 今の時代、知名度というのは一つの財産よ。冗談も誇張も抜きに、それは黄金に等しい価値があるわ。例えば何気ない言葉にしたって、知名度のある人間が発した場合とそうでないものが発した場合では、その意味は天と地ほど違うものになる。何気ない挨拶の言葉だって、知名度があれば価値を持つようになる。私のような有名人と絡めるって事は、その財産を得る大きなチャンスでしょ!?」

「それぐらいは理解しているわ」

 茅野は退屈そうにグラスの中をぐるぐるとストローで掻き回しながら言った。続けて桜井がアイス珈琲をくびりと飲んで、咀嚼そしゃくしていたものを胃のへと押し流してから口を開いた。

「あたしたちも、最初は・・・そういうのもいいなって思ってたよ」

 桜井と茅野はスポット探訪を始めた当初、本物の心霊動画を撮影してSNSにアップし、脚光を浴びる事を目論んでいた。しかし、今となっては、その手段が目的となっていた。

「……でも、気がついたんだ。わさわざ、大勢の人に自分が楽しんでいる事を知ってもらわなくても、楽しい事は楽しいんだって」

 茅野が頷いて同意する。

「貴女の言っている事は理解できるし、気持ちもありがたいけれど、それは私たちの求めているものではないの」

 この言葉を受けた土井は眉をひそめて問うた。

「……じゃあ、貴女たちの求めるものって何なのよ」

 そこで桜井は茅野と顔見合わせてから、にんまりと笑う。

「あたしたちが求めるものはスペクタクルだよ」

「すぺくたくる……?」

 土井の脳裏にハテナが飛び交う。

 すると、茅野が静かな笑みをたたえたまま言葉を紡いだ。

「私たちの目的は本物の超常現象を体験する事。そのために、今は県内の心霊スポットを片っ端から巡っているところね」

「本物の超常現象……?」

 土井がごくりと唾を飲み込んだ。まったく理解できない何かを見る目つきで、二人の顔を見渡す。茅野は更に話を続けた。

「だから、貴女を助けたのも、単なる行き掛かり上の事で、私たちは私たちの楽しみのために好き勝手やっただけ。感謝なんてされるいわれはないわね」

「そうそう」

 と、桜井は首をかくかくと動かして、ナポリタンをズビズバとすすりあげた。

 土井は二人の表情を見比べ、それぞれの今の言葉が本気である事を悟り、眉間にしわを寄せた。

 両腕を組み合わせて天井を見あげながら、しばしの間、思案顔を浮かべる。

 そして、桜井が皿に残ったナポリタンを一気に掻き込んだ直後の事だった。

 土井は何事かを思いついた様子で再び視線を目の前の二人へと戻した。

「……それなら、これがあなたたちの求めているものかどうかは解らないけど、一つ面白い話があるわ。ちょっと、聞いてみない?」

 桜井と茅野は怪訝けげんそうな表情で顔を見合わせる。

 そして、もう少しだけ土井咲耶の話を聞いてみる事にした。



「……実は、わざわざこの県にやって来たのは、あなたたちに会う事だけが目的じゃなかったの」

 と、言って、土井は自らのスマホを取り出し、ある動画を再生して二人に見せる。

 それは、三日前に行われた生配信のアーカイブだった。

「誰これ?」

 と、桜井。その疑問に答えたのは茅野だった。

「人気YouTuberの陽輝はるきね。ゲーム配信、雑談、歌ってみた動画や、オリジナル楽曲もリリースしてるわ。『I want to  be one』という曲なら、梨紗さんでも耳に挟んだ事があるんじゃないかしら? 因みに私たちの目の前にいる人の二倍近くチャンネル登録者数が多いわね」

「い、いや、すぐに追い抜くし」

 と、意地を張る土井。そんな彼女をスルーして桜井が言葉を続けた。

「何なの? この動画……なんか尋常じんじょうでないふんいきだけどさあ」

「ええ。謝罪の内容もアレだけど、謝罪動画で大食いをしだすという意味不明さで、今話題となっているわ。確か、この『謝罪配信』はもう三日連続で行われているみたい」

 と、言ったあと、茅野は土井に質問を投げ掛けた。

「私は、この手のゴシップにはいまいち食指が伸びないからよく知らないのだけれど、彼が述べていた謝罪の内容は事実なのかしら?」

「さあ」

 肩をすくめる土井。

「……でも、ファンの女の子に手を出してるっていうのは、有名だったわね。私たちの界隈では」

「なるほど……」

 と、顎に指を当て、思案顔を浮かべる茅野。そんな彼女に土井が感想を求める。

「で、あなたたちは、この動画を見て、どう思った?」

 桜井は「美味しくなさそう」と言って悲しそうな顔をした。

 一方の茅野は……。

「この動画に関わっているのは少なくとも三人ね」

「というと?」と土井に促され、茅野は己の見解を続けて述べた。

「……まず、画面中央の陽輝。そして、彼の後ろにいる謎の女性。更に画面の外にもう一人いるわね」

 土井は感心した様子で口笛を鳴らす。そして茅野はテーブルの上に置かれた彼女のスマホを手に取って指を這わせると、再生の終わった動画のシークバーを左へと戻した。

「……ほら、ここ」

 それは配信が始まって間もなくの地点であった。


 『彼女は元々、僕のファンで……彼女の方から、僕に会いたいと……』


 陽輝が何かに驚いた様子で背筋を震わせる。

 そして、すぐに前言を否定する。


 『嘘です……』


「……これ、誰かに言い直しを強要されているのではないかしら?」

「それで、それで?」

 土井が身を乗り出す。

 茅野は再び動画を巻き戻し、スマホを右耳に近づけた。

「この陽輝が、急に驚いた感じで飛びあがるところ、微かにだけど何かコンクリートの床を思い切り踏み締めたような音がしている。たあん、って……」

 そう言って、桜井の耳にスマホを近づける。

 桜井も、その音を聞き取ったらしく「本当だ」と言って目を見開いた。

「……この音が鳴った瞬間に、陽輝はカメラの右側に視線を向けている。これと同じ場面が何回かあったわ。たぶん、右側にいる誰かが合図を送って、陽輝に台詞の言い直しを指示している。このコンクリートを叩く音がその合図ね。そして、陽輝の表情を見るに、その人物を彼は極度に恐れていて、その指示に従わざるを得ない状況におちいっていると推測されるわ」

「うんうん。他には?」

 と、ご満足な様子の土井。茅野は一瞬だけ思案顔を浮かべてから口を開いた。

「あとは、この背後の女、何か言っているわね。画質が荒すぎて、ちょっとよく解らないけれど……」  

「あなた、この配信、初見?」

 土井の質問に茅野は何気ない調子で答える。

「ええ。もうあと何度か繰り返し視聴すれば、もっと、いろいろな事が解ると思うけれど、今はこれがせいぜいね」

 などと、謙遜して見せるも、土井は感心した様子で拍手の雨を降らせた。

 そして「百点満点あげる」と言って、茅野の手からスマホを奪い取る。

「この女が何を言っているのかは、うちのスタッフが解像度をあげて、どうにか口の動きを読み取ってもらったわ」

「なになに? 何て言ってるの?」

 桜井が興味津々な様子で話を促す。

 土井は得意満面の笑みを浮かべた。

「ある一つの単語を繰り返しているわ。どうやら、それが、この県にある地名みたいなの」

 桜井と茅野が息を飲んだ。

 土井は、その地名を口にする。


「“むつぼねこうせん”よ」


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