【File46】六骨鉱泉
【00】地獄配信
黒一面に浮かび上がった『謝罪配信』という白文字。
二十時きっかりになると、その無骨なサムネイルから待機画面に移り変わり、長いカウントダウンが始まった。
浮遊感漂うBGMが流れて、徐々に配信開始が近づく。
それと共に同時接続人数は鰻登りに増えていった。既に千人を超えている。
チャットのコメントが流れるスピードも加速する。既に慣れない者では目で追うのが困難なレベルに到達していた。
やがてカウントダウンが終わり、画面が切り替わる。
すると、開始早々に画面中央の男が無言で深々と頭を下げた。
まるで喪服のような黒いスーツ姿。
その顔は明らかに
画面は粗く、回線の状態も悪いらしい。
彼はしばらく
しかし、虚ろな眼差しのまま、画面を見つめて一言も声を発しようとしない。
小刻みに
更に奇妙だったのは、彼の目の前の机に湯気立つ皿が置かれている事だ。バイキングにでも使われそうな大皿で、そこには茶色い塊が山のように盛りつけられている。画質がすこぶる悪いために、それが何なのかはよく解らない。
ともあれ、このときのチャット欄を占めたコメントは、彼の身を案じる言葉や現状の説明を求める声であったが、次に多かったのは『誰?』という言葉であった。
その疑問は画面中央の彼に向けられたものではない。
それは、彼の後方。右肩の後ろに見える壁際に立つ女に対してのものだった。
黒い乱れた長髪を肩に垂らし、白いネグリジェを着ている。ややぽっちゃりとした体型で真っ直ぐにカメラを見据えていたが、やはり画質が悪いために、その人相はまったく解らない。
ともあれ、しばらく画面に何の変化も起こらない状況が続き、配信が始まってから三分が経過した。
そこで、男の肩がぶるりと震える。
『……ごめんなさい。みなさん』
その言葉を吐き出した瞬間、彼はくしゃりと表情を歪ませて涙を流し始める。
『僕には、恋人がいました……』
唐突な告白。
チャットのコメントがよりいっそう困惑の色に染まる。
『彼女は元々、僕のファンで……彼女の方から、僕に会いたいと……』
そこで、唐突に男は背筋をびくんと震わせ、大きく目を見開く。
ついさっきより、いっそう脅えた表情で話を再開する。
『嘘です。僕が彼女に“会わないか?”と誘いました。SNSで……その彼女がアップしていた自撮りの写真を見て……その……良いなって……
途端に歯切れが悪くなり、男は壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返し始める。
すると、再び男は両目をいっぱいに見開き、背筋を震わせる。
『すっ、すいません……彼女は、その……まだ十七歳の高校生で……未成年でした……すっ、すいません……すいません……うっうう……』
泣き出す男。
チャット欄には、彼に対する失望、嘲笑、侮蔑、
中には『嘘!?』や『信じたくない』や『これドッキリ?』など、彼の告白した内容を事実として受け入れられない者もいるようだった。
そんな混沌の極みともいうべきチャット欄を尻目に、男は目頭を右手で拭い、再び語り始める。
『その日のうちに、僕は……彼女とホテルで関係を持ちましたあああ……すいませぇええん……それからも、何度も僕は彼女を呼び出して……せ、性の捌け口に……してました! すいませんっ!』
チャット欄が更に加速する。既に一つ一つのコメントは意味をなしていない。大きな一つのうねりとなって、電子の海の彼方へと消えていく。
それから数分間、男は
そして、チャット欄のスピードが少しだけ落ち着いた頃だった。
『それから、彼女は僕に、よりいっそう入れ込むようになって……親のクレジットカードを使い込み、僕に援助をするようになりました。それが親にバレたあとは、自らの身体を売るようになりました』
再びチャットの速度が増す。男の話は更に続く。
『……僕のカノジョなんだから当然だって。こっちは、ぜんぜん、そんなつもりじゃなかったのに。単なる遊びのつもりだったのに……彼女は健気にも僕のために、一生懸命に尽くしてくれました。本当に彼女は良い子でした。それなのに……僕は……僕は……』
男は、ここでも言葉を詰まらせる。
因みに開始からずっと、背後にいる女はまったく動いていない。しかし、かなり注意深く観察すれば、口元を微かに動かしているらしい事が見て取れる。どうやら、何らかの言葉を発しているようだが、音声は入っていない。
それはさておき、男は大きく深呼吸をしてから、やや落ち着いた声音で語り始める。
『……それで、ある日、彼女が妊娠したって。もちろん、僕の子じゃないだろうと、認知を拒否しました。だって、そうでしょう!?』
男は大袈裟な身振りで、カメラ目線になって
『彼女は、僕以外の男ともたくさん関係を持っていました。それに僕は、そういう事にならないように細心の注意を払っていた! それなのに、僕の子供の訳がないじゃないですか! 僕は悪くない! 僕はぜんぜん悪』
そこで男は、がたっ……と、椅子から飛びあがりそうなぐらい大きく身体を震わせた。そのあと、すぐに肩を丸めて視線を惑わせ、消え去りそうな声で言葉を続けた。
『すいませんでした。全部、僕の責任でした』
男は姿勢を正す。咳払いを一つ挟んで言葉を続ける。
『……それで、その事で彼女と喧嘩になって、それからすぐに、彼女は……彼女は……その……自宅で、自ら命を絶ったそうです』
そう言って、男が画面の端に右手を伸ばした。そして、机の上に置いてあったらしいナイフとフォークを取り、両手に持ち直す。
『それで、これから、そんな僕のせいで死んでしまった彼女への
男が左手のフォークを目の前の皿に盛られた茶色い塊を一欠片突き刺した。
それを口に運んで頬張ると、もぐもぐと
『この配信で得た収益は彼女の遺族に還元したいと思います』
そう言って、男は再び目の前にある皿に盛られた何かを、必死の形相で口の中に詰め込み始めた。
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