【02】中二病
實田郡司が辺見和華と初めて出逢ったのは、二〇一五年の春の事だった。
当時の彼は自分が特別であると思い込んでいた。
休み時間や放課後に教室で笑い声を立てる“リア充”たちを心の中で小馬鹿にし、かといって教室の片隅で息を潜める“陰キャ”たちとも群れるつもりはなく、周囲の同年代と自分は“別物”であると勘違いをしていた。
それどころか、この世界のあらゆるものは“實田郡司”という主人公のために用意された舞台装置であり、自身の毎日が極々平凡でつまらないのは、まだ“物語”が始まっていないからだと解釈していた。
自らのつまらない人生が、やがて訪れるであろう物語のプロローグに到達するのを、彼は何もせずに待ち続けた。
そのときがくればきっと、平凡な自分は主人公として、無条件で輝けるのだと……。
それは、思春期特有の肥大した承認欲求と自意識がもたらした妄想に過ぎなかったのだが、ある意味でそれは正解でもあった。
このときの彼は思い到らなかった。主人公という役割を与えられた者が、必ず幸せになれるとは限らないという事を。
そして、物語には様々な種類があり、その中には恐怖や死をテーマとした“ホラー”というジャンルがあるのだという事を。
ともあれ、そんな、誰もが多かれ少なかれ経験する病に罹患していた彼は、中学二年生の最初のホームルームのあとで辺見和華に恋をした。
授業時間が終わり、教師が教室をあとにすると、同じクラスになれた事を喜ぶ者や、離ればなれになった事を嘆きに他所のクラスからやってきた者たちが、年相応にはしゃぎ出した。
その中でも、恐らくは今後、クラスの中心となるであろうグループが黒板の前で大きな輪を織り成していた。
それを見て嘲りの微笑を浮かべていたのが、辺見和華である。
彼女は教室の片隅に置かれた自らの席に腰をおろしたまま、明らかに周囲の同年代を見下していた。
彼女は同類だ。
實田は、その横顔を偶然目にしたとき、そう直感した。
そして、彼女こそ實田郡司という主人公が織り成す物語のヒロインに違いないと、そう思った。
彼女は自分と同じ、特別な役割を与えられた人間なのだと……。
きっと、物語のプロローグはもうすぐそこまで来ている。
そんな、ありもしない予兆に彼は歓喜した。
後日、数少ない友だち――と、呼べるほどの深いつきあいはなかったが、そんな間柄であったクラスメイトから、ある噂話を小耳に挟んだ。
三年前に市の郊外にある大型ショッピングセンターで起こった通り魔殺人。
その唯一の目撃者にして、被害者の娘が辺見和華なのだという。
事件については当然ながら、實田もよく知っていた。
何の変哲もない田舎町で起こった惨劇。この事件の
實田は、その事実を知ったとき、自らの考えが正しい事を確信した。やはり、彼女は特別なのだと……。
その日の夜、母親の作ってくれた夕食を半分残して早々に切りあげた實田は、勉強があると偽って自室へと引っ込んだ。
そこで、コーラ片手にポテトチップスを摘みながら、買ってもらったばかりのパソコンを使って、事件の詳細を調べあげる事にした。
その結果、知りえた情報は以下の通りとなる――。
事件の現場は、そのショッピングセンターの女子トイレだったのだという。
当時、家族三人で買い物に訪れていた彼女は、兄を店内に残して、母と二人でトイレへと向かった。
トイレの個室は三つ並んでおり、真ん中が使用中であったそうだ。
そこで、辺見はもっとも手前の個室に入り、母親は奥の個室へと向かった。
それから、用を足す準備をしようとしていた辺見和華の耳に、母親が奥の個室を開ける音が届いた。
その直後だった。
真ん中の個室の扉が開かれる音がトイレに響き渡り、じきに母親の悲鳴が轟いた。
辺見は驚いて手前の個室から外に出た。
すると、奥の個室の前で母親がうつ伏せになって倒れていた。そして、それを奇怪な格好をした人物が静かに見おろしていたのだという。
赤と青の細かいドット柄の服を着たピエロ。
その人物の手には、血の
すると、ピエロは辺見を
そのあとすぐに、凶器の包丁をその場に投げ捨てて、トイレの奥にある窓から店外へと逃走した。
――以上が、唯一の目撃者である辺見和華の証言と現場の状況を考慮して導き出された犯行の流れである。
警察の調べによると、犯人が逃走した窓の開閉部の金具に、犯人が着ていた衣装のものと思われる繊維がわずかに引っ掛かっていたのだという。
そして、現場に残されていた包丁は、どこにでも売られている大量生産品であったらしい。
なお、店内の監視カメラの映像には、不審者の姿は確認されなかった。
辺見によれば、犯人はぶかぶかの衣装を着ており、顔は白塗りであったため、人相や体格はよく解らなかったそうだが、声からすると男だったと述べている。そして、身長は小柄で、だいたい自分と同じくらいだったらしい。
母親は
「……そうなると、犯人は、男にしては随分と小柄だな」
實田は思案顔でパソコンモニターを見つめながら、独り言ちる。
ネットの情報によれば、当時の辺見の身長が十一歳女子の平均身長よりも十センチほど高い、一五五センチであったらしい。
「もしかすると、未成年か……?」
その不意に口を衝いた自らの言葉に、實田はほくそ笑む。
会心の推理であると……。
しかし、その程度の発想など、警察はもちろんの事、その他大勢の有象無象が既に通った道であるなどと、彼はまったく気がついていなかった。
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